安倍晴明は、加茂の忠行に師事したと伝えられている
【童子丸】
僕は、摂津の屋敷を出た。
父上に連れられて、都へと向かう。
加茂忠行様という、陰陽博士のもとで学ぶためだ。
「童子丸、都は広い。はぐれないようについてこい」
父上が僕に言った。
父上は、朝廷寄りの豪族で、実直で情に厚い人だ。
「はい、父上」
僕は父上の後ろをついて歩いた。
そんな僕を、母上は屋敷で見送ってくれた。
「童子丸、しっかり学んでくるのですよ」
母上が、僕をだきしめて、そういった。
母上は白銀の毛並みを持つ化け狐だ。
普段は人の姿をしているけれど、時折尾が見える。
あと、耳も。
「はい、母上。頑張ります」
僕は、母上に頷いた。
そして、父上と共に、都へと向かう旅に出たんだ。
旅路は、楽しかった。
僕は、好奇心というのが強いと言われてる。
その通りに僕は、道中様々なものが興味深かった。
道端に咲く花、空を飛ぶ鳥、川を泳ぐ魚。
全てが、僕の興味を引いて、たまらなく楽しい。
(この花は、薬草として使えるかな?)
(あの鳥は、式神として使役できるだろうか?)
(この川の水には、霊気が含まれているみたいだ)
僕は、そんなことを考えながら、父上について歩き続けた。
そんな僕を見て、父上は苦笑いしてる。
「童子丸、またそんなことを考えているのか」
「はい。いろいろと、面白いものがありますから」
僕が答えると、父上は優しく笑った。
「お前は、本当に術が好きだな。忠行殿なら、お前を立派な陰陽師にしてくれるだろう」
「忠行様……」
どんな人なのだろう?
凄い陰陽師と聞いているけれども。
そんな風に旅を続けるうちに、やがて都が見えてきた。
大きな建物が、立ち並んでいる。
人々が、行き交っている。
(これが、都か。面白そうだ)
僕は、そんな事を思いながら、都に入った。
父上が、向かったのは、加茂忠行様の屋敷だ。
「保名殿、よくお越しくださった」
忠行様は、父上を迎えてくれた。
白髪の、穏やかな顔をした老人だ。
だが、その目には、鋭い光があった。
「忠行殿、お久しぶりです」
父上が、深く頭を下げる。
父上の言葉に、忠行様は僕を見た。
「書にてお伝えしておりました通り、息子、童子丸を、どうか弟子としていただきたく」
「これが、童子丸か」
「はい。よろしくお願いいたします」
僕は、深く頭を下げた。
「うむ。保名殿からは、文で話を聞いている。お前は、術の才があるそうだな」
忠行様が、僕を見つめた。
その視線は、僕の内側を見透かすようだった。
「……ふむ。なるほど」
忠行様は、何かに気づいたようだった。
「保名殿、この子には、確かに高い潜在能力がある。それも、並大抵のものではない」
忠行様の言葉に、父上は嬉しそうに笑った。
「それは、良かった。では、お願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。儂が、責任を持って育てよう」
忠行様は、僕を見た。
(この子は……)
忠行様は、僕を見ながら、何かを考えているようだった。
(将門殿を思い出す。あの方も、高い潜在能力を持っていた。都で共に過ごし、交流もあった。だが、儂は、あの方を救えなかった)
忠行様の顔に、僅かに影が差した。
(この子は、将門殿のにはさせぬ。名を上げさせ、大成させよう。儂の過ちを、繰り返さぬように)
忠行様は、そう心に誓ったようだった。
「童子丸、今日から、お前は儂の内弟子だ。しっかりと学べ」
「はい!」
僕は、元気よく答えた。
そして父上は、数日滞在して、僕が忠行様の屋敷に馴染むのを見届けてから、摂津へと帰っていった。
「童子丸、頑張れよ」
「はい、父上。ありがとうございました」
僕は、父上を見送った。
こうして、僕の内弟子生活が始まった。
忠行様は、まず都で生きるための様々な知識を教えてくれた。
公卿たちの名前、朝廷の仕組み、陰陽寮の役割。
全てが、新鮮だった。
そして、陰陽師としての基本的な術も、教えてくれた。
符術、方位術、占術。
僕は、それらを凄まじい勢いで吸収していく。
そんな僕を、忠行様は、僕を褒めてくれた。
「童子丸、お前の成長は、驚くべきものだ」
「ありがとうございます」
僕は、素直に喜んだ。
術を学ぶのは、楽しい。
新しい術を覚えるたびに、世界が広がっていく気がする。
だけど、忠行様は、少し心配そうな顔もしていた。
「だが、童子丸。お前は、少し浮世離れしているところがある」
「浮世離れ、ですか?」
僕は、首を傾げた。
「術のことばかり考えて、人との関わりを疎かにしてはならぬ。陰陽師は、人のために術を使うのだ」
忠行様の言葉に、僕は頷いた。
「はい、分かりました」
だが、正直なところ、僕にはよく分からなかった。
術が面白いのだから、それに集中するのは、当然ではないのかな?
でも、忠行様が言うのなら、気をつけよう。
忠行様が、僕の事を心から心配しているのは、感じられたから。
修行以外の都での生活も、僕にとっては興味深いものばかりだった。
ある日、僕が街を歩いていると、立派な武士とすれ違った。
武士は、刀を携え、凛とした雰囲気を纏っている。
(あれは……源氏の方かな?)
僕は、武士の姿を見つめた。
武士も、僕を一瞥したけれど、すぐに通り過ぎていった。
後から聞くと、あれは源頼光という、清和源氏の嫡子である方らしい。
なるほど、納得だ。
僕がそう思うほど、漂わせている武威はすごかった。
他の武士も見た。
別の日、都の外れを歩いていると、大柄な男が熊に乗っているのを見たんだ。
「おう、その魚、うまそうだな!」
川沿いの漁師に元気よく声をかけている男だけど、漁師は熊に怯えていた。
でも、熊は大人しいもので、男に完全に従っているみたいだ。
(あれは……何だろう?)
僕は、興味を持ったけれど、忠行様に使いを頼まれていたので、それ以上は追わなかった。
後で聞くと、あれは坂田金時という、源氏の郎党らしい。
熊を馬代わりにする豪傑だそうで、とんでもない男も居るものだと、流石の僕も驚いた。
そして、ある日、僕が屋敷で符の練習をしていると、妙な気配を感じた。
誰かに、見られている気がする。
(何だろう?)
僕は、外を見た。
だが、誰もいない。
ただ、遠くに、美しい女性の姿が見えた。
女性は、僕を見ていたけれど、すぐに立ち去ったみたい。
(今の人は……?)
僕は、首を傾げた。
その女性からは、不思議な気配がした。
狐のような、気配。
(母上と似ている……?)
僕は、そう思ったけれど、それ以上は分からなかった。
ただ、嫌な感じはしなかった。
(母上の知り合いかな?)
そう思って母上に文を出したら、疎遠になっている知り合いかもしれないとの答えが来た。
そして、今はそっとしておいてあげなさいとも。
僕はその通りにすることにした。
そうやって忠行様からいろんなものを学んでいる内に、数年が経っていた。
僕は、基礎的な術を全て習得したとされて、次の段階に移ることになったらしい。
忠行様が、僕に言う。
「よし、童子丸。次は、実践だ。儂と共に、魔穴に行くのだ」
「魔穴、ですか?」
僕は、興味を持った。
魔穴とは、霊気が満ちた場所だ。
そこには、魔物や怪異が住んでいる。
「そうだ。実際に魔物と戦い、怪異を退治する。それが、真の修行となる」
「そうなのですか?」
「うむ。霊気を取り込むのにも、魔穴などでの修行が最適なのだ」
忠行様は、僕を連れて、都の近くの魔穴へと向かった。
魔穴の中は、暗く、湿っていて、空気も重い。
「童子丸、気をつけろ。直ぐに魔物が現れる。まずはやってみるがいい」
忠行様の言葉と共に、魔物が現れた。
獣のような姿をした、魔物だった。
「符よ、敵を倒す威力となれ」
僕は、符を投げた。
符が魔物に命中すると、切りつけたような傷が魔物に刻まれる。
魔物は、苦しそうに叫ぶけれど、一撃ではまだ倒れない。
「もう一つだ」
僕は、さらに符を投げた。
符は当たると再び斬撃を生み、魔物を両断する。
「よくやった、童子丸」
忠行様が、僕を褒めてくれた。
こうして、僕は様々な魔穴を巡った。
都の近くだけでなく、各地の霊地や聖域にも、連れて行ってもらった。
山岳の霊地、川の聖域。
そして……都の地下へと続く通路へ。
「童子丸、この先は、都の地下の大空洞へと続いている」
忠行様が、僕に言う。
「大空洞、ですか?」
「そうだ。だが、そこは危険だ。今は、通路の入口付近までにしよう」
忠行様と僕は、通路を進む。
だけど、そこまで深くは入らなかった。
忠行様が言うには、大空洞そのものに入るのは、とても危険なのだそうだ。
そうして進んだ通路の途中で、僕は何かの気配を感じた。
「忠行様、何かいます」
「うむ。気をつけろ」
その時、通路の奥から、二匹の鬼が現れた。
牛の頭を持つ鬼と、馬の頭を持つ鬼。
地獄の獄卒とも言われる、牛頭鬼と馬頭鬼だ。
「グオオオ!」
「ヒヒーン!」
二匹の鬼が、僕たちに襲いかかってきた。
「童子丸、下がれ」
忠行様が、前に出る。
そして、式神を呼んだ。
「四神よ、来たれ」
忠行様の符から、四つの獣が現れた。
青龍、白虎、朱雀、玄武。
四神だ。
四方の守護者ともされる、神獣たち。
その四神が、鬼を取り囲んだ。
それだけで、鬼は思うように動きが取れなくなる。
多分、その配置が結界のような力を生んでいるんだ。
鬼は、暴れたけれど、四神の力には敵わなかった。
そして四神はそれぞれが司る五行の力を放って、鬼はどうする事も出来ずに倒れていた。
「すごい……」
僕は、四神を見つめた。
四つの式神が、一組となって力を発揮している。
(これは、面白い)
式神の組み合わせというのは、奥が深そうだ。
こんなにも力強そうな鬼たちでさえ、こうも簡単に倒してしまう。
そんな事を考えつつ倒れた鬼たちを見ていると、僕の中で、何かが閃いた。
「忠行様、この鬼たちを、式神として使役できませんか?」
僕が尋ねると、忠行様は少し驚いた顔をした。
「鬼を、式神に?」
「はい。この鬼たちは、とても力強そうです。式神として使役すれば、役に立つと思います」
僕の言葉に、忠行様は考え込んだ。
「……なるほど。確かに、面白い発想だ。やってみるがいい」
忠行様は、僕に鬼を式神にする方法を教えてくれた。
僕は、その方法を使って、牛頭鬼と馬頭鬼を式神にしようと試してみる。
すると、二匹の鬼と何かが繋がったのを感じた。
「成功しました」
僕は、嬉しくなった。
鬼が、僕の前で頭を垂れて、式神として従っている。
その様子を、忠行様が満足そうに頷いてくれていた。
こうして僕は、様々な経験を積んでいった。
その内に、僕の中で、一つの考えが形になっていく。
(忠行様は、四神という一組の式神を使役している。僕も、そのような式神が欲しい)
僕は、考えた。
四神は、四方を守る神獣だ。
ならば、僕は何を軸にすればいいのか?
(十二だ)
僕は、思いついた。
薬師如来の十二神将。
彼らは、十二の方角を守る神将だ。
その分霊を、式神にすればいい。
だが、ただ分霊を使役するだけでは、面白くない。
僕は、さらに工夫を加えたい。
(十二という数には、意味がある。暦の十二の月、十二支……)
僕は、十二神将に、暦の十二の月の特性を付与することにした。
睦月の神将には、冬の霊気を。
如月の神将には、早春の霊気を。
そして、他の神将にも、それぞれの月の特性を。
僕は、何日もかけて、この術を完成させた。
そして、ついに、十二神将を使役することに成功したんだ。
「忠行様、見てください」
僕は、忠行様に十二神将を見せた。
十二の神将が、僕の周りに現れる。
「これは……」
忠行様は、驚いた顔をした。
「十二神将か。しかも、これは……暦の特性を付与しているのか?」
「はい。十二という数に、意味を持たせました」
僕の言葉に、忠行様は感心した様子だった。
「素晴らしい。童子丸、お前は、もう一人前だ」
忠行様は、僕を見つめた。
「童子丸、今日から、お前に新しい名を与える」
「新しい、名?」
「そうだ。お前は、もう幼子ではない。立派な陰陽師だ」
忠行様は、僕に言った。
「お前の名は、晴明だ。安倍晴明」
「晴明……」
僕は……いや、私は、その名を口にした。
新しい名前。
新しい自分。
「はい。私は、安倍晴明です」
私は、深く頭を下げた。
こうして、私は独り立ちした。
陰陽師、安倍晴明として。
都で、私は術者として活動を始めた。
十二神将、牛頭鬼、馬頭鬼や、他にも。
様々な式神を使役し、人々の悩みを解決していった。
やがて、私の名声は、都中に広まっていった。
類稀な術者として。
私は、これからも術を極めていく。
母上や父上にも、手紙を送った。
母上からも、返事が来た。
「童子丸、いえ、晴明。立派になりましたね。母は、とても嬉しいです」
母上の文には、喜びが溢れていた。
私も、嬉しかった。
これが、私の道だ。
陰陽師、安倍晴明として、生きていく。
その道には、様々な出会いや事件が待ち受けているのだが……それは、また別の機会に語られることになるだろう。
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