大江山の酒呑童子は、人々を襲う悪鬼として伝えられる
昨日更新できなかったので、増量しています。
あと、関西系の言葉が難しい……。
【酒呑童子】
わいは、深い緑に覆われた大江山を根城にして、何にも縛られぬ自由を謳歌しながら暮らしとった。
配下の者たちと共に、芳醇な酒を飲み、新鮮な獣の肉を喰らい、思うままに過ごす日々や。
時折、険しい山を降りて人里に行き、酒蔵から樽ごと酒を奪い、畑から作物を持ち去る。
人々は、わいらの姿を見るや否や恐れおののいて逃げ惑う。
それでええんや。
わいらは、好きに生きる。
誰にも、何者にも縛られへん。
そんなある日の事や。
茨木が、心配そうな顔でわいに告げてきた。
「酒呑様~、また酒が減ってきましたで」
「そうか。ほな、また里に行って補充せなあかんな」
わいは、ゆっくりと立ち上がる。
虎熊が、猫のような耳をぴくぴく動かしながら尋ねてきた。
「今度は、どこの酒蔵にするニャー?」
「まあ、適当に見繕うたらええわ。どこも大差ないやろ」
「ガァッ!」
わいは、のんきに答えると、星熊も、嬉しそうに高く鳴いとった。
こいつも、酒が大好きなんや。
そんな平穏で気ままな日々が、何の憂いもなく続いとった。
ところがや。
ある日、わいらに予想もせん厄介な事が起きたんや。
【とある土豪】
大江山の近く、丹後の豊かな地を治める土豪がいた。
名を、橘兼房という。
この男は、表向きは朝廷に従順な態度を示しながらも、野心に満ちた危険な人物だった。
(都の公卿どもは、我ら地方の者を見下している……)
兼房は、朝廷への鬱屈した思いを常に抱いていた。
地方で懸命に土地を治めているというのに、都の貴族たちは我々を田舎者として軽んじる。
税を納めろ、兵を出せ、従えと命じるばかりで、何の見返りもない。
(いつか、見返してやる。都の者どもを、ひれ伏させてやる)
兼房の心には、朝廷への反発と、己の力を示したいという強烈な野心が渦巻いていた。
その兼房は、忠実な配下から詳しい報告を受けて、強い興味を示した。
「酒呑童子……大江山に棲む鬼の頭目か」
「はい。人里を襲い、酒や食料を力ずくで奪っているとか。配下には、恐ろしい力を持つ怪異どもが従っているとも」
「面白い……実に面白いではないか」
兼房の目が、野望に燃えて輝いた。
(所詮は化け物だ。人の言葉も満足に話せぬ、獣に等しい存在。そのような者どもを従えることなど、造作もあるまい)
兼房は、鬼たちを完全に見下していた。
化け物を道具として使い、己の力とする。
その鬼を従える者として、我が橘家の名を轟かせるのだ。
「その鬼どもを、我が強大な配下にできれば……」
兼房は、野望に満ちた邪な笑みを浮かべた。
「朝廷に対して、圧倒的に優位に立てる。鬼を従える者として、都の公卿どもからも恐れられ、敬われるだろう」
兼房の膨れ上がる野望は、留まるところを知らなかった。
そして、兼房は、評判の高いある術者を、多額の銭を積んで招いた。
「拙僧は、播磨の道満法師と申す者」
現れた術者は、自信に満ちた様子でそう名乗った。
その名を聞いた兼房の配下たちは、どよめく。
「道満法師といえば、かの有名な芦屋道満のことではないか?」
「……あの京で名を馳せる高名な術者が、兼房様のもとに!」
動揺に兼房自身も、感激に目を輝かせた。
(これで、都の術者の力も我が手に。鬼どもを従え、術者まで従える。朝廷など、恐るるに足らぬ)
兼房の心には、歪んだ優越感が満ちていった。
道満を名乗る術者は、胸を張って自信満々に言った。
「左様。拙僧ならば、大江山の鬼どもを容易く従えることができましょう」
「ぜひとも頼む。鬼どもを、我が忠実な配下にしてくれ」
兼房は、深々と頭を下げて道満を名乗る術者に懇願する。
(所詮は化け物。人の知恵と術の前には、従うしかあるまい)
兼房は、鬼たちが従う姿を想像して、内心で勝ち誇っていた。
「お任せあれ。拙僧の術の前には、鬼といえども無力」
そして道満もまた、傲慢にも不敵に笑っていた。
【酒呑童子】
それは、何の前触れもなかったわ。
わいらが、いつものように大江山の根城で上質な酒を飲んどると、妙な焦げ臭い匂いが鼻をついてきたんや。
「なんや……煙の匂いか?」
「まさか、山火事……!?」
わいは、敏感な鼻をひくつかせとると、茨木が辺りを見回して鋭く警戒しはじめよる。
「ニャー、煙がどんどん濃くなってるニャー」
「ガァッ!」
虎熊は喉を抑えて苦しそうにしとるし、星熊も、不安そうに低く鳴いとる。
そうこうするうち、黒い煙が、わいらの根城に容赦なく立ち込めてきやんや。
視界が、刻一刻とどんどん効かんくなっていきよる。
「くそ、何やこれは……」
わいが苛立って、立ち上がった……その時や。
濃い煙の中から、黒い影のような何かが素早く飛んできよったんや。
それは、烏のような不気味な式神やった。
ほかにも、複数の人の殺気に満ちた気配があらわれよった。
「今だ! 鬼どもを一気に捕らえよ!」
山中に、知らん奴の声が響きよる。
「任せよ! 道満法師の術の前に、鬼といえども無力!」
さらに、妙に苛立つような声が聞こえて来たか思うと、妙な力を持った紙切れが次々と飛んできたんや。
「っ! それに触れたらあかん!!」
何かに気付いたらしい、茨木の声が響きよったが、一歩遅かったわ。
煙で視界を奪われとった熊が、急に呻いたんや。
「くっ……!」
熊には、妙な紙切れが張り付いとった。
明らかに様子がおかしくなっとる。
「うっ……体が……勝手に……」
熊が、苦痛に歪んだ顔で呻きながら、棒立ちになっていきよる。
「熊!」
茨木が、焦りを隠せず叫んどる。
あれは、余程拙い事みたいやな。
せやけど、呪符は次から次へと飛んできよる。
虎熊にも紙切れが張り付いて、棒立ちになったのが見えたんや。
「ニャー……っ!」
「ガァッ!」
星熊は辛うじて避けとるが、あのままなら、時間の問題や。
「畜生……」
わいは、怒りに満ちて歯ぎしりした。
そして、遂にわいにも紙切れが飛んできよった。
「なんや、こないなもん……っ!?」
わいもよけようとしたんやが、やたらと飛んで来るせいで、遂に逃げられんようになった。
わいの額に、妖しく光る呪符が張り付いたんや。
これをしでかしたらしい奴が、完全に勝ち誇ったように高笑いしよる。
「はっはっは! かかったぞ! 酒呑童子とて、拙僧、道満法師の術には敵わぬ!」
「よくやった! これで、鬼どもは我が意のままだ!」
知らん男同士が、なんや勝ち誇っとる。
せやけど……。
(……何言うてるんや、こいつらは)
わいには何も起こらへんかった。
紙切れは、確かにわいの額に張り付いとるけど、全く効かへん。
(なんや……この程度の術かいな? 拍子抜けやな)
わいは、心底呆れた。
柱の地で長い年月を過ごし、常に強大な力に満ち溢れた場所で生きてきたわいや。
こんな安っぽい、薄っぺらい紙切れ……呪符なんぞ、効くわけがない。
わいは、煮えたぎる怒りと共に、大きく息を深く吸い込んだ。
そして、全身全霊を込めて咆哮を放ったんや。
「ガァァァァァッ!!」
「ぬおっ!?」
「な、なんだ!?」
わいの凄まじい咆哮が、山全体を震わせるほどに辺り一面に響き渡った。
その恐るべき風圧で、濃く立ち込めていた煙が、まるで嵐に吹かれた霧のように一気に吹き飛ばされたんや。
視界が、嘘のように晴れていく。
そこには、青ざめた顔の偉そうな男とその怯える配下たちらしい連中、そして狼狽しとる坊主の惨めな姿があったんや。
「な、何!? まさか……!」
「効いていないだと!? 拙僧の術が……道満法師の術が効かぬとは……!」
偉そうな男が、信じられないという顔で驚愕しとる。
紙切れを飛ばしとったらしい坊主も、恐怖に引きつった顔をしとった。
わいは、そいつらに良く見えるように、額の呪符を乱暴に引き剥がしてやったわ。
「効かへんわ、こんな三流の術なんぞ……お前ら、わいらを舐め腐っとるやろ」
わいの声は、地の底から響くように聞こえたやろな。
なにしろ、こんだけ腹が立ったのは、わいも初めてのことやったからな。
「ひっ……」
わいを見た坊主は、怯えた顔で悲鳴を上げよった。
せやけど、偉そうな男の方は、すぐに坊主に命じたんや。
「退くぞ! 今操った者たちを盾にするのだ!」
「わ、判り申した! 鬼たちよ! 今すぐ酒呑童子を倒せ! 全力でだ!」
「や、止めろ……」
「何させるんだニャー!?」
坊主の必死の命令で、熊たちが悲鳴を上げてわいに襲いかかってきたんや。
「……舐めた真似しよって」
熊たちは、操られとるが、同じ樽の酒を分け合ったわいの子分。
普段からドツキ合いしとるから、殴って取り押さえるんはなんてことないんや。
せやけど、腹は立つ。
苦しそうにわいに向かってくる熊は、普段もっと速いし強いんや。
こんな風にしたあの坊主に、とにかく腹が立って仕方ない。
その時や。
「そんな安い呪符、うちが一瞬で破ったる!」
茨木が、怒りに燃える目で前に出ると、鮮やかな手つきで紙切れを投げたんや。
「解呪や!」
「何だと!?」
茨木の放った紙切れが、熊たちに無理やり張り付いた紙に正確に当たったかと思うと、紙切れが激しく光って、音を立てて弾けたんや。
その様に、坊主が、信じられないという顔で驚いとる。
「な!? 拙僧の術が……たかが鬼に破られるだと?!」
「うっ……」
紙切れが破られた為か、熊がぎこちない動きから、何時もの動きに戻る。
その代わりに、熊は全身から怒りがにじみ出とった。
「てめぇ……俺を操りやがって……絶対に許さねぇ……!」
「ニャー……許さないニャー……絶対にニャー……」
「ガァッ!」
虎熊も自由になって、全身を震わせて怒り狂っとる。
星熊も、咆哮を上げて激怒しとった。
ああなったら、わいでも抑えきれん。
二人は、坊主に襲い掛かったわ。
坊主は、必死に逃げながら、悲鳴を上げよった。
「ひっ、待て! 待ってくれ! 拙僧は道満法師だぞ!」
「あんた、本物の道満法師やないやろ」
せやけど、茨木が氷のように冷たい声で言うたんや。
「な、何を……拙僧は確かに……」
「うち、本物の道満法師を知っとるんや。本物ん方の術は、こんな安っぽいもんやない。そもそも、こんな木っ端に使われるような真似せえへんわ」
茨木は、軽蔑に満ちた冷たい目で道満を名乗る術者を見下ろしとった。
「あんた、ただの偽物や。名を騙っとるだけの、三下術者や。そんなん、何も怖い事あらへん」
「ぐっ……う……」
茨木に正体を見破られた坊主は、もう逃げながら呻くばかりや。
まあ、雇い主らしい偉そうな奴がもう逃げ出しとったんは、コイツにとって唯一良かった事かもしれへんな。
その内に、坊主は熊たちに追い詰められて、逃げられんようになっとった。
「ひっ……許してくれ……命だけは……」
情けなく命乞いをしよったけど、もう手遅れや。
操られとった熊たちは、もうわいが止めても抑えきれんかった。
「てめぇ、俺たちを操った罪、たっぷり償ってもらうぜ!」
「ニャー!」
「ぎゃああああ!」
熊と虎熊に殴られた坊主は直ぐに血まみれやった。
鬼の膂力に、人の身体なんぞ耐えられるものやない。
熊に手足を潰され、虎熊の爪で引き裂かれた坊主。
その悲鳴が、大江の山に木霊してようやく、わいらは平穏を取り戻せたんや。
【とある土豪】
「ひっ……」
兼房は、全身を恐怖で震わせながら、山中をかけていた。
(化け物が……化け物のくせに……!)
兼房の心には、恐怖と共に、激しい屈辱が渦巻いていた。
所詮は獣、所詮は化け物と見下していた鬼どもに、完膚なきまでに敗北するとは。
道満法師という、都の名高い術者の力を以てしても、従えることができなかった事実。
更に、僅かに聞こえてきた鬼の言葉が追い打ちをかける。
頼りにしていた、道満法師が偽物と言う言葉。
それら全てが、兼房を慄かせ、同時に心中をかき乱していた。
(こんな事、朝廷に知られれば、どうなる事か……都の者どもに、さらに嘲笑われるどころか、国司に領地を奪われるやも知れぬ)
野望は脆くも崩れ去り、残ったのは深い屈辱と恐怖、そして朝廷への鬱屈した怒りだけ。
それでも兼房は、術者を囮にして、命からがら必死に逃げ続ける。
この怒りを、何としても鬼たちへ知らしめるために。
その一念で、兼房は大江の山から逃げのびるのだった。
【酒呑童子】
「逃げるんか……まあ、ええわ」
わいは、偉そうな男が尻尾巻いて逃げるのを、追いかけへんかった。
小物を追うのは、面倒や。
「酒呑様、ええんですか?」
「ええよ。あんな小物、放っといたらええ。わいらは自由や」
茨木は不満そうやけど、実際あの男逃げ足だけは速そうや。
もう追っても追いつけへんやろ。
せやから、無駄な事はせんでええんや。
ただ、わいも嫌な予感はしとった。
あの男が何かしよるんか、それとも……。
「……まあ、その時はその時やな」
まあ、ええ。
何かあったら、また力で叩き潰すだけ。
それが、わいら大江山の鬼のやり方なんや。
【とある土豪】
一方、命からがら逃げ延びた兼房は、惨めに屋敷に戻った。
配下も、術者も、失った。
兼房は、激しい怒りと深い屈辱で全身を震わせていた。
「畜生……鬼どもめ……化け物のくせに……」
兼房は、悔しさに歯ぎしりした。
(だが、これで終わりではない……そうだ、朝廷を使えばよいのだ。都の力で、あの忌まわしい鬼ども滅ぼせばよい)
兼房の心には、復讐への執念が燃えていた。
それが、朝廷を利用するという策を浮かばせる。
憎い者同士を相争わせる。それは兼房に愉悦をもたらす名案であった。
(都の者どもは、我らを見下す。ならば、その都の力を使って、我が敵を討たせてやる。朝廷など、所詮は道具に過ぎぬ)
兼房は、震える手で書状を書き始めた。
『大江山に、酒呑童子なる悪しき鬼が棲んでおります。この鬼は、人里を襲い、酒や食料を力ずくで奪い、罪なき人々を恐怖に陥れております。どうか、朝廷の偉大なる力で、この凶悪な鬼を討伐していただきたく……』
兼房は、自分が鬼を配下にしようとした恥ずべき事実は、一切書かなかった。
ただ、鬼の被害だけを、これでもかと大げさに書き連ねたのだ。
「これで、朝廷が動く。そして、鬼どもは必ず討たれる……」
兼房は、復讐に満ちた邪な笑みを浮かべた。
(都の者どもよ、我が敵を討て。それが、お前たちの役目だ)
兼房の心には、朝廷への鬱屈した感情と、復讐への執念が入り混じっていた。
書状は、急ぎの使者によって都へと送られた。
そして、厳かに朝廷に届けられた。
大江山の酒呑童子。
その恐ろしい名が、遂に朝廷に知られることになったのだ。
そして、この忌まわしい事が、後の血で血を洗う大きな戦いへと繋がっていくことになるのだった。
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