広がる亀裂
室内は、異様なほど静かだった。
白を基調とした空間。
小さなシャンデリアだけが、 淡い光を落としている。
高級ホテルの一室にも見える。
だが。
窓は開かず、 扉の外には武装警備が立っていた。
エルナスは、 部屋中央のソファへ座らされていた。
拘束されてなお、 エルナスは気品を失っていなかった。
後ろ手には、拘束具。
「……本当に、王なんだな」
若い監視員が、 思わず呟く。
視線が、 白い首筋へ落ちる。
その瞬間。
「見るな」
ルイゼンの低い声だった。
空気が、凍る。
「消されたくなければ、じっとしてろ」
感情のない声。
監視員の顔色が変わった。
「タシト少佐の無力化が確認されるまで、
あなたには拘束具をつけたまま、ここにいてもらう」
ルイゼンは、深く椅子へ身体を預けた。
額には、薄く汗が滲んでいる。
長時間の全解除。
身体への負荷は、想像以上だった。
「レベルを下げてはどうだ?」
エルナスの提案にも、ルイゼンは動じない。
「あなたは、策士だ。油断はできない」
「私に言う台詞か?」
エルナスは鋭く睨んだ。
時間だけが、静かに流れていく。
「……まさか」
エルナスが、ゆっくり視線を落とした。
「お前に裏切られるとは思わなかった」
ルイゼンの表情は、変わらない。
「……裏切りではありません」
淡々とした声。
「最初から私は、あなたに仕えていない」
短い沈黙。
「そうかもしれないな」
エルナスは、小さく息を吐く。
「では、一体――誰に仕えている?」
「……己が思うままに動いているだけです」
ルイゼンの瞳が、わずかに揺れた。
「名ばかりの近衛兵だな」
空気が、張り詰めた。
ルイゼンは、立ち上がる。
扉へ向かいかけ、 一瞬だけ足を止めた。
拘束された王を、 静かに見つめる。
「……少し席を外します」
◇
研究室には、 電子音だけが静かに響いていた。
大型水槽のモニター光が、 心音に合わせて淡く点滅する。
だが。
波形は、時折不規則に乱れた。
大型水槽の中。
ユウナギの身体が、 静かに培養液へ沈んでいる。
「……今日も、解除されたままだ」
スコーラオが、小さく呟いた。
三日。
彼は、ほとんど眠っていない。
視線は、十のリングが解除されたままの手元へ落ちる。
その間。
セリューからの接触は 一度もなかった。
「おかげで、ユウナギくんの細胞活性へ直接干渉できる」
軽い口調だった。
だが、 その目には僅かな疲労が滲んでいる。
「スコーラオ様……少し休まれては」
助手が、不安そうに声をかけた。
スコーラオは、 ゆっくり首を傾げる。
「……何か起きてるのかな」
その瞬間。
研究室の極秘回線へ、通信が割り込んだ。
助手の顔色が変わる。
スコーラオは、自らリングへ回線を接続した。
「……なんだ。セリューじゃないか」
いつもの調子で笑う。
「ちょうど君たちの事、考えてたんだよ。どうしてるかなって」
短い沈黙。
そして。
『……協力してくれ』
セリューの低い声が、響いた。
(第百十五章・了)




