家の灯り
ケティオスの車の中。
カナタは後部座席に座り、夕暮れの街を眺めていた。
「……」ケティオスは、いつものように黙って運転していた。
「今週も、タシト隊長帰って来なさそうだな」カナタは、小さく呟いた。「この前の授業で何か話せば良かったかな、能力なしでも強くなる方法とか……」
車の窓から外を見る。
いつものことなのに、
今日は孤独が一層感じられた。
「大丈夫ですか?」
ケティオスが、バックミラー越しに静かに聞いた。
「あ、すみません。声、大きかったですね」
「いえ、私のことはいいです。
何か、学校でありましたか?」
いつもの分析する声。
——それでも、どこか“踏み込んできた”気がした。
「あ、いつものことなので」
カナタは、照れ臭そうに首をかいた。
ケティオスに何かを下手に話すと、嘘の婚約者生活がばれるかもしれないとカナタは、内心思った。
ケティオスは多くを話さない。
今のカナタにとって、
この車の中が、いちばん静かな居場所だった。
「……」
長い沈黙が続く。
夜の闇が、街の灯りを浮かび上がらせていた。
カナタは思った。
自分は、何のために存在しているのだろうか――
なぜ、この学校から抜け出せないのか。
なぜ、ここにいなければならないのか。
なぜ、わたしだけレベルゼロなのか――。
何もないところで、車が止まった。
「え?」
「少し、待っていてください」
ケティオスは車を降り、
近くの自動販売機の前でしばらく立っていた。
光るボタンの前で、
どれにするか迷っているようにも見える。
少し間を置いてから、戻ってくると、
手には一本のお茶があった。
「どうぞ」車に戻ってくると、カナタに手渡した。迷っていたわりに、それはただのお茶だった。
「あ、ありがとうございます」
カナタは、お茶を少し口にする。
何だか落ち着いた。
カナタは、どこか距離のあるケティオスが、自分のために気を遣ってくれたことが嬉しかった。
ケティオスと扉の前で別れると、カナタは部屋に入った。
タシトがいた。
——いるはずのない人が。
「なんで……?」
頭が、状況を理解するのに少し時間がかかった。
「簡易食で悪いが、今戻ったところだ」
テーブルには、まだ手つかずの食事トレーが置かれていた。
「タシト隊長……最近、帰らなかったのに」
「ケティオスから連絡があった」
「……え?」
「今日は少し元気がなかったそうだな」
「……どうしてそれを」
カナタは、思わず顔を赤らめた。
ケティオスは、自動販売機の前で、ずいぶん長く飲み物を選んでいた。いや、選んでいたのではない、連絡していたのだ。
「あ…」カナタは下を向く。二人の優しさに、涙がこぼれそうになった。
「隊長、私、このままでいいんでしょうか?」
タシトは、すぐには答えなかった。
視線だけが、静かにカナタへ落ちる。
泣きそうな顔をしている―― ただ、それを隠そうとしていた。
「……」
タシトは小さく息を吐く。
それから、 言葉の代わりのように、カナタを抱き寄せた。
「……そのままでいい」
低く、静かな声だった。
——それでも、何も変わっていなかった。
胸の奥の空白だけが、はっきりと残っていた。
(第六十章・了)




