交換条件
惑星グランディア。
AI技術が生活の基盤となり、人口の一割をアンドロイドが占める世界。
進歩と効率を掲げる社会は、同時に壁でもあった。
特殊能力者は観光こそ許されるが――この星に住むことは、原則として認められていない。
免税店のフロアに、今日も機械の匂いと人の声が満ちていた。
その片隅で、青年は端末を磨きながら、ひとつ溜息をつく。
「おい、メガッタ。今日は“当たり日”だぞ」
レジに立つ先輩が、にやりと顎で示す。
「……アストレア人、ですよね?」
「そういうこった」
「ほんと先輩、好きですね。向こうでも珍しいですけどね」
「普通の人間から見りゃ、十分“特別”だろ」
メガッタは、少しだけ視線を伏せて笑った。
「……僕は逆でしたけどね。
ロボットに憧れて、あっちからこっちに来た側なんで」
「そう言えば……
同級生に、“レベル1で何が出来るんですか?”って言われたな」
メガッタは、少しだけ笑った。
「……今は、どうなんでしょうね」
店の外の通路では、アンドロイドが人間に混じって歩いていた。
区別がつかないほど自然な者もいれば、関節部に金属の継ぎ目が露出している者もいる。
惑星グランディアでは、もう珍しい光景ではない。
その中に、ひときわ目を引く親子がこちらに歩いてくる。
逞しい体にいくつものリングを浮かべた刺青の男。
だが、顔つきは驚くほど穏やかで、隣の少年の頭を優しく撫でている。
「うわ……あのリングの数、絶対おかしいだろ」
先輩が小声で言った。
「最近、“能力者っぽく見せたい観光客”多いですからね。
本物と偽物、ぱっと見じゃ分かりません」
男は店内の機械を見て、少年に笑いかけた。
「フィラン、これがいい。本場は質がいいね!」
「少年よ、見る目があるじゃないか!」
メガッタは自然に近づき、明るく声をかけた。
「リロ遠慮するな、ようやく手に入るんだ。長時間バッテリーの方で」
「……まいどあり」メガッタが微笑む。
先輩が横から顔を出す。
「あの。そのリング本物ですか?」
「先輩!だめですよ!すみません。すぐ、用意しますね」
メガッタは、少しだけ照れたように笑った。
「……すげぇな」
“何も持っていない自分”と、
“何でも持っているように見える誰か”。
その差は――
思っていたより、曖昧なのかもしれない。
メガッタは、去っていく二人の背中を見送った。
人間とアンドロイド。
ただ“親子”にしか見えなかった。
◇
飛行船の後部席では、
研究者が用意した監視アンドロイドの視線が淡く灯る中、
ゼスカが両腕を後ろに回され、拘束具を付けられたまま静かに座っていた。
前方、操縦席近くの補助席にはケティオスが腰掛けている。
膝の上には、警戒するようにヴェールガン。
「……隊長が戻られるまで、絶対に動かないでくださいね」
淡々とした声で告げながら、ケティオスは窓の外へ目を向けた。
遠くの空には、幾重もの光のレーンが走り、
車両が軌跡を描きながら宙を滑っていく。
ここは――惑星グランディア。
市街地から隔てられた高地に建つ、
高度技術国家の中でも限られた者しか立ち入れない研究施設のヘリポートだった。
◇
「こちらの要求には応じました。 次は、あなた方が約束を果たす番です」
タシトは、採血器具へ視線を落とした。
研究室では、タシトが椅子に腰掛け、
無言のまま採血を受けていた。
「……血の色は、普通の人間と同じなんですね」
透明な試験管に満たされていく赤。
研究者は、抑えきれない興奮を帯びた声で言う。
「上位能力者の生体データを、
しかもこの量……本当に夢のようですよ」
タシトは答えない。
ただ冷静に、体内から切り離されていく赤を見つめていた。
「――話はいい。
このアンドロイドの覚醒条件を調べてくれ」
卵型のアンドロイドが、研究室の中央の机に――
まるで壊れやすい遺物のように、置かれていた。
タシトの低い声。
命令とも、懇願ともつかない響きが――
静かな研究室の空気を、わずかに歪めた。
「……これは、脳波と精神活動の“空白域”に共鳴しています」
「空白域?」
「本来あるはずの機能、感情、関係性……何か“失われた領域”です。
私たちは通常、存在するデータを解析しますが――
これは逆なんです。
“欠けている情報”に反応している。」
科学者は震える声で続けた。
「この施設の演算中枢ですら解析しきれませんでした」
科学者は息を整える。
「ここで扱われているのは単なる“情報量”ではありません。欠損――喪失そのものを『状態』として計算に組み込む構造です」
「そんな理論、機器上では存在しないはずだ……。
まさか、本当に実装されているなんて」
科学者は、タシトを見た。
「惑星アストレアとは……一体」
「……今日のために、特製の筐体を用意してあります。こちらで保管しておきます」
科学者は、卵型のアンドロイド一体を収められる箱を慎重に前へ押し出す。
「解析は続けろ。
だが――深く触れるな」
低い声で言い残すと、タシトの姿はかき消えるように消えた。
静けさだけが残る。
科学者は喉を鳴らす。
箱の中に眠る“それ”が、
本当に眠っているのかさえ――確信できなかった。
(第五十二章・了)
静かに閉じたはずの幕は、
ほんの少しだけ隙間を残している。
そこから漏れる光が、救いか破滅か――
まだ、誰も知らない。




