平将門には、滝姫または五月姫と呼ばれる娘が居た
遅刻しましたが、今日中なのでセーフ判定という事で……。
【滝姫】
わたくしは、平穏な日々を過ごしておりました。
父上、平将門が討たれてからずいぶん経っています。
幼子だったわたくしも、一人の武家の女として成長するほどに。
藤原秀郷様に保護され、わたくしたちは坂東の地で、一武家として静かに暮らしております。
この日も、兄上、良門がわたくしに尋ねてまいりました。
「滝、稽古はどうだ? 問題ないか?」
「ええ、今日の稽古も順調です、兄上」
わたくしは、武家の娘。
であるなら、一通りの武芸も修めねばなりません。
父上が討たれた後も、わたくしたちは武家の娘として育てられてまいりました。
それは、秀郷様のご配慮です。
父上は新皇を名乗り、朝廷に反旗を翻しました。
その罪は重いものです。
ですが、秀郷様は父上との約定を守り、わたくしたちを守ってくださいました。
この日も同じく、稽古を積んだのです。
兄上は、そんなわたくしを見て笑いました。
「滝は、真面目だな」
「当然です。秀郷様のご恩に報いるためにも、正しく生きねばなりません」
真面目なのはおかしい事でしょうか?
兄上はこういうわたくしを見て、いつも笑うのです。
ですが、兄上も人の事はいえません。
兄上の折り目の正しさはわたくし以上なのですから。
でもそれはある意味不思議な事です。
朝廷に反旗を翻した私達が、生真面目に過ごす事が出来るのは。
なぜ、わたくしたちが平穏に暮らせているのか。
それは、父上の怨霊が恐れられているからでした。
父上は、斬首された後も、生首でありあがら坂東の守護者たらんと叫んだといいます。
そして、愛馬に首を運ばせて、坂東に戻ってきてくれました。
あの日のことを、わたくしは今でも覚えています。
父上の愛馬が、父上の首を咥えて、わたくしたちの屋敷に現れたのです。
「父上……!」
兄上が叫び、母上は泣き崩れました。
ですが、父上の首は、わたくしたちに語りかけてくださったのです。
その父上の声は、余りに穏やかでした。
「良門、滝。そして、皆……」
「ち、父上……」
「俺は、死んでもお前たちを守る。坂東の守護神として、永遠にこの地を見守るぞ……」
「「「父上……」」」
わたくしたちは、涙を流しながら、父上の首に触れました。
「だが、お前たちは、復讐など考えるな。俺の咎は俺のものだ。お前たちは、ただの坂東武士として生きよ」
「ただの、坂東武士として……」
兄上が呆然としながらも頷き、父上は、満足そうに頷かれました。
「何かあれば、藤原秀郷殿を頼れ。あの男は、俺が全力で戦った好敵手だ。武人として、信頼できる男だ。そして、俺との約定を守る男だ」
「はい……」
兄上が、震える声で答える中、父上の声が小さくなっていきました。
「家族を、大切にしろ。互いに支え合え。そして、健やかに生きよ」
それが父上の最後の言葉となったのです。
その後、父上の首は、近くの地に葬られ、そこに神社が建てられました。
人々は父上を恐れました。
都での事、そして馬に咥えられた生首は、多くの人々に目撃されていたのです。
朝廷も、坂東の武士たちも、父上の怨霊を恐れました。
そして、父上を「坂東の守護神」として祀るようになったのです。
ですから、わたくしたちに手を出す者はいませんでした。
父上の怨霊を恐れて。
そして、何より秀郷様が、わたくしたちを守ってくださっていました。
秀郷様は、父上を討った戦の相手です。
ですが、父上の首を直接斬ったわけではありません。
秀郷様は戦場で父上を傷つけ、勝利を収められましたが、斬首は都での処刑でした。
戦場での斬首も、秀郷様が止めて下さったと聞いています。
そして、秀郷様は父上を武人として認めておられました。
父上もまた、秀郷様を好敵手として認め、わたくしたちを託されたのです。
その秀郷様が守る限り、誰もわたくしたちに手を出せません。
わたくしたちは、その事に感謝しておりました。
ある日のことでした。
兄上は修行のため、秀郷様に連れられて、魔穴へと向かっていました。
母や他の家族も、所用で外出していて、屋敷には、わたくし一人だけ。
そんな時、使用人が、わたくしに告げました。
「滝姫様、お客様です」
「お客様?」
「はい。かつて将門様にお仕えしていた方々だと」
わたくしは、少し驚きました。
父上の元部下が、訪ねてくる?
父上の怨霊を恐れてか、そういう方もこれまでわたくしたちに近寄らなかったのですが……。
「……分かりました。お通しして」
わたくしは迷いましたが、その人達に会う事にしました。
そこには、数人の男たち。
確かに、見覚えのある顔でした。
父上の部下だった者たちに違いありません。
その中の一人が、頭を下げました。
「これはこれは、滝姫様。お久しぶりでございます」
「お久しぶりです。どのようなご用件で?」
わたくしは、丁寧に尋ねました。
「実は、将門様の墓参りに参りまして、ついでにご遺族の方々にご挨拶をと思いまして」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
わたくしは、礼を言いました。
ですが、その時。
違和感を覚えました。
男たちの目が、妙に鋭いのです。
「あの、皆様……」
嫌な予感と共に、わたくしが言いかけた、その時。
男の一人が手を上げ、次の瞬間、わたくしの身体に異変が起きたのです。
「……!?」
言葉が、出ません。
身体が、動きません。
まるで、わたくしのものではないかのように。
(何が……起きて……)
わたくしの意識が、混濁し始め……ですが、完全には失われませんでした。
意識はかろうじて、つながっています。
ですが、身体が動きません。
「よし、術は成功だ」
男の一人が、満足げに言うのが見えました。
「滝姫様の身体は、我らが操れる。これで、再び乱を起こせる」
「将門様の遺児が、朝廷に反旗を翻す。それを旗印に、坂東を再び支配するのだ」
囁き合う男たちの会話が、わたくしの耳に入ってきます。
しかし、私は身動きせず座っているだけ。
これでは、使用人も異常を察知することはできないでしょう。
そして、何より聞き逃せない内容がありました。
(そんな……父上の名を使って……)
有ろうことか、この者達は、父上の名とわたくしを使って、坂東にまた大きな乱を起こそうとしているのです。
わたくしは、心の中で叫びました。
ですが、声は出ません。身体も動きません。
ただ、意識だけがはっきりとしています。
それは、この上もなく恐ろしい事です。
自分の身体が、自分のものでありません。
操り人形のように、他人に動かされてしまいます。
その上で、父上の御霊を穢すようなことをさせられるのです。
(誰か……助けて……)
わたくしは、心の中で叫び続けました。
ですが、誰も来ません。
兄上も秀郷様も、ここにはいないのです。
(父上……)
わたくしは、父上のことを思いました。
父上は、わたくしたちを守るために、怨霊となられました。
坂東の守護神として、この地を見守っておられます。
ならば……。
(父上、助けてください……)
わたくしは、心の中で願いました。
父上に届く様にと。
すると、熱い何かが、わたくしの心に触れました。
(……滝か)
声が聞こえました。
それは、忘れもしない、父上の声。
(父上……!?)
(ああ、俺だ。お前の必死の声を感じて、駆けつけた)
父上の声が、わたくしの心に響きます。
(父上……わたくし、術をかけられて……身体が動かないのです……)
(ああ、分かっている。なにが起きたのかもな。不届きな者どもめ)
父上の声には、怒りが混じっていました。
(安心しろ、滝。お前を助ける)
(どうやって……)
(そうだな……俺が、お前の身体に憑依しよう。さすれば、そのような術は消し飛ぶだろう)
(憑依……?)
(ああ。少し、辛抱してくれ)
その言葉と共に、強大な力がわたくしの身体に流れ込んでまいりました。
わたくしの身体が、熱くなります。
これが……これが父上。
坂東八州に轟いた武。その源が、この強大な力だったのですね。
そう感嘆する間に、わたくしを縛っていた術が、消し飛びました。
「なっ……!?」
男たちが、驚愕の声を上げますが、既に手遅れ。
わたくしの身体が、動き出しました。
ですが、それはわたくしの意思ではありません。
父上が、わたくしの身体を動かしておられるのです。
「貴様ら……娘に何をした」
わたくしの口から、父上の声が出ました。
低く、怒りに満ちた声。
ですがわたくしには、この上もなく頼りになる、父上の声です。
「まさか……将門様……!?」
「馬鹿な!? あんな話、噂でしか無い筈!」
「だ、だがこの声は……っ!」
男たちが震えだし慌てだしました。
……ああ、この男たちは、父上の最後の話を噂と断じたのですね。
だからこのような事を起こしたのでしょう。
それが、父上の逆鱗に触れると知らずに。
「不忠者どもめ。俺の名を使って、再び乱を起こすだと?」
わたくしの身体が、一歩前に出ました。
「許さん」
わたくしの腕が、振るわれました。
その瞬間、男たちが吹き飛ばされたのです。
まるで、見えない力で弾かれたように。
「ぐあっ!」
「ひっ……!」
男たちが、悲鳴を上げます。
そして、彼らの目には、わたくしの姿が映っていませんでした。
代わりに、映っていたのは、夜叉の姿。
鬼のような形相で、彼らを睨みつける夜叉の如き幻が、彼らの目に焼き付いていました。
それこそが、怨霊となった父上の姿なのでしょう。
「ひいいい!」
男たちは、恐怖で逃げ出しました。
ですが、その時。
「何事だ!?」
扉が開き、秀郷様と兄上が飛び込んでまいりました。
「秀郷殿……!」
「む? その声……将門殿……か?」
わたくしの口から父上の声が出た事で、秀郷様は、すぐに何が起きているのか、理解されたようです。
「この者たちは、滝に術をかけて操ろうとした不埒の者故、捕らえて頂きたく」
「承知した」
その後は、あっというまでした。
秀郷様や兄上が、男たちをすぐさま捕らえたのです。
そして、男たちが全て捕らえられたその時、わたくしの身体から、力が抜けていきました。
父上の憑依が、解けたのです。
(父上……)
(もう、大丈夫だ。滝)
父上の声が、優しく響きました。
(これからも、健やかに生きよ。母を、兄上を、家族を大切にしろ)
(はい……)
心の中でわたくしは頷きました。
すると、父上の声が、何かに気付いたようです。
(……お前には、才があるな。おそらく、術師としての才だ。それを伸ばせば、自分の身を守れるだろう)
(父上……わたくし、修行します。二度と、こんなことにならないように)
(ああ。それでいい)
そうして語り合う間にも、父上の声が遠ざかっていきます。
(さらばだ、滝。俺は、いつもお前たちを見守っている)
(父上……ありがとうございました)
わたくしが、心の中で告げた時、父上の気配は消えていたのです。
力が抜けたわたくしがその場に座り込むと、兄上が、駆け寄ってまいりました。
「滝! 大丈夫か!?」
「はい……大丈夫です」
わたくしは、涙を流しておりました。
父上に会えました。
父上の声を聞けました。
そして、父上はわたくしたちを、今も見守ってくださっています。
「良かった……本当に、良かった……」
兄上が、わたくしを抱きしめました。
秀郷様も、安堵の表情を浮かべておられました。
「滝姫。今回は、某の不手際だった。お前を守れなかった」
「いいえ、秀郷様。わたくしこそ、不用心でした」
わたくしは、頭を下げました。
秀郷様は、父上も憧れ、全力で戦われた好敵手であり、そして父上がわたくしたちを託された方です。
父上の遺言通り、何かあれば頼るべき方なのです。
「某にも将門殿は告げて来た。お前には、術師としての才があるようだな」
秀郷様が、言われました。
「その才を伸ばせば、自分の身を守れるだろう。そして、他者をも守れる」
「はい……」
わたくしは、頷きました。
「秀郷様、わたくし、修行したいです。術師として」
「……ならば、良い場所がある」
秀郷様が、微笑まれました。
「琵琶湖の竜宮だ。某が大百足を討った時、龍神から褒美を受けた。その縁で、龍神に頼めば、お前を弟子にしてくれるだろう」
「龍神様……ですか」
「ああ。龍神は、強大な力を持つ。その下で学べば、お前の才は大きく花開くだろう」
わたくしは、決意いたしました。
「お願いします。秀郷様。わたくしを、龍神様のもとへ連れて行ってください」
「承知した」
数日後、わたくしは近江の国の琵琶湖へと向かいました。
同行者は、秀郷様。
「滝姫。これから、厳しい修行が待っているだろう」
「はい。でも、わたくしは負けません」
わたくしは、決意を込めて答えました。
父上の娘として。そして、一人の術師として。
わたくしは、新たな道を歩み始めるのです。
そして旅の果て。
辿り着いた琵琶湖の水面は、朝日に照らされて輝いておりました。
その光の中を、わたくしは進んでまいります。
新たな未来へと。
父上の名に恥じぬ、娘であるために……わたくし、滝は歩んでいくのです。
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