消失
「……何だろう」
スコーラオは、顎へ手を当てた。
「どうされました?」
「感じるんだよ。……妙だな」
助手が、首を傾げる。
「何か、ありましたか?」
「外で。……いや、“遠く”か」
助手は、窓の外へ視線を向けた。 続けて、端末のニュースを確認する。
「……いえ。特に異常報告はありません」
惑星アストレア。
スコーラオのいるコロニー・リオンドから、およそ五万キロ。
王のいるルミナリアまでは、約七十万キロ。
比較すれば、近い距離だった。
「……瞬間移動なら、中継地点一回ってところか」
「え? どこかへ行かれるんですか?」
スコーラオは、ゆっくり立ち上がる。
「そうだな」
一拍。
「……ちょっとトイレ」
◇
「……エルナス様。あなたを解放すれば、再びリングを操作される可能性がある」
ルイゼンは、エルナスの両手を背後へ回させる。
拘束具が、静かな音を立てた。
「しばらく、拘束させていただきます」
「……もう、後戻りはできないぞ。ルイゼン」
セリューが、首元から流れる血を押さえながら睨みつける。
エルナスは、拘束されたまま静かにルイゼンを見る。
「……タシト少佐は、お前が思うほど“人形”じゃない」
一瞬。
ルイゼンの瞳が、わずかに揺れた。
「大分、血が出ていますね」
感情のない声。
「セリュー。あなたは、もう解放してあげますよ」
次の瞬間。
ルイゼンとエルナスの姿が、掻き消える。
同時に。
セリューを取り囲んでいた青白い光も、消滅した。
「……っ」
膝から崩れ落ちる。
床へ拳を叩きつけた。
「……ルイゼン」
◇
その瓦礫の中央に――
リエルが、立っていた。
優しい光が、崩れた天井から静かに降り注ぐ。
リエルは、ゆっくりとカナタへ歩み寄った。
そっと抱きしめる。
次の瞬間。
青白い暴走が、嘘のように消えた。
カナタが、崩れ落ちた。
「……封印したのか?」
タシトが、静かに呟く。
ミルルをそっと床へ寝かせ、 カナタへ近づいた。
その時だった。
「うわー。何だこれ?」
場違いなほど軽い声が、崩壊した施設へ響く。
「……スコーラオ」
その名を口にした瞬間、
タシトの鼓動がわずかに跳ねる。
呼吸が乱れる前に、 即座に整えた。
「あ!」
スコーラオが、怪訝そうに目を見開く。
「君、あの時の“私を殺そうとした少年”じゃない?」
タシトは、答えない。
「うわー。なんか、めちゃくちゃ大きくなってるねぇ」
「……」
「あれ? あの時の勢いは?」
スコーラオは、倒れた兵士を避けながら近づいてくる。
「……止まれ」
低い声。
するとスコーラオは、歩みを止めた。
辺りを見回す。
「……何?」
視線が、タシトの腕へ落ちる。
特殊スーツの隙間。
リングの光が、薄く漏れていた。
「……もしかして、リング制御されてる?」
「……」
スコーラオの口元がわずかに歪む。そして、再び歩み始める。
「――簡単だな」
その瞬間だった。
「スコーラオさん!!」
震える声。
ミラだった。
スコーラオは、ゆっくり振り返る。
「え? ミラちゃん?」
タシトへ背を向け、 瓦礫の向こうへ歩いていく。
「ユウナギが……!」
声が、震えていた。
「ユウナギが……っ!」
そこには。
下半身を失ったユウナギが、倒れていた。
静かだった。
「……即死か」
スコーラオは、しゃがみ込む。
そっとユウナギへ触れた。
「……何だろうな、これ」
空気が、わずかに変わる。
「ミラちゃん」
スコーラオは、いつもの調子で笑った。
「ユウナギくん、ちょっと貰うね」
一拍。
「一応、再生医療のおにいさんだけど、期待はしないでね」
次の瞬間。
ユウナギの身体が、光に包まれる。
そして――消えた。
静寂。
タシトは、はっと瓦礫の中央を見る。
「……リエル?」
そこには、もう誰もいなかった。
(第百十二章・了)




