護衛はいらない
皆、青を手にしていく。
――更に遠いところへいってしまうのかな。
ユウナギ……私の事嫌いになった?
カナタは、昼間のやり取りを思い出していた。
コロニーの外で夕日が沈もうとしていた。
「少し風を浴びたいんです。降りても良いですか?」
車が川原の土手の前で止まった。
ここに来ればユウナギに会えるかもしれない。
いつもユウナギは、考え事をする時ここにくる。
そんな期待がどこかにあった。
カナタは、川岸まで降りると座った。
川の湿気をまとって適度に冷やされた風は心地よくて気持ち良かった。
近くでケティオスが車から降りて見守っている。
言葉にしなくても、わかってくれていると思っていた。
言葉にしないといけない時もあるんだ。と――知った。
どれくらい座っていただろう。ユウナギは、現れない。……当たり前か。
「そろそろお時間です」ケティオスが近づいてきた。
車に、乗るカナタ。毎日顔を合わせていくうちに幾分ケティオスに信頼を寄せる自分がいた。
いつもの静かな時間。
「……ケティオスさん、タシト隊長の弱点ってご存知ですか?」ソードの言葉をふと思い出し聞いてみた。
「タシト隊長の弱点ですか?」
「はい」
同じ部隊の人間だ。――教えるはずがない。わかっていても聞いてみたかった。
ケティオスは一瞬だけ不思議そうな表情を見せたが、すぐに護衛としての顔に戻った。
「あなたという存在が現れてから、タシト隊長には“弱み”ができました」
「え?」
「それまでは、無かったと認識しています。彼は任務外でも、決して腹の内を明かさない。そして――純粋に強い」
「……」
「ですが、それは決して悪いことではありません。
大切な者ができるということは、そういうことです」
「……私が、ですか?」
「そうです」
カナタは、首を小さく振った。
タシト隊長が自分にとって弱点な訳がない。
ケティオスが“嘘”の婚約者を知らずに、その立場を説明しているに過ぎない。
一年間の嘘の婚約者生活――。
一体その一年に何があると言うのだろうか?
私を守るため?ユウナギを守るため?
わからない。
タシト隊長が何を考えているのかわからない。
(……お前は、人を見ていない)
タシト隊長の言葉が頭をかすめる。
私、今日見ようと努力したよ。でも……駄目だった。
ケティオスと別れカナタはリビングに座りこんだ。
「そうだ。今までだってひとりで街に出歩いていたんだ。……婚約者になったからなんだ?
ちょっと抜け出して、タシト隊長の、焦った顔でも見せてもらおうか」
カナタは、扉の外に出た。
エレベーターを降りる。ただ普通にエレベーターを使っているだけなのに鼓動が速くなる。
私、緊張している。
一階まで降りていき、通りへ出た。すでに外は暗い。
人通りもない。少し空の明るい方へ行こう。
きっと人通りに出るはず。
ケティオスの車で送られていたこともあって現在地の感覚がわからない。腕のIDリングにアクセスした。
「現在地を教えて」リングに話しかけた。
「サウスホールドシティ、北2番地です」
ここは、比較的静かな高層マンションが建ち並ぶ高級住宅街だった。
「南へ行こう」
しばらく歩くとショッピングモールが見えてきた。
「お腹空いたな」
カナタは、一階のファーストフード店に入った。
浮かび上がる案内表示に従い、テーブルへ向かう。
サイドの端末からフィッシュサンドとオレンジジュースを選ぶと、大きくひと息ついた。
「私、今……解放されてる」
小さく、笑みがこぼれた。
「君、ひとり?可愛いね」二人連れの男が近寄ってきた。
「え?」
私、絡まれてる?
ひとりの男の表情が、ふと変わった。
「やめとけ、この制服あれだろ」
「――え!?まじか?こんなに可愛いのに?」
カナタは、黙って見上げた。
一般人が怪物でも見るような目――
そう、見えた。
その視線には、ほんのわずかに嫌悪が混じっているように感じた。
高能力者として見られている。
けれどカナタ自身には、その実感がどこにもなかった。
「君、リング何個つけてるの?」ひとりの男は、興味深げだった。
「……」
「いや、生で見たの初めてでさ、俺たち。
君、いっぱいリングつけてるんでしょ?見せてよ」
カナタは、服の上からリングを隠すように、そっと手を置いた。
機能すらしていない――レベルゼロのリングに。
「やめとけって。他の特殊能力者と違って、部隊所属は外でも使用できるのと違ったか?」
「ごめんな、俺ちょっと初めてでさ。見てみたいなって思ったんだよ。どんな感じで使えるのかなとか」
興味深げな男は素直に謝ったが、諦める気配はなかった。
「すみません。見せたらあきらめてくれますか?
ご飯食べたいので」
「うん!うん!」
カナタは袖をまくった。そこには十一個のリングがはめられていた。
「……」言葉を失う男たち。
「やば、これ本物だよね?」
「当たり前だろ。コロニーでファションでつけてたら拘束される。即、監獄いきだ」
「……だよな」
一歩、距離を取られた。
フィッシュサンドが運ばれてきた。
と、同時に男たちは逃げるように去っていった。
ゼロのカナタにとってリングはお飾りでしか無かった。なのに――
「なんだ」
護衛なんて、いらないじゃん。
――そう思ったはずなのに。
ケティオスの顔が、頭から離れなかった。
けれど、その考えに
わずかな違和感が残った。
(第六十六章・了)
守られているはずなのに、自由を選んだ。
その選択が、何を引き寄せるのか――。




