それでも今夜は
ユウナギは、施設と浜辺の境にある石段へ腰を下ろし、ひとり海を眺めていた。
寄せては返す波の音だけが、 やけに大きく聞こえる。
「ユウナギくん、隣座っていい?」
「君は……ルアナさん」
「名前、初めて呼んでくれたね。ヴェール・ガンメンバーだもんね。よろしく」
ルアナは、柔らかな雰囲気の女性だった。 明るい茶色の髪を、緩くひとつにまとめている。
「……」
「お昼食べないの?」
「うん、ちょっと食欲がなくて」
「じゃあ私も食べない」そう言うと、携帯用サンドイッチを鞄にしまった。
「私ね、ずっとユウナギくんのこと、カッコいいなってみてたんだよ。皆の憧れなんだよ、同級生なのに変ね」
「……」
「……ねぇ。今晩、気分転換にアストレアの街へ行かない?せっかく来たんだし」
「……」
返事はない。
遠くで、波が静かに崩れていく。
「ユウナギ!」
振り向くとミルルがいた。
「どこに行ってたんだよ。ごめん、ルアナさん。
先客なの私」
そう言うとルアナは、振り返らず去っていった。
「……邪魔した?」ミルルは、いたずらっぽく笑った。
「お腹すいてんでしょ。これ食べなよ」ミルルは、焼きたてパンを渡した。
「近くにお店あったんだよね」
「……ありがとう」
「私たちって似た者同士だな」そう言うとクスッと笑った。
潮風が吹く。ミルルは髪を整えた。
「――私ね、タシト隊長が好きなの」
「知ってる」
「……だよね」
そう言うと二人は、黙ったまま海を見つめた。
寄せては返す波の音だけが、静かに続いていた。
「俺、ミルルがソウルメイトで良かったよ」
「……あ、褒めてくれてるんだ。ま、私は優等生ですからね」
照れ笑い。
◇
「ミルルさん、そのメガネってアストレアの物ですか?」
「合法だよ。グランディア製」
ミルルは、得意げにメガネを押し上げヨガサに見せた。
「相手の能力値がわかるんですよね?」
「何でそれを……。でも、レベル十以上は全部同じ表示だけどね」
ヨガサに渡す。
「かけても良いですか?」
「もちろん、どうぞ」
「うわー。これは……思っていた以上に高性能ですね」
ミルルの隣のミラを見る。数値が右上に出た。
――level7.2 defence. 守備範囲15.5m 広範囲感知能力0.3k
「フェルナードさん、凄いですね」
「ミラでいいわよ」
「あと、モニター越しだと反応しない。直接見ないと駄目なのよね」ミルルは、メガネを受け取る。
「へぇ~。プラス先生のメガネも、似たような物なんですか?」
「いや、あれは裸を見るための眼鏡だって思ってる。なあ? バーチ」ソードが会話に加わる。
「そらそうだろ」
笑いが起きる。
一方、カナタは訓練が終わると、迎えの車で早々に帰って行った。
惑星アストレアの街へ向かういつもの六人の中には、ヨガサの姿もあった。
「惑星アストレアかぁ。空気がうまいな」 バーチは、大きく深呼吸した。
潮の匂いを含んだ風が、街路をゆっくり吹き抜けていく。
「場所にもよるわね」 ミラは、ユウナギを見た。 「ユウナギの出身地ってどの辺だっけ?」
「ここから200キロ東のメルガモットシティ」
「メルガモットか。グルメで自然の多い街だよね」
「あ!あそこの店、チェーン店だけどメチャうまいよ」ユウナギは、熱帯植物の木が窓辺に植わる店を指さした。
「そこにするかあ」ソードが腕を振った。
ガラス張りの店内には、暖かな灯りが広がっている。
潮風に揺れる熱帯植物。 聞き慣れない音楽。
焼きたての香り。
「なんか高そうじゃね?」バーチが足を止めた。
「チェーン店だって言っただろ」ユウナギが苦笑する。
「でもアストレア価格かもしれねーじゃん!」
笑い声が、夕暮れの街へ溶けていった。
シャドは欠席。 相変わらず付き合いは悪かったが―― それでも今夜は、少しだけ平和だった。
(第百四章・了)




