招待状
戦いは終わった――
しかし、教室に戻った生徒たちの空気は、どこかまだ張りつめていた。
日常と非日常の境界が、静かに揺れている。
プラス先生は、教室に入った瞬間、違和感を覚えた。
――静かすぎる。
先日までとは、生徒たちの顔つきが明らかに違っていた。
「では、諸君。先生は今朝、カツカレーに油をたっぷりかけてきた!」
胸を張って言う。
「名付けて――あぶないカツカレーだ!」
……
笑いも、ヤジも、返ってこない。
欠席者は、四名。
神経性の催涙ガスの影響で、回復が遅れていた。
「……よし。気を取り直してだな」
プラス先生は、咳払いを一つした。
「今から三班に分けて、各リーダーを決めたいと思う」
「先生。質問です」
「おっ、どうした?」
名を呼ばれたミルルの様子は、以前とほとんど変わらない。
そのことに、プラス先生は内心ほっとしていた。
――修羅場を、くぐっていないのだろう。
そう、勝手に思い込んでいた。
「タシト隊長は、もう研修は終了なんですか?」
ミルルが率直に尋ねた。
「昨日も、来られなかったので」
「おい、やめろよ。要らないこと言わないの!」
ソードは、外れないままの指輪を指でなぞりながら、視線を伏せた。
ミラとシャドは、何も言わずにその様子を見ていた。
「タシト隊長は、暫く留守だ」
―――これ以上、理由を知る者はいない。
ざわり、と教室の空気が揺れた。
「お前たちは、選ばれし特殊部隊の生徒だ」
プラス先生は、少し声を張る。
「今後も、もちろんタシト隊長と関わっていくことになる」
「よし!」
ミルルは、机の下で小さく拳を握った。
「はぁ……」
バーチは、誰にも聞こえないように息を吐いた。
「まず、リーダー三人を伝える」
プラス先生は、いつもより少しだけ背筋を伸ばした。
「ユウナギ、ミラ、そして――カナタだ」
一瞬の静寂のあと、教室がざわつく。
「……カナタだってよ」
「大丈夫かな」
「カナタ班長って呼ぶの?」
視線が一斉に集まる中、
カナタは席から立ち上がった。
「先生……!私より、ふさわしい人がいると思います」
いてもたってもいられず、勇気を振り絞った声だった。
「すまないな、カナタ」
プラス先生は、少しだけ声を落とす。
「これは、上の命令なんだ」
「……うえ?」
「明日から、王の戴冠式がある」
何気ない調子で続けてから、
「一週間、休みになる。だからって――」
先生は、腰に手を当て、ぐっと仰け反った。
「弾けすぎないようにな」
帰り道、三人はいつものように並んで歩いていた。
なのに、なぜか――
それが、ずっと前のことのように懐かしく感じられた。
「大丈夫? カナタ」
ミラは心配そうに、そっとカナタの背中をさする。
「うん……」
カナタは小さく頷いた。
「私、何も出来てなかった。メア・フェールで……」
「先生たちも、何を考えてるんだろうね」
ミラは、ぽつりと言った。
「“上”って、誰のことなんだろう」
それから、少し言いづらそうに続ける。
「……カナタ。タシト隊長は、どうだった?
一緒に行動したんでしょ?」
その言葉に、ユウナギがぴくりと反応する。
「……それ、気になる」
「タシト隊長に――抱っこされた」
「抱っこ!?」
ユウナギとミラの声が、ぴたりと重なった。
「……不甲斐ないよね」
カナタは、視線を落とす。
「いや、そういう問題じゃなくて……」
ミラは、そっとユウナギを見る。
「……なに?」
ユウナギは、明らかに動揺していた。
「ずっと、頭が割れそうに痛かったんだよ」
カナタはそう言って、少し間を置く。
「特に……溪谷で」
そうして、胸元からキーホルダーを取り出した。
スコーラオから貰った、ウサギの形をしたキーホルダー。
「お守りも、持ってたんだけど……」
「……今見ると、ちょっと怖いね」
ミラが、ぼそりと呟く。
「ウサギだからかな。
いや、ウサギは可愛いはずなんだけど」
「磁場が強いんだよ」
ユウナギは、視線を外したまま言った。「特に、溪谷は」
それから、小さく息を吸う。
「……なあ。ここで、はっきりさせたい」
街の風が、頬を撫でていく。
すぐ横では、
河原で遊ぶ子供たちの声が、遠くに弾んでいた。
「……カナタはさ」
ユウナギが、何気ない口調で言う。
「タシト隊長のこと、どう思ってる?」
それは、いろんな意味を含んでいた。
「ミラだって、タシト隊長のこと、何か思うだろ?」
そう、付け加える。
「思うわよ。めっちゃ」
ミラは即答して、カナタを見る。
「私……」
カナタは、言葉を探すように視線を落とす。
「あの人のこと――」
その手に、ぎゅっと力が入った。
「……うん」
ユウナギが、促す。
「こわい」
「……え?」
思わず、ユウナギは吹き出した。
「それ、みんな思ってるやつだろ」
「違うの!」
カナタは、慌てて首を振る。
「本当に怖いの。
……殺されそうって思った」
「いや、それ私の代弁じゃない!」
ミラも笑う。
「でもさ、ちょっとカッコよくない?」
「全然」
その一言に、
三人は声を上げて笑い、
川原を並んで歩いていった。
*
リビングで、
「カナタさん、これ届いてるんだけど」
カナタの母は、あの日以来、どこかよそよそしかった。
「……ありがとうございます」
それが、作り物の家族だという事実を、
今さら噛みしめる気にもなれなかった。
受け取った封筒には、書留の印。
自室に戻り、勉強机の椅子を引いて腰を下ろす。
封を切ると、中には薄い透明の板が一枚入っていた。
――パスワードを入力してください。
表示に従い、
ID番号とパスワードを入力する。
すると、板の表面に、淡い光とともに文字が浮かび上がった。
『カナタ・アレイシア様
先日は、衛星メア・フェールにて、
久しぶりにお会いでき、とても感激しました。
次は、ぜひ、ゆっくりとお話ができればと思っています。
よろしければ、戴冠式にご参加ください。
エルナス・リュシオン』
――かつての、ラン友からの通信。
そして、惑星アストレアの王からの正式な招待状だった。
「……ユウナギに、連絡しなきゃ」
以前、ユウナギは、
川原でエルナスに会うことができなかった。
今度こそは――。
そう思いながら、
カナタは腕にはめた一つ目のIDリングに触れ、
呼び出し音を鳴らした。
(第二十五章・了)
封筒の重さは、紙一枚分しかなかった。
それでも、
カナタの世界は、確かに傾き始めていた。




