全制御
「……タシト・レヴァント」
娘は、目を見開いた。
「……本当に、アンドロイドなのか?」
そこには、 混乱する訓練生達へ冷静に指示を飛ばす青年がいた。
その姿は、とても“人形”には見えなかった。
「……」
アークヘイム軍団が、 一斉にタシトへ銃口を向ける。
生徒達は、頭を伏せたまま目を閉じた。
「……こいつが?」
男は、額に汗を滲ませながら笑った。
タシトが、片手をわずかに動かした。
それだけだった。
次の瞬間。
頭上の空気が、弾けた。
「……何をした?」
ユウナギの声が震える。
ミルルも、何が起きたのか分からなかった。
気づけば――
アークヘイム軍団が、一斉に崩れ落ちていた。
◇
「応戦の可能性がありますので――全解除で向かいます」
ルイゼンは、エルナスの傍らで静かに告げた。
「……施設内部を把握しているのは、ルイゼンだけだ」
エルナスが、セリューへ視線を向ける。
セリューは、無言で頷いた。
短い沈黙。
やがて――
エルナスは、自らのリングへ指を触れた。
淡い光。
一瞬だけ、空中に数字が浮かび上がる。
そして、消えた。
――ルイゼンのリングが、“全解除”される。
空気が、わずかに軋んだ。
次の瞬間。
ルイゼンのヴェール・ガンが、 エルナスのこめかみに当てられていた。
「……っ!」
セリューが反応する。
「動くな」
低い声。
その瞬間、 セリューの動きが止まった。
「今の私は、あなたより上だ」
「……ルイゼン?」
エルナスは、ルイゼンをゆっくりと見る。
「タシト少佐のリングを全制御してください」
ヴェール・ガンのトリガーに、力が入る。
「なぜだ」
エルナスは、目をそらさない。
「あなたが決断しないからです」
「違う」
エルナスは、目を逸らさない。
「……なぜ、お前たちは、そこまでタシトにこだわる」
一瞬。
ルイゼンの瞳から、感情が消える。
「こだわっているのではありません」
冷めた声だった。
「これは、合理的判断です」
「タシト少佐は、 国家単位のリスクとなり始めています」
「……彼一人で、均衡が崩れると?」
「軍でも制御できない。ならば、いずれ矛先はオルデンコアへ向きます」
「……だから、王へ銃を向けるのか」
静寂が落ちた。
ルイゼンのヴェール・ガンは、微動だにしない。
「オルデンコアは、世界の中枢です」
「均衡が崩れる前に、管理する必要があります」
「王から離れろ」
セリューのシールドが、強く発光した。
だが――次の瞬間。
シールドが、砕け散った。
「――っ!?」
即座に、青白い閃光が走った。
セリューの首元から血が静かに滴り落ちる。
「私が、“手を下せない”人間だと思っているのですか?」
ルイゼンの声に、感情はなかった。
気づけば。
セリューの周囲には、 青く鋭い光が幾重にも浮かんでいた。
◇
別館B棟。
安堵する間もなく、 撃たれた生徒達へ仲間が駆け寄っていた。
「しっかりしろ!」
「誰か!救急班を!」
混乱の中。
タシトだけは、静かだった。
特殊救急医療班へ通信を繋いでいる。
その時だった。
――ガラスが砕ける。
正面の窓を突き破り、“何か”が侵入した。
だが、見えない。
「――っ」
タシトが手をかざす。
次の瞬間。
爆発。
空中から火花が散り、 複数のドローンが床へ叩き落とされた。
「……ステルスドローン」
ミルルが、息を呑む。
生徒達の緊張が、再び張り詰める。
その時――
タシトの腕のリングが、発光した。
「――!?」
空気が、変わった。
――“全制御”。
次の瞬間。
誰もいないはずの天井から、無数のレーザーが走る。
床が、深く切り裂かれた。
タシトの表情が、初めて崩れた。
(第百十章・了)




