安倍晴明と道満法師には、術比べの伝承が残されている
【安倍晴明】
私は、師である忠行様から、ある公卿の屋敷へと派遣された。
「晴明、お前には良い修行になるだろう」
忠行様は、そう言って私を送り出してくれた。
依頼の内容は、公卿の家人が病に伏しているため、その祈祷を行うというものだ。
私は、公卿の立派な屋敷に到着した。
案内された部屋には、既に何人かの術者らしき者たちが集まっていた。
(これは……複数の術者を呼んだのか?)
私は、少し首を傾げた。
普通、祈祷は一人の術者に依頼するものだ。
複数呼ぶというのは、珍しい。
やがて、公卿が現れた。
初老の、品のある男だ。
「皆の者、よくぞ参った」
公卿は、集まった術者たちを見渡した。
「実は、手違いで複数の術者を招いてしまった。本来は一人で良いのだが……」
公卿は、少し困ったような顔をした。
「ならば、最も優れた術者に依頼したい。そこで、術比べをしていただきたい」
公卿の言葉に、術者たちはざわめいた。
「術比べ、ですか」
一人の術者が、尋ねた。
「左様。この箱の中に、何かを入れてある。それが何か、当てていただきたい」
公卿は、立派な漆塗りの箱を指さした。
箱は、しっかりと閉じられている。
「まずは、中に入っているものの数を、お答えいただきたい」
公卿の問いに、術者たちは次々と答えていった。
「五つです」
「いや、七つでしょう」
「三つかと」
皆、答えがばらばらだ。
私は、箱をじっと見つめた。
式神を使って、中の気配を探る。
(これは……十二、か)
私は、確信した。
「十二です」
私が答えると、公卿は少し驚いた顔をした。
そして、もう一人の術者も同じように答えた。
「儂も、十二じゃと思うがのう」
その声は、飄々とした響きを持っていた。
私は、そちらを見た。
壮年の男が、余裕のある笑みを浮かべて立っていた。
術者としての風格が、その身から漂っている。
(この人は……)
私は、この男が只者ではないと感じた。
「おお、二人が同じ答えか。では、次に、中のものは何か、お答えいただきたい」
公卿が、尋ねた。
壮年の男は、少し目を細めた。
そして、自信を持って答えた。
「柑子じゃろう」
柑子、か。
私は、再び箱を見つめた。
確かに、柑子のような気配もする。
(だが……)
そのまま答えれば、ただ引き分けとなるだけ。
そして、同じような事を続けても、終わりはないだろう。
あの壮年の男と私とで、差は大きく無いと感じるのだ。
そのとき、私は、ある術を思いついた。
式神の術の応用だ。
言葉遊びのような術だが、面白いかもしれない。
「柑子」という文字から、「柑」の字を抜き取る。
すると、残るのは「子」。
子、つまり、十二支の子。
鼠だ。
私は、その術を密かに発動させた。
箱の中で、何かが変化するのを感じる。
「私は、子だと思います」
私が答えると、公卿は首を傾げた。
「子? 子供か?」
「いえ、十二支の子です。鼠のことです」
私の言葉に、壮年の男は少し目を見開いた。
「ほう……」
公卿は、家人に箱を開けさせた。
箱の蓋が、ゆっくりと開けられる。
その瞬間、小さな鼠が箱から飛び出した。
「ぬっ!」
公卿が、驚いて後ずさった。
鼠は、素早く部屋の隅に逃げていった。
箱の中を覗くと、そこには柑子の皮だけが残されていた。
実は、全て食べられている。
「これは……」
公卿は、驚愕した顔をした。
「確かに、柑子を入れたはずなのだが……」
家人が、困惑した声で言った。
「いつの間に、鼠に食べられたのか……」
公卿は、私を見た。
「見事だ。安倍晴明殿、そなたの勝利だ」
公卿は、そう宣言した。
「では、祈祷を、そなたに依頼したい」
「承知しました」
私は、深く頭を下げた。
壮年の男は、苦笑いしていた。
「してやられたわい」
その声には、悔しさよりも、面白がっているような響きがあった。
私は、祈祷を無事に終えた。
公卿の家人の病は、邪気によるものだった。
それを祓い、症状は和らいだ。
公卿は、大いに喜んでくれた。
「ありがとうございます、晴明殿」
「いえ、当然のことをしたまでです」
私は、公卿の屋敷を後にした。
帰り道、夕暮れの都を歩いていると、先ほどの壮年の男が現れた。
「おう、晴明殿」
男は、飄々とした笑みを浮かべていた。
「先ほどは、見事な術じゃったのう」
「あなたも、見事でした」
私は、正直に答えた。
「儂は、道満と申す。播磨の国で術者をしておる」
道満、か。
その名は、聞いたことがある。
高名な術者だと。
「道満法師……」
「ああ、そう呼ばれることもあるわい」
道満は、楽しそうに笑った。
「してやられたわい。儂は、家人の心を読んで、柑子じゃと分かったんじゃがな」
道満は、率直に自分の術を明かした。
「そなたは、何をした?」
「言葉遊びのような術です。柑子から柑の字を抜いて、子にしました」
私が答えると、道満は感心したように頷いた。
「なるほどのう。面白い術じゃ」
道満は、少し目を細めた。
「まあ、今回の祈祷は、儂にとっては面白半分で受けたもんじゃからな。取られても問題はないんじゃが……」
道満は、そこで言葉を切った。
「それはそれとして、意趣返しはしておかんとな」
道満の言葉に、私は少し警戒した。
だが、道満は攻撃的な様子ではなかった。
その時、私は気づいた。
道満の背後に、何かがいる。
猛禽だ。
鷹のような式神が、何かを鋭い爪で捕らえている。
よく見ると、それは先ほどの鼠だった。
柑子から変化させた鼠。
言葉遊びの術で生み出したものだが、式神の一種として、それなりの力を持っているはずだ。
だが、その鼠は、道満の猛禽に完全に抑え込まれていた。
全く抵抗できていない。
「これは……」
私は、驚きを隠せなかった。
「ああ、そなたの鼠を、儂の式神が捕まえたんじゃ」
道満は、軽く言った。
「なかなか面白い式神じゃったが、儂の鷹には敵わんかったようじゃのう」
道満の言葉に、私は改めてこの男の実力を認識した。
(この人は……ただならぬ術者だ)
私は、道満に強い興味を持った。
この人の術を、もっと知りたい。
どのような術を使うのか、どのような考えで術を使うのか。
「道満法師、あなたは凄い術者ですね」
私が素直に言うと、道満は少し意外そうな顔をした。
「ほう、素直じゃのう」
道満は、笑った。
「そなたも、なかなかの術者じゃ。じゃが……」
道満は、私をじっと見つめた。
「そなたには、まだ何かが足りん気がするのう」
「足りないもの、ですか?」
私は、首を傾げた。
「ああ。矜持じゃ」
道満は、真剣な顔で言った。
「術者として、何を大切にし、何を守るのか。そういう矜持が、そなたにはまだはっきりとしておらん」
「……」
「矜持のない奴はつまらんぞ?」
道満の言葉に、私は考え込んだ。
矜持、か。
確かに、私は術が面白いから使っている。
だが、それ以上のことを、深く考えたことはなかった。
「まあ、そなたはまだ若い。これから見つけていけばええ」
道満は、そう言って、鼠を放した。
鼠は、慌てて逃げていった。
「では、儂はこれで失礼するわい」
道満は、そう言って、去っていこうとした。
「道満法師」
私は、道満を呼び止めた。
私の言葉に、道満は振り返った。
「また、お会いできますか?」
「ああ、きっとまた会うじゃろう。そなたは面白い術者じゃからな」
道満は、笑って手を振った。
「そん時は、また術比べでもするかのう」
そう言って、道満は夕暮れの都に消えていった。
私は、道満の背中を見送った。
(矜持、か……)
私は、道満の言葉を反芻した。
術者として、何を大切にするのか。
私は、まだそれを見つけていない。
だが、道満との出会いは、私に何かを考えさせる機会を与えてくれた気がする。
(また会いたいな)
私は、そう思った。
道満という術者は、私にとって、良い刺激になる。
お互いに術を競い合い、高め合える。
そんな関係になれるかもしれない。
私は、屋敷へと戻った。
忠行様に、今日のことを報告しなければならない。
「ただいま戻りました」
「おお、晴明。どうだった?」
忠行様が、優しく尋ねてきて、私はとりあえず端的に報告する。
「はい。無事に祈祷を終えました」
「そうか。良かった」
忠行様は、満足そうに頷いた。
だが同時にこれだけは伝えなければいけない。
「それと……道満法師という方に会いました」
私が言うと、忠行様は少し驚いた顔をした。
「道満法師に? あの播磨の術者か」
「はい。術比べをして、私が勝ったのですが……」
私は、今日のことを詳しく話した。
箱の中身を当てる術比べのこと。
柑子を子に変えた術のこと。
そして、道満の猛禽が私の鼠を捕らえたこと。
「なるほどのう」
忠行様は、興味深そうに聞いていた。
「道満法師は、高名な術者だ。そなたにとって、良い刺激になるだろう」
忠行様の言葉に、私は頷いた。
「はい。また会いたいと思います」
「そうか。だが、気をつけろ。道満法師は、自由な術者だ。朝廷に仕えているわけではない」
忠行様は、少し心配そうに言った。
「はい。分かっています」
私は、答えた。
だが、私の心の中では、道満への興味が膨らんでいた。
また会って、また術比べをしたい。
そして、道満の言った矜持について、もっと考えたい。
こうして、私と道満法師の奇妙な関係が始まったのだ。
壮年の道満と、まだ若い私。
歳の差はあるが、お互いを認め合い、意識し合う。
一種の好敵手と言うべき関係とでも言うべきか。
この関係は、これから長く続いていくことになる。
時には協力し、時には競い合う。
そんな関係が、私と道満の間に生まれたのだった。
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