潜在的脅威
カナタは、フィッシュサンドをひとくち大胆に頬張る。
「……美味しい」
抜け出して食べるご飯がこんなにも美味しいとは、カナタはタシト隊長を困らせることをこの時ばかりは、忘れていた。
店の扉が開く。
「カナタさん、先ほどタシト隊長の弱点は、あなただと話したばかりではありませんか」
ケティオスが駆けつけた。
「!?」口から、こぼれそうになるカナタ。
「すみません。フィッシュサンドが急に食べたくなって……」
「それなら、私にお申し付けください」
こんなに焦ってるケティオスさんみたことがない。
自分がとんでもないことを
やらかしたんだと悟る。
「そんな。ケティオスさん忙しいのに子供みたいなこと頼めません」言ってることと、今やってることの整合性が合わないままカナタは、言い訳をする。
――気まずかった。
「本当にごめんなさい!」
カナタは、ケティオスの顔をおそるおそる見た。
こんなに心配して、護衛の落ち度を咎められる?
タシト隊長ってそんなに怖いの?
申し訳なさと同時に、自分の子供じみた行動に反省をした。
――タシト隊長が本気で怒る時ってどんな時だろう。
それを乗り越えたら、そしたら、もっと家族らしくなれる?こんなことはもう二度としないけど、それでもちょっと想像してみた。
◇
惑星グランディア。
市街地から隔てられた高地に建つ、
高度技術国家の中でも、限られた者しか立ち入れない研究施設。
その一室に、再びタシトが立っていた。
タシトの指先が、わずかに止まる。
「――どういうことだ」
低く、抑えた声。
「ほ、本当に……いなくなったんです」
研究者は、必死に首を振った。
「なのに、箱は閉まっていたはずなのに……
次の瞬間、人型になって……アンドロイドがもう扉の前に立っていたんです」
言葉が追いつかず、研究者は両手を大きく振って状況をなぞる。
「それで……次の瞬間、砂みたいに崩れて……
床に何も残らず、消えました」
室内が、凍りつく。
「――嘘だったら、どうなるか。分かっているな」
タシトの声に、感情はない。
ただ、事実だけを求める圧があった。
この施設には、極秘任務ゆえ監視カメラは設置されていない。
証拠は、彼らの証言だけ――
そして、この施設が“何かを失った”という事実だけだ。
「ち、違います……! 嘘じゃない!」
タシトは無言で歩み寄り、研究者の首元を掴み上げた。
「本当に、知らないんだ……!」
一瞬、視線が交差する。
「……そうか」
次の瞬間、
タシトは研究者を、ためらいもなく窓の方へ放り投げた。
外気が吹き込む。
もう一人の研究者は、その場に崩れ落ち、腰を抜かしたまま震えていた。
「……わ、私は……見ていません。本当なんです……」
タシトを見上げ、後ずさる。
外では、ケティオスの展開されたフィールドが落下を受け止め、
研究者の身体を地面へと静かに降ろしていた。
タシトは、窓の外に一瞬だけ視線を向け、
何も言わずに背を向けた。
次の瞬間、リングが光る。
上官からの呼び出しだった。
「はい」
タシトは、右手の一番外側のリングに触れる。
『タシト、すぐに官舎に戻れ』
◇
「……砂みたいに消えた」
ふと、タシトの口から言葉が漏れる。
軍の人間に囲まれ、長い廊下を歩いていた。
その中には、直属の上官――ジランド・ヴェルロークの姿もある。
廊下の突き当たり。
重厚な扉が、無言のまま立ちはだかっていた。
扉が開く。
広い部屋の奥は段差状になっており、
弓なりに配置された長机が視界に入る。
そこに座していたのは――
オルデン・コア。
特殊能力値測定センターを束ねる、国家中枢の重鎮たちだった。
「タシト・レヴァント」
低く、威圧的な声。
「なぜ、そなたがここに呼ばれたか……分かっているな?」
「……」
タシトは視線を逸らさない。
この場に立つだけで、膝を折る者もいる。
だが、彼は違った。
「旧文明技術。
すなわち、国家管理案件であるアンドロイドを――
なぜ、極秘に発掘した?」
一瞬の沈黙。
「はい。……衛星メア・フェールでの訓練生強化合宿中に発見しました。
報告に値するかどうか、確認する必要があった」
「言葉を慎め」
隣から、ジランドが低くたしなめる。
オルデン・コアの一人が、鼻で笑った。
「単独判断。規範違反だな。
……それで?」
視線が、突き刺さる。
「どうだった?」
「発掘はしましたが――
価値はありませんでした」
ざわり、と空気が揺れる。
「では、その“価値のないもの”は、どこへやった?」
一拍。
「……廃棄した」
短い言葉。
それ以上でも、それ以下でもない。
「タシト・レヴァントは、下がってよい」
「はっ」
小さく応えると、踵を返して部屋を出た。
扉が閉じる音が、やけに重く響く。
「……君たちには、伝わらなかったのかな」
オルデン・コアの追及を受け、弓なりに並ぶ軍上層部の表情が強張る。
「あやつの行動は、目的不明。
そして――
制御不能になりかねない、潜在的脅威だ」
(第六十七章・了)
それはまだ、敵ではない。
だが――
誰かにとっては、
すでに「排除すべきもの」だった。




