守れない理由
「カナタ……昼飯くらい、一緒に食べてもいいよな」
声をかけてきたのは、ユウナギだった。
「何よ、いいじゃない。ここにいる間くらい、今まで通りでさ」
ミラが後ろから自然に入ってくる。
「……なんか、すげぇな」
誰かが小さく呟く声が、耳の端をかすめた。
「ありがとう」
思わずそう返した。
胸の奥がじんわり熱くなる。
ほんのそれだけの会話なのに、たまらなく救われる。
「なぁ、隊長と一緒に住んでるんだろ? 昨日どうだった?」
ソードが、興味ありありという顔で顔を寄せてくる。
――帰ってきていないって、言っていいんだろうか?
それとも“婚約者”らしい顔を作ったほうがいい?
経緯は話せない。嘘を重ねるしかないの……?
(……また嘘を重ねる?)
「昨日は、ご飯を食べたよ」
「で?」
視線が一斉に集まる。
「ポテトサラダが、美味しかった」
一瞬の沈黙。
「なるほど!」
「言いたくないんだな。そりゃそうだよな」
ソードが軽く肩をすくめ、ちらりとユウナギを見る。
ユウナギは、さっきまで平然としていたはずなのに、
今はどこか落ち着かない様子で、必死に何かを信じこもうとしているように見えた。
「やめなよ」
ミラがそっと言葉を挟む。
その瞬間、ユウナギが椅子を引く音がした。
耐えきれなくなったように、席を立つ。
「……悪い。先、行く」
短く言い残し、教室を出ていく。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
すれ違うように、バーチとミルルが学食のトレイを抱えて入ってくる。
「あ、ユウナギ? おーい!」
呼びかけも届かず、ユウナギはそのまま廊下の向こうへ消えていった。
「……あ。ブルーチーズパン、売り切れてたって言わないといけなかったのに……」
ミルルは、腕いっぱいに抱えたパンを見下ろしながらぽつりと呟く。
「いや、さすがにそれは違うと思うけど」
バーチがため息をつきつつも、どこか気まずそうに笑った。
――昼休みの食堂は、今日も人で溢れている。
職員、一般課程の学生、そして各コースの訓練生たち。
その中でも、特殊部隊訓練生の制服はひときわ目立つ。
華やかで、誰もが憧れる“花形”。
けれど今日だけは――
その制服が、少しだけ重く見えた――
そんな時だった。
ざわめきの中に、違うリズムの足音が混じった。
「あ、良いところに来た!」
ビーフシチューのトレイを片手に、シャドが現れる。
「ユウナギ、昨日の話の続きがあるんだ。
……一緒に食べない?」
そう言って、シャドはユウナギの隣の椅子を引いた。
ユウナギは一瞬だけ逡巡し、それでもその隣に腰を下ろした。
「何かわかったの?」
スプーンを置き、シャドが声を落とす。
「それがさ――兄貴と連絡が取れないんだ。多分だけど……昨日、タシト隊長と一緒に、また衛星に行ってると思う」
「……それ、いつの話?」
「昨日の夜だね。兄貴、パイロットだからさ」
メア・フェール。
タシトの名前。
危険と隣り合わせの響き。
「何しに行ってるんだろうな……」
思わず呟く。
胸の奥が、ひやりと冷える――はずなのに。
同時に、胸の奥に静かな安堵が落ちてくる。
(……まだカナタは、“向こう側”に踏み込んでいない)
それだけで、
息が、少しだけ楽になった気がした。
午後。
訓練施設に、タシトが現れた。
タシトが中央に立つだけで、空気が変わる。
ついさっきまでの昼の喧騒が嘘みたいに、音が消えていった。
ユウナギは、唇をかんだ。
焦りが、じわじわと自分らしさを奪っていく。
「シャインスフィアを青色にしてきたか?」
その声が落ちた瞬間、動揺が波のように広がった。
「焦らなくていい。ただ、継続していればそれでいい」
タシトは、指を鳴らした。
シャインスフィアが空間に現れ、青い光を放つ。
危険で、美しい光。
「これを膨らませ、分散させる。――ここにあるのは、本当に“ひとつ”のシャインスフィアか?
先入観に囚われず、視野を広く持て。そうすれば――分散が始まる」
タシトの指先の光が膨らみ、裂けるように分かれていく。
無数の光が訓練施設の壁を弾き、乾いた音が遠くで鳴った。
どよめきが起こる。
「――今日はこれまでだ」
そう言って、タシトは解散を命じた。
ユウナギは、気づけばタシトの元へ歩き出していた。
「……隊長。話があります」
「何だ、ユウナギ」
「……ここでは、ちょっと」
ユウナギは言葉を選ぶように区切った。
まわりの視線が、静かに刺さる。
「――早く帰れ!」
タシトは、低い声で一言だけ命じた。 その声音は荒くも強くもない。
ただ、それだけで場の空気が決まる声だった。
生徒たちは一瞬ためらい、次の瞬間には
何かに追われるように、そそくさと外へ出ていく。
カナタは心配そうにユウナギを振り返ったが、
ミラに肩をそっと押され、視線を外へ向けた。
そして扉の向こうに消えていく。
訓練施設に静寂が落ちる。
「で、話はなんだ」
「……カナタのことです」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
「本当に、隊長は……カナタを、愛しておられるのですか?」 自分の口から出た“愛”という言葉に、胸が熱くなる。
タシトは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「――ユウナギ。今ここで、特別に訓練をつけてやる」
「え?」
「シャインスフィアを“自分の手元にない場所”から出現させる方法だ」
タシトが両手を軽く握る。
その瞬間、ユウナギの背後で、青い光が生まれた。
ゾクリと背筋が冷える。
こんなことまで――出来るのか。
「……こ、答えてください。愛しているんですか」
汗がこめかみを伝う。
タシトの横顔が、わずかに陰った。
「――お前では、カナタは守れない」
それだけ告げると、背を向けた。
「話は、それだけか?」
「待ってください! こんな状態で、隊長のもとで訓練なんて……できません!」
「ユウナギ、研究者になりたいんだろ。
嫌なら、辞めろ」
そう言い捨てて、タシトは外へ去っていった。
研究者。
(……なんで、知ってる?)
誰にも話していない。
それでも確かに――それは、“昔の夢”だった。
(第三十六章・了)
誰かを守るために、
言葉を削ぎ落とす者がいる。
その沈黙が、
誰かを傷つけると知っていても。
——それでも彼は、
同じ選択を、今日も繰り返した。




