認識の外
セリューは、スコーラオの前に立っていた。
再び訪れたのは、ノクス・グレイン生体再編局。
研究棟の待合室では、端末ニュースの光だけが静かに揺れている。
「待たせてすまない」
「いつもここにいるから、待ってないけど」
スコーラオは、ソファへ深く腰掛けたまま笑った。
浮かび上がるニュース映像には、崩壊した別館B棟が映し出されている。
セリューは、無言のまま彼を見下ろした。
「どうぞ」
促され、セリューもゆっくり腰を下ろす。
短い沈黙。
「……アークヘイム軍団、懐かしい響きだよね」
スコーラオは、ニュース映像を見たまま呟いた。
「軍が制圧した――だったかな?」
「……それは」
セリューの返答が、一瞬止まる。
スコーラオは、小さく笑った。
「そうは見えなかったなぁ」
セリューの表情が、わずかに揺れた。
スコーラオは、それ以上何も言わなかった。
「……エルナス王を奪還したい」
低い声。
「協力してくれ」
スコーラオは、答えなかった。
ニュース映像だけが、静かに流れ続ける。
「……報酬は何?」
「何を望む」
「全解除は?」
「それは約束できません」
「……そっか」
スコーラオは、少しだけ笑った。
「じゃあ、今の私で行くしかないか……」
「もちろん、私も同行します」
短い沈黙。
「道理で、三日も連絡が来なかったわけだ」
スコーラオは、端末ニュースを消した。
「王宮ほどのフィールド内で、エルナスが拘束されるなんてね」
セリューは、黙っていた。
「……まあいいや」
スコーラオが、ゆっくり立ち上がる。
「それで?」
笑みは消えていた。
「どこにいるの?」
スコーラオが、指を鳴らす。
待合室の窓ガラスが、円を描くように深い色へ変化していく。
やがて、外光は完全に遮断された。
研究棟の白い照明だけが、 二人の間を静かに照らしていた。
「わからないかあ」
スコーラオは考え込む。
「ルイゼン・エメラルド」
セリューの声が、低く落ちる。
「……王の側近が、謀反を起こした」
「あー、あの青年ね」
スコーラオは、記憶を辿るように視線を上げた。
「エルナスが学生達をねぎらいに行った時に、同行してたパイロットだよね」
「はい」
「船内でさ。助手の焼いたクッキー、食べるか聞いたんだよ」
スコーラオは、小さく笑う。
「そしたら、“ふざけてるのですか?”だって」
「……」
「酷くない?」
セリューは、黙っていた。
だが。
微笑むスコーラオの視線は、笑っていなかった。
――あの労いの日。
遅れて現れたカナタと、その背後に立っていたルイゼン。
あの瞬間に覚えた違和感が、頭を掠める。
「何か掴めたら連絡するよ」
スコーラオは、奥の水槽群へ視線を向けた。
「今は、手が離せないからね」
「……わかりました」
セリューは、静かに立ち上がる。
「時間は限られています。よろしくお願いいたします」
「無茶言うね」
スコーラオは、小さく笑った。
白衣の裾を払う。
その視線だけが、 静かに冷えていた。
◇
救急特殊救命センター。
カナタは、三日三晩眠りに落ちていた。
腕には、追加でリングがはめられていた。
長い夢を見る。
ユウナギと初めて出会ったのは、病院の待合室だった。
そこから、記憶が始まる。
でも。
ユウナギは、前から私を知っていた。
記憶を失った私に、何も聞かなかった。
ただ、“幼なじみ”という言葉で、ずっと私の隣にいてくれた。
――どうして。
どうして、そこまでしてくれたんだろう。
ユウナギを失って初めて、気づいた。
私にとって、彼がどれほど大きな存在だったのか。
彼なしでは、生きていけない。
夢の中で。
ユウナギが、また微笑んだ。
(第百十六章・了)




