漏出
明朝。
惑星アストレアの草原に、セリューは降り立っていた。
セリューの全解除では、一度に約四千キロ圏を感知できる。
多少の誤差は生じるものの、それは惑星規模に及ぶ広域認識能力だった。
『タシトのリングレベルを、通常時の八まで解除する』
「了解しました」
王宮との通信。
「知らせなしの変更、現地環境は十分でしょうか?」
『問題ない。アストレアの計器は特殊能力干渉を前提に設計されている』
『タシト自身も、攻撃と防御を兼ね備えている高能力者ならすぐに平常値に戻せる』
「承知しました」
コロニー・ルミナリアの王宮からエルナスとの通信。傍受の隙はない。
『では、セリューの全解除から開始する』
腕のリングが全て消えた。
『続いてタシトのリングを八まで解除!』
◇
タシトはミルルと、惑星グランディアで食事をとっていた。
グランディア産の揚げたてキノコとハーブチキンのロールサンドは珍しく、観光客に人気だった。
テーブルに運ばれる料理。全てアンドロイドが対応していた。
向かい合うミルルは、落ち着かない様子で視線を揺らしていた。
(これじゃ、まるでデートだ……)
他のテーブルの女性客がざわつく。皆タシトを見ていた。
(はぁ、本当にカッコいい。品のある食べ方。白緑の瞳)
「どうした? ミルル。食べないのか」
タシトが視線に気づいた。
ミルルは咄嗟に目を逸らす。
「あ、はい!」
「……ミルルといると、動物園の動物になった気分になるな」
「え?」
意味を理解した瞬間、耳まで熱くなる。
「ち、違います! その、見てたわけじゃ……!」
「もう、馴れたけど」
タシトが優しく微笑んだ気がした。
食事を終え、二人は店を出た。
その瞬間だった。
タシトの腕から、リングの光が消える。
「――っ?」
路上のアンドロイドが、一斉に動きを止めた。
遅れて、耳障りな警告音が街へ広がる。
店舗端末。
信号機。
空中広告。
次々と光が乱れた。
「な、何……?」
ミルルの声。
次の瞬間。
空気が、軋む。
タシトは反射的に、漏れ出した能力を押さえ込んだ。
警告音が消えた。
そして――
消えていたリングが、再び両腕へ光を戻し始めた。
◇
「どうだ?セリュー」
エルナスは、立体ホログラムへ視線を向けたまま、腕のリングを操作する。
十秒経過。
『北半球。南半球ともに反応がありません』
「惑星アストレアには、いないのか?……なら、どこへいった?」
「……まさか」
短い沈黙。
「……衛星メア・フェール経由後、惑星グランディアを確認――」
その時、エルナスの言葉が途切れた。
(そんな、馬鹿なことがあるか?
惑星グランディアは、生体反応干渉を前提に発展した高度AI文明。
高能力者を、最も危険視する惑星だ。
タシトのような能力者には危険すぎる……協力者でもいるのか?)
王であるエルナスは、簡単に他惑星へ入惑できない。
高能力者ほど、惑星間移動には厳重な制限がかかる。
無許可入惑は、惑星間条約違反として処理対象になる。
そして、能力制限を受けにくい者が多いオルデンコア側の方が、先に惑星グランディアへ入惑する可能性が高かった。
◇
街の警報は、すでに停止していた。
代わりに、警備ドローンの旋回音だけが頭上へ響く。
タシトはミルルの腕を掴み、そのまま裏道へ入った。
「ここまでくれば、大丈夫だろう?」
「……あ、はい」
「……追手が来るかもしれない」
タシトが、ふと漏らす。
ミルルは、掴まれた腕をいつまでも見つめていた。
遠くで、警備ドローンの旋回音が響いていた。
(第百二十三章・了)




