偽名の港
惑星グランディア。
移民が流れ込む港湾国家。 雑多な言語と、異国の匂いが混ざり合っていた。
ミルルは、偽造IDを握りしめたまま足を止める。
隣では、タシトが深くフードを被っていた。
その姿は、この星の移民達に紛れていた。
――それでも。
周囲の人間だけが、無意識に彼を避けていく。
リングの感覚だけは、途切れない。
ただ――
通信だけが途切れていた。
「……もうすぐ、親戚が来ます」
ミルルが、小さく呟く。
やがて、二人の女性が人混みの向こうから姿を現した。
一人は、髪を後ろでまとめた、柔和な雰囲気の中年女性。
もう一人は、小麦色の肌をした、金髪ボブの若い女性だった。
ミルルは、二人の顔を見た瞬間――
「……ごめんね」
先に、謝った。
「何事かと思ったよ。ミルル」
「訳はあとで話す」
側にいるタシトが目に入る。
「彼は?」
フードをわずかに上げ、タシトは静かに頭を下げた。
「……ご迷惑をおかけしています」
二人の女性は、息を呑んだ。
まるで、 この場所だけ空気が違う。
そんな錯覚を覚えるほど、 男の存在感は異様だった。
「……軍関係の人?」
小さく、ミルルへ問いかける。
「まぁ、そんな感じ」
「ミルルさんとは、同じクラスの生徒です」
タシトは、間を置かずに答えた。
「……っ」
ミルルは、わずかに目を見開く。
打ち合わせていた訳ではない。
だが、否定する隙もなかった。
確かにタシトは二歳下だ。
――それなのに。
隣に立つその姿は、もう“大人”にしか見えなかった。
タシトは、 偽装IDを静かに差し出した。
「惑星グランディア人――タジィト・ラミンさんね」
ふくよかな女性は、笑顔を向ける。
「私は、ポワレ・ガルシア、こっちは妹の、ゴールディ」
ゴールディは、金髪のボブを揺らしながら顔を傾けた。
そして、手を差し出した。
「ルディって呼んでね」
ミルルは、 思わずタシトを見た。
タシトは、柔らかく微笑むと、差し出された手を自然に握り返した。
(……隊長って、あんな表情できるんだ)
ミルルは、目を瞬かせた。
タシト隊長に、あんなふうに触れられる存在は限られていると思っていた。
だからこそ。
ゴールディが、少しだけ羨ましかった。
「ルディさん、よろしくお願いいたします」
「ルディでいいよ。君よりわずかに歳上だけなんだし、タジィトくん」
ミルルは、ずっと気が休まらなかった。
家までは、まだ数キロある。
四人は、ごった返す港湾街を抜けながら歩いていた。
異国の言葉。潮の匂い。行き交う移民達。
その中でも、隣を歩くタシトだけは、どこか浮いて見えた。
ミルルは、そっと彼を見上げる。
――無表情。
何を考えているのか、やはり読み取れない。
少し前では、ポワレとゴールディが並んで歩いていた。
距離が開いた瞬間。
「……タシト隊長、怒ってますか?」
ミルルは、小声で聞いた。
「何を怒る?」
タシトは、前を向いたまま答える。
「ミルルは、ちゃんと“タジィト”と呼んでいる」
「は、はい。タジィトさん……」
「……タジィトだ」
(第百十八章・了)




