帰る場所
人は、
目を覚ました瞬間に、
すべてを取り戻すわけではない。
それでも、
朝は平等に訪れ、
それぞれの居場所を、
そっと照らし出す。
「長い夢をみていた」
衛星メア・フェールの街は、
2週間ぶりの雨が止み、朝日が顔を出す。
男は、窓から街の中心部の方を見た。
朝日が眩しい。
部屋に入ってきた女は、持っているものを思わず手元から落とすと、構わず涙を流した。
「……フィラン」
目覚めた男は、女を見る。そして、自身の両腕に、
はまっているいくつものリングを見た。
「これは?」リングは、淡く光っている。
「あなたは……ずっと、何年も眠っていたの」
女は、声を詰まらせながら続けた。
「一年前ね、エルナス様がここへ来られて。
寝たきりのあなたに、このリングをつけていかれたわ」
女は、男の腕に視線を落とす。
「作動しなかったから……気休めかもしれない、って。でも、外す気にはなれなかった」
「このリングの先は?」
「安心して、今はまだこの街の中心部に流れているけど、いずれ惑星アストレアに統合される。ここも整備される」
痩せた男は、ルビー色の瞳に光が戻っていくのを覚えた。
「……エルナス・リュシオン」
男は震える両手で顔を覆い、確かめるように頬に触れた。
「……ある」
フィギラは、我に帰ったように呟いた。
「あの子達は?」
――
フィラン――王名を、フィギラと言う。
宇宙をさ迷う海賊王の血を引き、母は惑星アストレアの出身だった。
幼い頃に発現した力は、あまりにも強く、制御を失った彼は仲間を傷つけるようになる。
父はその力に未来を見たが、即席の統治と制御では追いつかなかった。
十六の時、惑星グランディアの高次エネルギー変換技術により、
彼は“眠り”を選ばされる。
封じられた力は球体となり、人々の意識と同期し、
街の鼓動として生き続けた。
それが、衛星メア・フェールの光だった。
*
地上の街まで上がったユウナギ達の元に、飛行船が迎えに来ていた。
「タシト隊長!!」ミルルは、涙を流していた。
ハッチが開くと真っ先に、ユウナギのもとへカナタが向かった。
「ユウナギ。無事でよかった」
その声を聞いた瞬間、
ユウナギは、考えるより先にカナタを抱き締めていた。
周囲の視線があることも、
自分が何をしているのかも、どうでもよかった。
胸の奥に張りつめていたものが、
音を立てて崩れていく。
「……カナタ」
名を呼ぶだけで、息が戻った。
「熱いね」
少し離れたところで、ソードがぼそりと呟いた。
ユウナギは、ようやく腕の力を緩めた。
胸の奥に残った余熱を持て余すように、息を吐く。
――終わった、はずだ。
そう思おうとした、その時だった。
視線の先で、地上に降ろされた飛行船の影が、わずかに揺れた。
そこから、一人の人影が現れる。
ユウナギは、無意識に背筋を伸ばしていた。
通信が、何度も途切れたこと。
想定外があったとしても、説明のつかない空白。
胸の奥に、わずかな違和感が残っている。
「……遅くなった」
タシトは、飛行船から降りると、まっすぐこちらへ歩いてきた。
「3日間の訓練は、終了とする。乗れ」
ただそれだけだった。
バーチとソードも近くにいた。装甲車は、すでに飛行船に積まれていた。
「タ、タシト隊長……」バーチは、初めて自分から話しかけた。
「何だ?」タシトの目は、依然として静かだった。
「この少年を惑星アストレアに連れて行って欲しい。孤児なんだ」バーチは、隣にいるリロの肩にそっと手を置いた。
「……ダメだ」タシトは、一瞬の迷いを見せたものの即答した。
「何でだよ!この少年に命を救われた!保護するに値するんだ」
「分からないのか?」タシトは、横目で少年を見る。
「?何がだよ」
「いいんです。わかってたんです。こうなることは」リロは、下を向き、バーチの手をほどいた。
「リロ!」
「……僕は、アンドロイドなんです」
バーチは、言葉を失った。
ユウナギは、ただ黙ってその様子を見ていた。
「これが僕の運命なんです」リロは、そう言うと、一歩後ろに引いた。瞳は定まっていない。
「国の規約で決まっている。惑星アストレアにアンドロイドは、存在させてはならない」タシトは、そう言うと「早く乗れ」ユウナギ達を飛行船へ促した。
タシトは大きく呼吸をすると、足を止めて振り返った。
「久しぶりだな、タシト隊長」
車椅子の男が、静かにこちらを見ていた。
「フィギラ」
ユウナギとミルルは、同時に振り返った。
「え……?」
低く、歪んだ声。
記憶の奥に沈んでいたはずの響きが、現実として耳を打つ。
——生きている。
そう理解した瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。
通信が途絶えていたこと。
回収が遅れたこと。
そのすべてが、最初から折り込み済みだったのではないか。
ユウナギは、タシトの背中を見た。
その姿は、いつもと変わらない。
——違う。
知っていたのではない。
知っていて、黙っていたのだ。
だが、そこにいたのは痩せ細った男だった。
先日の玉座の王の面影は、もはやない。そこにあったのは、髪が伸びた車椅子姿のフィギラだった。つり上がっていた目は、どこか優しさを帯びている。
「話の通じない、つまらん男。半年ぶりだな」
「目覚めたのか?」
「この通りよ」フィギラは、両腕のリングをタシトに見せる。「最高の気分だ」
「その様子だと惑星アストレアに“帰れる”のか?」
離れていても、タシトとフィギラの会話は、否応なく耳に入ってくる。
フィギラの視線は、空を仰いだままだった。
その横顔には、かつて玉座にあった威圧は、もうない。
——この人は、もう王ではない。
そう気づいた瞬間、ユウナギの中で、何かが静かにほどけた。
「エルナス・リュシオンに、会うことがあれば……伝えておいてくれないか」
タシトは、答えなかった。
その沈黙が、肯定でも拒絶でもないことを、ユウナギは感じ取った。
「感謝してるって」
エルナス・リュシオン。
惑星アストレアの王。
その名を聞いた瞬間、
タシトの表情が、わずかに揺れたように見えた。
フィギラは、ユウナギを一度だけ見た。
「不思議だな」そう呟くと、そのまま前を通り過ぎる。
「世話になったな」
それだけ言って、
バーチとリロのいる方へ向かった。
バーチは、リロを見た。
リロは、この世界で自分だけが別物だということを、もう一度思い知らされていた。
バーチの胸の奥に、名前のない重さが沈んでいく。
車椅子を押す女は、何も言わず、ただその背を見守っている。
フィギラは、リロの前で足を止めた。
じっと、その顔を見つめる。
「おい、坊主」
リロの頭に、ぽん、と手を置く。
「俺たちと住まないか」
女は、一瞬だけ目を見開いたが、
すぐに、柔らかく微笑んだ。
「「え……?」」
バーチとリロの反応が重なった。
「これからは、ここが俺たちの故郷だ」
手を振る三人の姿が、地上で小さくなっていく。
バーチは、飛行船の窓の外から目を離せずにいた。
唇を噛み、涙をこらえる。
「さよなら、リロ。……本当に良かった」
それが本心だと、分かっているからこそ、
胸の奥に、何かが残った。
船内では、安堵からか、それぞれの声が戻りつつあった。
「……何でいつもタシト隊長と船が違うんだろ」
ミルルは、並走する飛行船を窓越しに見ながら言った。
隣でユウナギは、眠気に身を任せながら、ふと思う。
あのノイズは、きっとカナタがもたらしたものなんだ。そんな気がしていた。
「ちょっと、ソード本当に大変だったんだよ!」ミルルは、思い出したようにソードに積めよった。
「こ、!この指輪がそうさせたんだよ」
「え?」ユウナギ達と装甲車に乗り合わせたメンバーが振り返った。
「まだはめてるの? 嘘!」
ミルルの顔は、青ざめた。
隣のユウナギは、構わず眠りに落ちる。
「隊長! タシト隊長!」
ミルルは、慌てて通信を入れた。
《……ああ》
少し間を置いて、低い声が返ってくる。
「ソードが、まだ指輪を……!」
《問題ない》
短い返答だった。
《もう、効力はない。記念に取っておけ》
「……え?」
ミルルが言葉を失う一方で、
ソードは、自分の手元を見つめたまま動かなかった。
「……マジかよ」
ユウナギは、そのやり取りを遠くに聞きながら、
すでに深く眠りに落ちていた。
――夢の中で、
誰かが名前を呼んだ気がした。
それが誰の夢だったのか、
まだ分からない。
(第二十三章・了)
帰る場所を得た者もいれば、
まだ夢の途中にいる者もいる。
だが世界は、
何事もなかったかのように、
次の朝へと進んでいく。




