表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/50

作られた黄昏の下で

守るべきものと、

止めるべきものの境界は、

いつも現場で決まる。


その判断が、

誰かの未来を救うのか、

あるいは――間に合わないのか。


答えは、まだ見えないままだった。


「ミルル! 犯人の解析はできたか?」


軍用ヘリコプターの風が吹き抜ける屋上で、

プラス先生は、ミルルの隣で指示を出す。


複数の生徒の位置、犯人と人質、そしてバーチたち突入班の配置を、立体表示されたホログラムで確認していた。


「す、すみません……まだです!」


ミルルはミラの視覚ゴーグルと通信をリンクさせ、必死に端末を操作する。


「おい……早くしてくれよ」


上階から、ソードの低い声が入る。

熱感知センサーの数値が、じわじわと上昇していた。


「犯人、かなり興奮してきてる」


ミルルの指が、一瞬止まる。


――おかしい。


解析は、本来ミルルの得意分野だった。

だが今回は、どのデータベースにも照合できない。


もし犯人が特殊能力者だった場合、

正面からの突入は、致命的な被害を招く可能性がある。


本来なら、突入前に能力を特定し、

オルデン・コア

――特殊能力測定センターへ連絡、制御要請を行うはずだった。


「……だめです」


ミルルは、かすれた声で言う。


「……照合、できません」


ミルルの声が、わずかに震えた。


プラス先生は一瞬だけ視線を上げ、上空で待機するヘリを見据えると、リングの通信をユウナギへ切り替えた。


「ユウナギ。シャドの援護に回れるか。――突入したい」


『了解しました』


ユウナギは、深く呼吸した。

プラス先生は、どこか気を使ってくれていた。


今、不利な状況に追い込まれている。

自分ひとりの感情で戦況を乱すわけにはいかない。


足取りは重たい。

まるで鉛が両足にへばり付いているかのようだった。


ユウナギは、自分の頬を何度か叩いた。


そして、ユウナギはヘリから身を投げ出した。


ワイヤーも使わず、外階段へと着地し、そのまま四十八階へ向けて一気に駆け下りていく。


今は何も考えるな!



プラス先生は、部隊全体へ静かに告げた。


「これより、ユウナギ参戦のもと突入を開始する。犯人の能力レベルは不明。

各員、最大限の警戒を保て。人質の安全確保を最優先とする」


一拍、置いて。


「犯人については――拘束、もしくは射殺を許可する」


空気が、さらに一段冷えた。


恒成ソレイユの光が傾く。

コロニーの天空を覆う強化ガラスが、夕日を模した色へと切り替わる。


——あまりにも、作られた黄昏だった。


『突入だ!』


ミラがシールドを張った。

そのタイミングで、ソードが床を突き破る。

シャドが扉を破壊。

その時だった。


目も開けられないほどの閃光。

——視界が、分断された。


犯人の位置が、掴めない。

標的が、意図的に拡散されたかのようだった。


ドン!ドン!ドン!低い銃声。

ソードが後ろにぶっ飛ぶ。


「きゃー!」室内は、悲鳴。


「動くと、子供を殺すぞ!」男の叫び声。


目が霞む。

シャドとユウナギは、リビングへの通路から動けないでいた。


「くそ!能力者か!」バーチは、ソードを引きずり角部屋にかくまうと、舌打ちした。


ソードは、シールドで守られていた。

「ゲホッ……あのやろう、おかしな武器使いやがって」


もうひとりの子供が逃げるように飛び出した。


ドン!発泡音。


ミラのシールドが淡く光る。

銃弾は、床に痕跡を残さなかった。

「——エネルギー砲?」


「勝手に権利を売りやがって!!」男は突然叫び、

シールドを壊すように、銃を打ち続ける。


犯人の男は、手元の少年を覆う違和感に気づいた。

——特殊能力で展開された、薄いシールドだ。

「近づいたら、こいつから撃ち殺す」



校門で、カナタは迎えを待っていた。

そこへ、一台の車が止まる。運転手が降りてきた。


「隊長より仰せつかっております。

ケティオス・リエンテと申します。

カナタさん、どうぞこちらへ」


「ありがとうございます」

カナタは静かに車に乗り込んだ。


ヘリポートに集合したカナタは、

プラス先生から「残るように」と短く指示された。


遠くの空を見るカナタ。

ユウナギ達の身を案じる。

無力感が、逃げ場なく全身にのしかかった。



ミルルの解析が遅れて届く。


「プラス先生、照合しました」


「年齢は39歳、ハンロン社の社員。レベル3の特殊能力者です。そして、特殊能力をエネルギー砲に変換させるヴェールガンの開発にも携わっています」


「ヴェールガンは、

レベル5の解放が必要なはず——改造か」


「この者は、社長宅の従業員であり、研究員です」


「開発途中の顔認識防止クリームの権利を、社長が先月、他社へ譲渡しています」


プラス先生は、短く息を吐いた。

「……私怨だな」


一拍。

「だが、まだ一線は越えていない」


リングに指をかける。

「交渉に出る。時間を稼ぐ」


『ユウナギ、聞こえるか』


一瞬の沈黙のあと、続ける。

『犯人は攻撃タイプ能力レベル3。改造ヴェールガンを使用している可能性がある』


『こちらで交渉する。その間に——

必ず生まれる隙を見逃すな。

人質の解放と、拘束を狙え』


「――了解」


「拘束、か」

シャドの声が低くなる。

「どの“隙”を使う?」


その問いに答える前に、

室内に呼び出し音が鳴り響いた。


一度。

二度。

三度。


「電話に出ろ!」

犯人が、近くの椅子を蹴飛ばし社長を促した。


「もしもし」社長が電話に出る。


「スピーカーにしろ!」スピーカー音に切り替わった。


『こちらは交渉人のクロスだ。君のような優秀な研究員をこのまま犯罪者にしたくない。取り引きに応じてくれないか?今ならまだ引き返せる』

プラス先生の声だ。


「うるせえ偽り並べやがって……引き返すつもりなんかさらさらねえ!こっちは信じてたんだよ!受話器を切れ糞が!」

男は社長に電話を切らせた。


「……切られたな」

プラス先生は、淡々と呟いた。


「彼は、わざわざ“引き返すつもりはない”と

反復するように応えた。

つまり――キャッチボールが出来る間が可能性として残っている」


「交渉は終わっていない」


男の手が、わずかに震えていた。

銃口が、ほんの数センチだけ下がる。


——撃たない。


(……信じていたものに裏切られたのか)


ユウナギの心が、わずかに揺れた。


「資金が無かったんだ。会社を存続させるためにも売るしかなかった」社長がボソリと呟いた。


「それが、あいつらのやり方だってのに!気づかなかったのか!?」男は、社長に銃口を向けようとした。


その時――ユウナギは、犯人ではなく、

その手元を見ていた。


(……子どもを殺す気はない)


ユウナギは、確信に近いものを感じていた。


引き金にかかった指。

わずかに震える筋肉。

銃口の揺れ。

視線の迷い。


——この人は、まだ越えていない。


——そこに、重ねる。


狙うのは、犯人ではない。

引き金にかかった、その指だけ。


シャインスフィアは、光を放たない。

ただ、薄く、静かに展開された。


——速すぎて、誰の目にも映らない。


次の瞬間。

男の指が、意図せず弾かれる。


一拍。


撃てなかった。


カラーン。

ヴェールガンが、床を転がった。


男は、ユウナギを見た。


——初めて、

誰かに真正面から見られたような顔だった。


「……もう、遅かった」


そう呟いて、男は胸元に手を伸ばす。


「待て!」

ユウナギの声が、届くより早く。


——小さな光が、弾けた。


ミラのシールドが、反射的に展開される。


白い閃光と衝撃が、室内を包み込んだ。



静寂。


人質の子どもが、震えながら泣き出す。


「……終わった、のか」


誰かが呟いた。


ユウナギは、その場から動けなかった。


(……間に合ったのか?

それとも——)


床に転がるヴェールガンを、

ユウナギはただ見つめていた。


作られた黄昏の光が、

静かに部屋へ差し込んでいた。



(第三十二章・了)


救われた命がある。

だが、止められなかった命もある。


その事実だけが、

作られた黄昏の下に残された。


速すぎて、誰の目にも映らない選択は、

奇跡にはならなかった。


それでも――

誰も立ち止まらない。

訓練という日常は、何事もなかったように続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ