作られた黄昏の下で
守るべきものと、
止めるべきものの境界は、
いつも現場で決まる。
その判断が、
誰かの未来を救うのか、
あるいは――間に合わないのか。
答えは、まだ見えないままだった。
「ミルル! 犯人の解析はできたか?」
軍用ヘリコプターの風が吹き抜ける屋上で、
プラス先生は、ミルルの隣で指示を出す。
複数の生徒の位置、犯人と人質、そしてバーチたち突入班の配置を、立体表示されたホログラムで確認していた。
「す、すみません……まだです!」
ミルルはミラの視覚ゴーグルと通信をリンクさせ、必死に端末を操作する。
「おい……早くしてくれよ」
上階から、ソードの低い声が入る。
熱感知センサーの数値が、じわじわと上昇していた。
「犯人、かなり興奮してきてる」
ミルルの指が、一瞬止まる。
――おかしい。
解析は、本来ミルルの得意分野だった。
だが今回は、どのデータベースにも照合できない。
もし犯人が特殊能力者だった場合、
正面からの突入は、致命的な被害を招く可能性がある。
本来なら、突入前に能力を特定し、
オルデン・コア
――特殊能力測定センターへ連絡、制御要請を行うはずだった。
「……だめです」
ミルルは、かすれた声で言う。
「……照合、できません」
ミルルの声が、わずかに震えた。
プラス先生は一瞬だけ視線を上げ、上空で待機するヘリを見据えると、リングの通信をユウナギへ切り替えた。
「ユウナギ。シャドの援護に回れるか。――突入したい」
『了解しました』
ユウナギは、深く呼吸した。
プラス先生は、どこか気を使ってくれていた。
今、不利な状況に追い込まれている。
自分ひとりの感情で戦況を乱すわけにはいかない。
足取りは重たい。
まるで鉛が両足にへばり付いているかのようだった。
ユウナギは、自分の頬を何度か叩いた。
そして、ユウナギはヘリから身を投げ出した。
ワイヤーも使わず、外階段へと着地し、そのまま四十八階へ向けて一気に駆け下りていく。
今は何も考えるな!
プラス先生は、部隊全体へ静かに告げた。
「これより、ユウナギ参戦のもと突入を開始する。犯人の能力レベルは不明。
各員、最大限の警戒を保て。人質の安全確保を最優先とする」
一拍、置いて。
「犯人については――拘束、もしくは射殺を許可する」
空気が、さらに一段冷えた。
恒成ソレイユの光が傾く。
コロニーの天空を覆う強化ガラスが、夕日を模した色へと切り替わる。
——あまりにも、作られた黄昏だった。
『突入だ!』
ミラがシールドを張った。
そのタイミングで、ソードが床を突き破る。
シャドが扉を破壊。
その時だった。
目も開けられないほどの閃光。
——視界が、分断された。
犯人の位置が、掴めない。
標的が、意図的に拡散されたかのようだった。
ドン!ドン!ドン!低い銃声。
ソードが後ろにぶっ飛ぶ。
「きゃー!」室内は、悲鳴。
「動くと、子供を殺すぞ!」男の叫び声。
目が霞む。
シャドとユウナギは、リビングへの通路から動けないでいた。
「くそ!能力者か!」バーチは、ソードを引きずり角部屋にかくまうと、舌打ちした。
ソードは、シールドで守られていた。
「ゲホッ……あのやろう、おかしな武器使いやがって」
もうひとりの子供が逃げるように飛び出した。
ドン!発泡音。
ミラのシールドが淡く光る。
銃弾は、床に痕跡を残さなかった。
「——エネルギー砲?」
「勝手に権利を売りやがって!!」男は突然叫び、
シールドを壊すように、銃を打ち続ける。
犯人の男は、手元の少年を覆う違和感に気づいた。
——特殊能力で展開された、薄いシールドだ。
「近づいたら、こいつから撃ち殺す」
◇
校門で、カナタは迎えを待っていた。
そこへ、一台の車が止まる。運転手が降りてきた。
「隊長より仰せつかっております。
ケティオス・リエンテと申します。
カナタさん、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
カナタは静かに車に乗り込んだ。
ヘリポートに集合したカナタは、
プラス先生から「残るように」と短く指示された。
遠くの空を見るカナタ。
ユウナギ達の身を案じる。
無力感が、逃げ場なく全身にのしかかった。
◇
ミルルの解析が遅れて届く。
「プラス先生、照合しました」
「年齢は39歳、ハンロン社の社員。レベル3の特殊能力者です。そして、特殊能力をエネルギー砲に変換させるヴェールガンの開発にも携わっています」
「ヴェールガンは、
レベル5の解放が必要なはず——改造か」
「この者は、社長宅の従業員であり、研究員です」
「開発途中の顔認識防止クリームの権利を、社長が先月、他社へ譲渡しています」
プラス先生は、短く息を吐いた。
「……私怨だな」
一拍。
「だが、まだ一線は越えていない」
リングに指をかける。
「交渉に出る。時間を稼ぐ」
『ユウナギ、聞こえるか』
一瞬の沈黙のあと、続ける。
『犯人は攻撃タイプ能力レベル3。改造ヴェールガンを使用している可能性がある』
『こちらで交渉する。その間に——
必ず生まれる隙を見逃すな。
人質の解放と、拘束を狙え』
「――了解」
「拘束、か」
シャドの声が低くなる。
「どの“隙”を使う?」
その問いに答える前に、
室内に呼び出し音が鳴り響いた。
一度。
二度。
三度。
「電話に出ろ!」
犯人が、近くの椅子を蹴飛ばし社長を促した。
「もしもし」社長が電話に出る。
「スピーカーにしろ!」スピーカー音に切り替わった。
『こちらは交渉人のクロスだ。君のような優秀な研究員をこのまま犯罪者にしたくない。取り引きに応じてくれないか?今ならまだ引き返せる』
プラス先生の声だ。
「うるせえ偽り並べやがって……引き返すつもりなんかさらさらねえ!こっちは信じてたんだよ!受話器を切れ糞が!」
男は社長に電話を切らせた。
「……切られたな」
プラス先生は、淡々と呟いた。
「彼は、わざわざ“引き返すつもりはない”と
反復するように応えた。
つまり――キャッチボールが出来る間が可能性として残っている」
「交渉は終わっていない」
男の手が、わずかに震えていた。
銃口が、ほんの数センチだけ下がる。
——撃たない。
(……信じていたものに裏切られたのか)
ユウナギの心が、わずかに揺れた。
「資金が無かったんだ。会社を存続させるためにも売るしかなかった」社長がボソリと呟いた。
「それが、あいつらのやり方だってのに!気づかなかったのか!?」男は、社長に銃口を向けようとした。
その時――ユウナギは、犯人ではなく、
その手元を見ていた。
(……子どもを殺す気はない)
ユウナギは、確信に近いものを感じていた。
引き金にかかった指。
わずかに震える筋肉。
銃口の揺れ。
視線の迷い。
——この人は、まだ越えていない。
——そこに、重ねる。
狙うのは、犯人ではない。
引き金にかかった、その指だけ。
シャインスフィアは、光を放たない。
ただ、薄く、静かに展開された。
——速すぎて、誰の目にも映らない。
次の瞬間。
男の指が、意図せず弾かれる。
一拍。
撃てなかった。
カラーン。
ヴェールガンが、床を転がった。
男は、ユウナギを見た。
——初めて、
誰かに真正面から見られたような顔だった。
「……もう、遅かった」
そう呟いて、男は胸元に手を伸ばす。
「待て!」
ユウナギの声が、届くより早く。
——小さな光が、弾けた。
ミラのシールドが、反射的に展開される。
白い閃光と衝撃が、室内を包み込んだ。
◇
静寂。
人質の子どもが、震えながら泣き出す。
「……終わった、のか」
誰かが呟いた。
ユウナギは、その場から動けなかった。
(……間に合ったのか?
それとも——)
床に転がるヴェールガンを、
ユウナギはただ見つめていた。
作られた黄昏の光が、
静かに部屋へ差し込んでいた。
(第三十二章・了)
救われた命がある。
だが、止められなかった命もある。
その事実だけが、
作られた黄昏の下に残された。
速すぎて、誰の目にも映らない選択は、
奇跡にはならなかった。
それでも――
誰も立ち止まらない。
訓練という日常は、何事もなかったように続いていく。




