源頼光には、丑御前と呼ばれる姉妹(もしくは兄弟)がいたという伝承がある 中編
丑御前編の続き、中編です。
また、前話の小題を修正して、前編としています。
【源頼光】
拙者たちは、怪異の群れが巣食うという古寺の近辺に到着した。
荒れ果てた寺は、人の気配が全く感じられない。
代わりに、濃厚な瘴気が、辺り一面に漂っていた。
「頼光様、怪異どもの気配が……」
綱が、警戒した声で告げた。
「ああ。既に、拙者たちの接近は察知されているようだ」
拙者は、そう答えた。
不意を突くことは、最早できまい。
ならば、正面から行くしかない。
「皆の者、正面から参るぞ」
拙者の言葉に、四天王と郎党たちが頷いた。
拙者たちは、古寺の門をくぐった。
すると、そこには既に多くの怪異たちが待ち構えていた。
牛や馬の混人、狐や狸の怪異、そして鬼のような姿をした者たち。
その数は、優に百を超えていた。
「拙者は、源頼光。源氏の血を引くという丑御前殿に、会いに参った」
拙者は、堂々と宣言した。
「源氏の者として、話がしたい。丑御前殿に、取り次いでもらいたい」
拙者の言葉に、怪異たちはざわめいた。
その中から、一人の鬼のような怪異が前に出た。
「源頼光……お前が、来るとはな」
鬼は、不気味に笑った。
「ここで、お前を殺せば、丑御前様こそが真の源氏の血を引く者となる」
鬼の言葉に、拙者は眉をひそめた。
「待て。拙者は、戦いに来たのではない」
「黙れ! 源氏の嫡子が、丑御前様の前に立つことは許さぬ!」
鬼が叫ぶと、怪異たちが一斉に襲いかかってきた。
「くっ……やむを得ぬ!」
拙者は、愛刀、安綱を抜き、四天王らに命じる。
「皆の者、応戦せよ!」
「「「「応!!」」」」
拙者の号令と共に、四天王と郎党たちが動き出した。
拙者は、襲いかかってくる怪異たちを、次々と斬り払った。
魔穴で鍛え上げた剣技が、今、発揮される。
怪異たちの爪も牙も、拙者の刃の前には無力だった。
視界の端では、金時が大柄な怪異と相対していた。
「おりゃー!」
金時が、巨大な鉞を振るう。
その一撃で、三体の怪異が吹き飛ばされる。
金時の怪力は、怪異たちを圧倒していた。
「はっ!」
綱が、電光石火の速さで刀を抜き放った。
その抜き打ちの一閃で、怪異の首が飛ぶ。
綱の剣速は、怪異たちの目にも捉えられぬほどだった。
「南無阿弥陀仏……」
一歩引いた場所では、貞光が、経文を唱え始めていた。
すると、怪異たちの動きが鈍くなる。
法力による拘束であろう。
信仰にあつき貞光は、時にまるで僧のような力を示すのだ。
「季武、今だ!」
貞光の声に、季武が弓を引いた。
「承知!」
季武の放った矢が、動きの鈍った怪異の急所を正確に射抜く。
季武の弓技は、百発百中だった。
拙者たち四天王と郎党は、日々の鍛錬の成果を存分に発揮していた。
魔穴の深部の獣や怪異は、この地に居る怪異の比ではない力がある。
それらと日々刃を交える我ら源氏の郎党には、この地の怪異など取るに足らぬ者ばかりであった。
怪異たちは、次々と倒れていく。
数では劣っていたが、技と力では圧倒的に拙者たちが上だった。
やがて、怪異たちの数は半分以下になった。
趨勢は、完全に拙者たちに傾いている。
だが、その時だ。
その時、古寺の奥から、強大な気配が現れたのは。
拙者は、咄嗟にその方向を見ると、目を見張った。
奥の建物から、一人の女が姿を現したのだ。
貴族の姫のような豪奢な装い。
美しい顔立ちはしかし、今は般若の如く歪んでいる。
「……何処か、頼光様に通じる顔立ちですな」
そう言ったのは、貞光であろうか?
だが、側頭部から伸びる角が、彼女が怪異であることを示していた。
(あれが……丑御前……)
拙者は、直感的に悟った。
彼女こそが、拙者の姉、丑御前なのだと。
丑御前は、拙者を睨みつけていた。
その瞳には、深い怒りと憎しみが宿っている。
「妾を捨てた源氏が、遂にこの命すら狙って来たのか!」
丑御前の叫びは、それら怒りと憎しみがあふれたかのようだった。
「違う! 拙者は……」
「聞きとうないわ!!」
拙者が否定しようとしたが、丑御前はお構いなしに襲いかかってきた。
丑御前が、髪を振り乱しながら拳を振るう。
姫のような細腕だが、その一撃は岩をも砕いた。
「ぬっ!」
拙者は、咄嗟に身を引いて避けるが、丑御前は止まらぬ。。
丑御前の拳が、拙者の立っていた場所の地面を陥没させた。
「くっ……」
拙者は、反撃しようとした……。
だが、思うように身体は動かない。
……目の前の女は、拙者の姉なのだ。
そんな拙者の迷いなど知らぬとばかりに、丑御前の動きは止まらない。
丑御前の爪が、何時しか長く鋭く伸びていた。
その爪が、岩をまるで豆腐のように引き裂くのを見、流石の拙者も背筋に冷たいものが走る。
「ぐっ!」
空が何度も振るわれる。
拙者は、何とかそれら避けたが、幾らかは避けきらず、頬に浅い傷ができていた。
「この、すばしっこい!!」
「っ!?」
丑御前の蹴りが、石畳を容易くめくり上げる。
その怪力は、想像以上だった。
拙者は、攻撃を避けることに専念した。
だが、間近で丑御前を見て、拙者は気づいた。
彼女の瞳の中には、怒りと共に、深い嘆きがあるのだ。
「なぜ……なぜ、妾だけが捨てられたのだ!」
丑御前が、血を吐く様に叫びながら攻撃を続ける。
「なぜ、お前だけが源氏の嫡子として育てられたのだ!」
彼女の言葉から、拙者は理解した。
丑御前は、父に捨てられたと思っている。
そして、拙者が源氏の棟梁として育てられたことへの、嫉妬と羨望があるのだと。
(そうか……彼女は、ずっと苦しんでいたのだ……)
拙者は、意を決した。
「皆の者! 手を出すな!」
拙者は、助力せんとした四天王たちに命じた。
「しかし、頼光様!」
「構わぬ! これは、拙者と丑御前との問題だ!」
綱が、心配そうに叫ぶも、最早決めた事。
拙者は、刀を鞘に納め、そして、ただひたすらに、丑御前の猛攻を避け続けた。
致命傷だけは避ける。
だが、小さな傷は厭わない。
拙者は、卓越した技で、丑御前の攻撃をかわし続ける。
そして、丑御前は、内に秘めた怒りの全てを拙者にぶつけ続けた。
戦いは、長く続いた。
周囲では、四天王と郎党たちが、残りの怪異たちを討ち取っていき、やがて、怪異たちは全て倒されていた。
だが、丑御前は戦いを止めなかった。
そして、拙者も、その猛攻をしのぎ続けた。
拙者の身体には、無数の浅い傷ができていた。
疲労も、限界に近づいていた。
血も、かなり流している。
だが、長く魔穴で修行したためか、これほどの窮地であっても、頭の中は冴えわたっていた。
一方で丑御前も、息が上がっていた。
長時間の戦いで、彼女も疲れ果てているのだ。
渾身の力で四肢を振るった彼女の方が、消耗が激しい程。
そして……。
「はぁ……はぁ……」
丑御前の動きが、遂に止まった。
彼女は、その場に膝をつき、息を荒げている。
拙者も、限界だった。
傷からの出血と疲労で、視界が揺れる。
拙者は、崩れ落ちるように地面に片膝をついた。
ドッと疲れが押し寄せてくる。
だが、まだ斃れるわけには行かなかった。
「頼光様!」
四天王たちが、慌てて駆け寄ろうとするが、
「待て……まだ、終わっていない……」
拙者は、手を上げて制する。
そんな拙者を、丑御前が理解できぬ者であるかのように見つづけていた。
「なぜ……」
丑御前が、震える声で問う。
「なぜ、そのようなことをした? なぜ、受けるばかりで攻めようとしなかった?」
丑御前の問いに、拙者は答える。
「父上は……お前の母と、やむなく別れることになった」
「……何?」
拙者は、父から聞いた話を語った。
「父上は、お前の母が怪異の長に呪で縛られていたことを、別れの時まで知らなかった。そして、お前とお前の母を残したことを、ずっと悔い続けていたのだ」
拙者の言葉に、丑御前は目を見開いた。
「それに……お前は、拙者の姉だ。そのような思いをした実の姉に、拙者は刃を向けることができなかった」
「そんな……妾は、長からそのような話は聞いていない……」
拙者の告白に、丑御前は呟く。
その声は、同様に揺れていた。
(……? 何だ……?)
そして拙者は、その丑御前から僅かな瘴気が抜け落ちるのを感じた。
その時だ。
古寺の奥から、圧倒的な瘴気が膨れ上がり、さっきが周囲に満ちたのは。
拙者は、危険を感じて身構えようとするが……。
(……っ! 血を、流し過ぎたか!?)
疲れ果てた身体は、思うように動かない。
そして、巨大な何かが、拙者と丑御前に向かって飛来する。
「くっ……!」
拙者は、咄嗟に丑御前を庇おうとした。
「させるか!」
だが、その何かが、拙者たちに届く前に弾かれ、宙を舞った。
それは、まるで槍の如き矢だった。
そして、それを成したのは、金時だ。
金時が、鉞を盾のように構え、矢を弾き飛ばしたのだ。
「頼光様、お下がりを!」
さらに綱が、拙者の前に立ちはだかり壁となる。
その様子を見たのか、古寺の奥から、一体の怪異が姿を現した。
狒々と人が混ざり合ったような、醜悪な姿をしているそいつは、矢を放ったばかりと思しき、巨大な弓を構えていた。
「ようやく、姿を現したか……」
拙者は、その怪異を睨んだ。
あれこそが、全ての元凶なのだと、拙者は直感的に悟っていた。
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