静寂の崩壊
「おはよございます!」
ミルルが、先にいるタシトを見つけて声を上げた。
別館B棟の通路。
タシトは、柱へ手を添えたまま、 施設内を流れるフィールドの乱れを探っていた。
――何かがおかしい。
「ああ……おはよう」
タシトは、一瞬だけミルルへ視線を向けた。
ミルルは、小さくガッツポーズをする。
「ほんま好きなのな」
隣を歩くバーチが、小さく笑った。
「この前さ、エルナス王、生でみただろ?
タシト隊長となんか似てない?」
「どの辺が?」ミルルは不思議そうにバーチをみる。
「何かこう……顔だよ!ハッキリ言うと」
「えー? 全然似てないよ。タシト隊長の方がずっとカッコいいもん」
「……」
少しの間。
「いや王の方がカッコいいだろ」二人は、笑っていた。
◇
巨大な水槽の中。 “半分だけ残された頭部付きの肉体”が、静かに浮遊していた。
その前で、スコーラオは目を細める。
「スコーラオ様、生体反応は良好です」
「何だろうね」
リングレベル十を解除されたスコーラオは、早朝から研究に没頭していた。
「これほど都合の良い検体は、なかなかありませんでしたから」
「ルシエル因子は、やっぱり特殊能力に反応するよね。解除十以上で干渉させたから違うのかな」
スコーラオは、興味深そうに顕微鏡を覗き込む。
「ただ、増殖速度と同時に、異常な勢いで打ち消し反応も起きています。五十%では、やはり……」
「少し様子を見ようか」
「あ、見て。ルシエル因子そのものが増えてる。凄くない?」
そして、スコーラオは自らの腕へ視線を落とした。
発光は、消えている。
――“解除十”。
その状態は、今も維持されたままだった。
◇
別館B棟では、生徒達が次々と戦闘スーツへ着替え、訓練場へ集まっていた。
中央には、タシトの姿。
早く来た者達は、開始時間まで各自でストレッチをしていた。
カナタは、早朝にルイゼンの送迎で施設へ到着していた。
「ヨガサさん、……今日は遅いな」
ヨガサは、潮風が遠くから運ばれてくる並木道を走っていた。
「あ、遅刻する……!」
無人タクシーが捕まらない。 別館B棟までは、まだ一キロ以上ある。
「こんな時に瞬間移動できたらな……」
その時だった。
「あれ? プラス先生?」
付近のレストランで朝食を済ませたプラス先生が、無人バスへ乗り込もうとしている。
黒い戦闘服の集団が、 いつの間にか周囲を囲んでいた。
ヨガサの足が、止まる。
次の瞬間――
辺り一帯を、凄まじい電流が走り抜けた。
街路樹が弾ける。
鳥達が、力を失ったように次々と落下した。
「――っ」
ヨガサは、その場へ崩れ落ちる。
呼吸ができない。
視界が、落ちる。
だが。
プラス先生は、シールドを展開していた。
閃光。
同時に――
バスの窓が内側から砕け散る。
プラス先生の身体が、外へ飛び出した。
遅れて、銃声。
◇
一キロ以上離れた別館B棟。
「……」
タシトの視線が、ゆっくりと外へ向く。
空気が変わっていた。
「訓練は中止だ」
静かな声だった。
その瞬間。 訓練場の空気が、張り詰める。
「防衛を維持しろ。気を抜くな」
いつもの指導とは違う。
――命令だった。
それだけ言い残し――タシトの姿が消えた。
(第百八章・了)




