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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
間章5 ~大平安魔人伝~

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源頼光には、丑御前と呼ばれる姉妹(もしくは兄弟)がいたという伝承がある 後編

丑御前編の続き、後編です。

【源頼光】


「長……!」


丑御前が、驚愕の声を上げた。

彼女は、その怪異を知っているようだ。

そして拙者も、その正体に思い至る。


(……あれが、父上が言っていた、怪異の長か)


人によく似た、だが明らかに狒々の相を持つ怪異。

父上に一時取り入り、そして利用しようとした者。

その狒々の相は、如何にもその様な悪知恵を巡らせそうに見えた。

その怪異の長が、不気味に笑う。


「フフフ……丑御前よ、お前はもう用済みだわい」

「長、それはどういうこと……」


困惑したように丑御前が問うも、狒々は一瞬忌々し気に顔を歪ませた。


「お前、心が揺らいだじゃろう? そのせいで、呪もまた揺らいだわい。おかげで、もう、お前を操ることはできぬ。ならば、ここで源頼光もろとも始末するしかあるまい?」


その長の言葉に、丑御前は顔を歪める。


「呪だと……何時の間に」

「はっ! 牛だけに鈍いわい。そんなもの、初めからじゃ! 小娘は小うるさいからの。呪で縛っておくのがちょうどいいのじゃが……小僧の言葉がそれほどに効くとはのう」


困ったものだ、とばかりに首を振る怪異の長。

その素振りに、丑御前の顔が再び憤怒の色に染まる。


「貴様……最初から、妾を利用するつもりだったのか……」

「当然じゃ。お前の母も、同じ……男に直ぐ惑わされる愚かな女なのも、同じじゃの。何とも忌々しい」


長は、冷酷に言い放った。


「じゃから、お前の母は、お前を産んだ後、すぐに始末したのじゃ。満仲に入れ込み過ぎておったからの」

「な……」

「でなければ、お前に妙な事を吹き込んでおったろうからの。お前には、源氏への恨みを吹き込まねばならぬというのに……」


長の告白に、丑御前は震えた。


「母を……殺したのか……!」

「お前は、最初から儂の傀儡に過ぎぬ。じゃが……操れぬなら、不要じゃ。いや、むしろ邪魔のこと極まりない。であるなら、始末するより他なかろうて」


長は、嘲る様に高笑いする。

その背後には、怪異たちが群れていた。

我らの疲弊を待っていたかのように。


だが、拙者は怒りに燃えていた。

この怪異こそが、全ての元凶。

姉とその母を利用し、父上をも利用せんとした者。


「貴様……許さぬ……! ……ぬっ!?」


拙者は、立ち上がろうとしたが、身体が思うように動かない。

何事かと身体を見れば、いつの間にか拙者の身体に、鎖の様な瘴気がまとわりついていた。


「フフフ……動けまいよ、源頼光。貴様も、ここで終わりだ」


長が、再び矢をつがえる。

そして拙者を守る四天王に、長の背後に控えていた群れがにじり寄っていく。


だが、不意に長が何かに困惑したに周囲を見回した。


「む……? 他にも呼んだ筈だが……」

「……?」


その視線は、我らの背後に向けられている。

拙者たちの背後に、他の怪異を伏せていたのだろうか?

だがしかし、そちらからは何も現れる様子が無い。

であれば、これは好機だ。

長の背後の怪異は、多少数が居るものの絶望すべき戦力ではない。

であれば、源氏の郎党であれば覆せる!


「綱、源氏の威を見せよ」

「心得た!」


綱が一気に怪異たちに踏み込んでいく。

そして、無数の剣閃。

綱も疲労が残っているはずだが、それを欠片も見せず縦横に怪異たちを切り捨てていく。


一方の長は、金時らに守られる拙者たちに、攻めあぐねていた。

放つ矢は、金時の分厚い鉞を貫けず、返すように季武が放つ矢が、長を追い込んでいるのだ。


「くっ……ならば、貴様らも道連れだ!」


討ち取られていく怪異たちにも焦れたのか、長が呪符を投げる。

その呪符は古寺の境内の四方に散り、怪し気に輝いた。

すると、四天王たちの動きが、明らかに鈍くなる。


「ぐっ……空気が水のような……!」


綱が呻く。

その言葉の通りに、拙者を取り巻く空気が、まるで水のように体にまとわりつき、身体の自由を奪っているのだ。


「これは……呪術による拘束か? ……水行の術と見るが……ぬぅ」


貞光が経文を唱えるが、長の呪術は貞光の法力を以てしても容易に破れぬものであった。。


「フフフ……儂の呪術は、大怪異の瘴気を込めたもの。そう簡単には破れぬぞ」


長が、勝ち誇ったように笑う。

四天王たちは、呪術に苦しめられていた。


その時、二つの影が動いた。

丑御前と、拙者だ。


「丑御前……」

「頼光……いや、弟よ」


丑御前が、拙者に言った。


「長の呪術の源は、腰につけている瓢箪だ。その中には、大怪異の瘴気の雫が入っていると、聞き及んだことがある」


丑御前の言葉に、拙者は頷いた。


「分かった。ならば、あれを砕けばいいのだな」


拙者は、傷ついた身体を押して立ち上がった。

そして、愛刀、安綱を手に取った。


「綱! これを受け取れ!」


拙者は、安綱を綱に向かって投げた。

綱は、咄嗟に安綱を受け取り、安綱を抜き放つ。


「頼光様……これは……」

「安綱は、魔穴で数多の怪異と戦い抜いてきた。その刀身には、強い霊力が宿っている……後は、解るな?」


拙者の言葉に、綱は頷いた。


「承知!」


綱が、呪術の拘束を振り切って動く。

いや、その拘束を、斬ったのだ。

魔穴の霊力は、人にだけ宿るだけではない。

武具もまた深部で使い続ければ、その内に霊力を秘めていく。

そして安綱は、多くの怪異を斬ってきた為に、その内なる瘴気に負けぬ霊力を宿すに至っていたのだ。


「なっ!?」

「遅い」


拘束を逃れた綱の速さは、まさに電光石火。

長が反応する間もなく、綱は長の懐に飛び込んでいた。


「抜刀!」

「ひっ!?」


綱の抜き打ちの一閃が放たれる。

長は辛うじて避けるものの……。


「ば、馬鹿な!?」


その狙いは、長そのものにあらず。長が避けた筈の一閃は、只の崩し。

還すように翻された刃は、狙い能わず長の腰の瓢箪を切り裂いていた。

両断された瓢箪から、黒い瘴気の雫が溢れ出る。


だが、安綱の刀身が放つ霊力に触れると、その瘴気が清められていった。

おそらく、瘴気の雫そのものの量が、瓢箪に収まる程度しか無かった為だろう。

安綱が秘めた霊力は、その一切を浄化してのけたのだ。。

そして、瘴気の大元が浄化されたため、辺りに清涼な気が漂い始めた。


「な、何だと……!」


長が、驚愕の声を上げる。

その身体からも、瘴気が抜けていた。

長の力の源は、あの瘴気の雫。

それが失われたことで、長が急激に弱まっているのだ。


「今だ! 攻めるぞ!」


季武が、矢を放つ。

矢は狙い違わず、長の肩を貫いた。

拙者には判る。あれは、肩の腱を貫いている。

最早、矢をつがえられまい。


「南無阿弥陀仏……」

「ぐあああ!」


貞光が、経文を唱えれば、法力の光が長を包み込む。

長が、苦しみの声を上げた。

瘴気に染まった者にとって、浄化の光は身を焼く炎に等しいのだ。


「おりゃああああ!」


そして金時が、渾身の力で鉞を振り下ろした。

その一撃が、長の頭から身体を唐竹割にする。


「ぎゃああああ……」


長の断末魔の声が、古寺に響く。

両断されたそして長の身体は、崩れ落ちると不中の様な瘴気の雫と成り果て、それすらも浄化され消えていった。


「やった……な」

「ああ」


金時が、安堵の声を漏らし、綱が応えた。


こうして、怪異の群れは討伐され……拙者は、その場に座り込んだ。

四天王たちが、拙者に駆け寄ってくる。


「頼光様!」

「大丈夫だ……傷は浅い……」


拙者は、そう答えるのが、精一杯であった。


一方で、丑御前は、呆然と立ち尽くしていた。

その心中には今、様々な思いが渦巻いているのだろう。

ただ確かなのは、彼女の心から、長年のわだかまりが抜け落ちている事だ。

拙者には、それが何となく感じ取れていた。


「母は……長に殺されていたのだな……」


丑御前が、呟いた。

そして、思い出したかのように、その頬を涙が伝う。


「妾は……ずっと騙されていたのだ……」


彼女は、膝をついた。

そして、拙者を見た。


「頼光……いや、弟よ。妾を、討ってくれ」


丑御前の言葉に、拙者は首を横に振った。


「何を言っている。お前……いや、姉上は、利用されていただけだ」

「だが、妾は怪異の旗頭として……」

「それも、長に操られていたからだろう。姉上に罪はない」


拙者は、姉上に手を差し伸べた。


「拙者と共に、都に来い。拙者にぶつけた文句は、父上にも直接言いたいだろう」


拙者の言葉に、姉上は涙を流した。


「本当に……それでいいのか……」

「ああ。姉上は、拙者の姉。源氏の血を引く者だからな」


拙者の言葉に、姉上はしばらく逡巡したものの……やがて一つ頷き、拙者の手を取ったのだった。



こうして、拙者たちは姉上を連れて、都へと戻った。


都に戻った後、幾らかの騒動はあった。

だが、拙者は父上に全てを話し、父上も姉上を受け入れたのだ。


「すまぬ……本当に、すまなかった……」


父上は、姉上に深く頭を下げた。


「父上……」


丑御前も、涙を流していた。


そして、拙者はある術者を招いた。

かつて土蜘蛛退治にて縁があった、加茂殿の弟子。

安倍晴明は、姉上の角を術で隠せないかという拙者の要望に、見事に応えてくれた。


こうして、姉上は源氏の屋敷で庇護されるようになったのだ。

一人の源氏の姫として、遇されるようになり、姉上は、本来の穏やかな性格を取り戻していった。


彼女の本来の気性は、牛の混人らしくのんびりとしたもの。

しかし、一度荒れ狂えば、拙者と相対した時の様に、猛牛の突進の如き荒々しさを見せる。

その自身の気性について、姉上はこう言っていた。


「……そういえば、以前あの長が言っていた。妾の力は、牛頭天王、ひいてはかの素戔嗚尊に通じるのではないかと」

「素戔嗚尊……」


そう言えば、どこかで聞いたことがある。

魔穴に現れるという、試練の鬼。それは、かの戦神にして三貴神の一柱、素戔嗚尊の一つの相であると。

帝の血脈と言うのは、その様な力も秘められているのかもしれぬ。

そして、その血は、拙者の身体にも流れている。

そう思うと、何とも不思議な気分だった。


このようにして、拙者には姉ができ、そして父上の過ちも、これで清算された。

父上と姉上の間は、今しばらくぎこちなさが続くであろうが、それは時が解決する事だろう。

それは穏やかな日々の到来を示す……その筈だった。


だが、拙者たちが東国に赴いている間に、それは起きていた。

とある怪異への討伐軍の、敗走。

それが、拙者たちを更なる戦に駆り立てる事を、拙者はまだ知らなかったのである。

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