残響
『突入部隊との通信は途絶。惑星アストレア特殊能力訓練施設襲撃事件で、訓練生二十一名が死傷』
『なお、一部訓練生との連絡が――』
病院の個室モニター。
ヨガサの手から、飲み物が落ちた。
「……え?」
画面には、崩壊した別館B棟が映し出されている。
その瞬間。
全身の奥底が、震えた。
◇
スコーラオが研究室へ戻ると、 内部は騒然としていた。
「……その検体は?」
助手の声が、引きつる。
スコーラオは、気軽な調子で答えた。
「あー、急いでくれる?」
一拍。
「――友達なんだ」
研究員達の空気が、止まる。
運び込まれたユウナギの上半身は、 血に染まっていた。
大型水槽が開く。
液体の中へ、静かに沈められていく。
最初、 水槽内部は赤く濁った。
だが――
徐々に、 色が薄れていく。
透明な液体の中で、失われた断面だけが、 痛々しく浮かんでいる。
「スコーラオ様……」
助手の声が、震える。
「こちらのご友人……本当に、生存しているのですか?」
短い沈黙。
スコーラオは、 静かに水槽を見つめていた。
「……わからない」
「え?」
「損失率は?」
助手が、息を呑む。
「……約六十パーセントです」
研究室の空気が、凍りつく。
――“リザーズ・テイル”。
損失四十パーセント以内。
それが、 再生可能な絶対条件だった。
六十パーセント。
本来なら、 蘇生対象にすらならない。
「……ただ」
スコーラオの視線が、 水槽のユウナギへ落ちる。
「今までと条件が違う」
助手が、顔を上げた。
「高能力者なんだよね。この子」
静かな声。
「そこが、どう影響するかだな」
◇
「――ユウナギ!!」
ミルルは、息を切らして目を覚ました。
荒い呼吸。
全身が、汗で濡れている。
薄暗い天井。
小さく揺れる振動。
「……っ」
ここは。
飛行船の客室だった。
窓の外には、 人工光に照らされた宇宙航路が流れている。
惑星グランディア行き。
到着まで、あと三日。
「……ごめん」
ミルルの瞳から、涙が零れ落ちた。
――目を離さない。
それが、ソウルメイトの鉄則だった。
なのに。
タシト隊長を守ろうとして、ユウナギから目を離した。
「……私のせいだ」
喉が、詰まる。
あの瞬間が、何度も脳裏で焼き直される。
赤い光。
崩れるシールド。
血。
「……っ」
だが。
もし、あの時タシト隊長を庇わなければ。
――隊長は、死んでいたかもしれない。
断言は、できなかった。
失いたくなかった。
ミルルは、震える指を強く握る。
客室の端末へ、複数のID偽装コードが流れていた。
アストレア軍の追跡を避けるため、航路情報を撹乱している。
以前の高層マンション立てこもり事件。
ミルルは、犯人が使用していた認識阻害システムを、独自に解析していた。
本来は、顔認識欺瞞用に開発された技術。
だが――
応用すれば、追跡撹乱にも転用できる。
――今だけは、それが役に立っていた。
「……大丈夫か? ミルル」
タシトが、飲み物を差し出す。
ミルルは、はっと顔を上げた。
「あ……ありがとうございます」
両手で受け取る。
まだ、指先が震えていた。
タシトは、それ以上何も言わない。
だが。
今、タシト隊長は自分のためだけに向き合っている。
その事実だけで、胸の奥が熱くなった。
不謹慎だと分かっている。
ユウナギが、あんな事になった直後なのに。
それでも。
ミルルは、視線を落としたまま、そっと飲み物へ口をつけた。
窓の外は、闇だった。
遠くの恒星が、涙のように小さく瞬いている。
飛行船は、静かに惑星グランディアへ向かっていた。
(第百十四章・了)




