完全制御の要請
放課後の教室は、まだ何も知らなかった。
「来月から、惑星アストレアの訓練場に行くらしいぜ」 「特殊部隊訓練施設、別館B棟だろ」 「俺ら、成長したってことかな」
軽い調子の言葉が、放課後の空気に飛び交う。
カナタのいるコロニールミナリアから、惑星アストレアまでは飛行船で二時間弱。
約七十万キロ――
決して、気軽に行き来できる距離ではなかった。
「ヴェール・ガンの練習も本格化し出すだろうしな――」
◇
王宮では――
「エルナス様。書状が届いております。軍からです」
セリューはそう告げると、封蝋の施された封筒を差し出した。
エルナスは執務室で、黙々と書類に目を通していた手を止める。
「軍、か……。何だろう?」
視線を上げ、セリューを見る。
封筒を受け取り、静かに中の書状を取り出した。
目を走らせる。
それだけで、室内の空気がわずかに張り詰めた。
「……タシト・レヴァントのリングを、すべて制御してほしい、という要請か」
低く、確認するような声だった。
「理由は?」
セリューは一歩前に出る。
「――タシトの力は、王権を脅かす可能性がある、とのことです。 調査報告では、単独判断による規範違反が複数確認され、 潜在的危険人物である可能性が否定できないと」
淡々と、だが一語一語を選ぶように続ける。
「現在、軍の監視対象に指定されています」
エルナスは、しばし沈黙した。
「……なるほど」
机に書状を置き、指先で縁をなぞる。
「そのような人物が―― 今も、カナタと同じ環境にいるのか?」
「はい。現時点では、通常通り学校に通っています」
わずかに、エルナスの眉が動いた。
「……それで、本当に問題は起きていない?」
「公式報告では、特に異常はありません」
エルナスは、椅子の背にもたれ、天井を見上げる。
「――ならば」
一拍。
「直接、カナタに話を聞いてみたいな」
「参考人として、召喚という形を取りますか?」
セリューの問いに、エルナスはすぐには答えなかった。
「……」
沈黙が、執務室に落ちる。
「“呼びつける”必要はない」
やがて、エルナスは静かに言った。
「彼女は、被疑者ではない。
……まだ、何も知らないだけだ」
「一般人の状況確認という名目で、
ルイゼンを遣わしてくれ。
——惑星アストレアの特殊部隊新施設の視察も兼ねている」
セリューは、一瞬だけ視線を伏せる。
「承知しました」
それ以上、言葉は交わされなかった。
セリューは書状を受け取り、踵を返す。 執務室の扉が、音もなく閉じられた。
長い回廊を、彼の足音だけが、
王宮に静かに響いていた。
(第七十章・了)




