この時期、播磨の地にて術師として名を上げた法師が居た
【道元】
播磨の国に、拙僧たちは流れ着いた。
坂東での戦から逃れ、西へ西へと向かった末のことだ。
配下の術師の一人が、尋ねてきた。
「道元様、この地で落ち着けそうでございますか」
「ああ、播磨は良い土地だ」
拙僧は、満足げに頷いた。
播磨の国は、都からほど近い。
だが、坂東ほど朝廷の目が厳しくない。
そして、何より……。
「この地にも、国司の腐敗がある。土豪たちの争いもある。実に都合がよい」
拙僧は笑う。ここもまた、拙僧がやり易き地であると。
坂東の平将門の乱に、瀬戸内の藤原純友の乱。
あの二つの乱が鎮圧されても、その元となった情勢は変わっていないのだ。
国司は、私腹を肥やし続けている。
土豪たちは、力を蓄え続けている。
この流れある限り、何も変わらぬ。
「ならば、拙僧たちが入り込む隙間はいくらでもある」
拙僧たちは、術師である。
仏像を操り、怪異を討つ。
その力を使えば、権力者に取り入ることなど容易なのだ。
この地でも、同じく。
「まずは、国司に接触するのだ。拙僧たちの術を見せ、懐に入り込むぞ」
拙僧は、そう計画していた。
だが、その計画は、思わぬ障害に阻まれたのだ。
「道元殿とやら、聞きましたぞ」
国司の屋敷で、拙僧は一人の若い法師と対面していた。
年の頃は、二十代前半だろうか。
……何とも生意気そうな若造であった。
だが、その目には、妙な自信が宿っていて、なんとも拙僧を苛立たせる。
「何を聞いたのかな?」
拙僧は、愛想良く尋ねた。
「あんたら、東国から流れて来た術師やそうやな。そんで、平将門に協力しとった者らやと」
若い法師は事も無げに言う。
だが拙僧は、内心それどころではない。
表情には出さなかったものの、同様に手が震えぬようにするのに、全力であらねばならなかったのだ。
なにしろ、拙僧たちは見た目の姿も坂東からは変え、素性など解らぬようにしていた。
万が一にでも、坂東の乱の加担者であると知られぬわけには行かぬのだ。
だというのに、この若造は拙僧たちの素性を言い当ててのけた。
「ほう、よく調べたものだ」
こう返すだけでも、声が震えぬようにするよう、どれほど労力を注いだか。
「調べたっちゅうか、鳥が教えてくれたんや」
だが、この若造は、拙僧のそういった労苦を見透かしたように笑ったのだ。
「坂東の戦で、あんたらは将門の金属像を操って、戦を有利に運んどった。せやけど、最後の決戦で像が封じられた途端、逃げ出したんやろ?」
「……」
国司には聞こえず、拙僧だけに聞こえる声。
しかし拙僧は、絶句していた。
図星であったが、何よりそこまで事細かに知られている事実に、背筋が凍る。
そもそも、そこまでの事は朝廷でも把握していない筈。
何より、此処は坂東より遠く離れた西国なのだ。
余りに事に言葉を返せずにいると、この若造が冷たく言い放った。
「矜持のない奴らやな」
「な、何!?」
「術師として、自分の術に責任を持たへん。負けそうになったら、さっさと逃げる。そんな奴らが、この播磨でのさばろうっちゅうんか?」
「貴様……何が言いたい」
拙僧は、若造の物言いに、得体の知れ無さよりも苛立ちが勝り、隠せなくなっていた。
その拙僧の様子に、この若造はこう言い放った。
「簡単や。儂と術比べをしよう。それで、あんたらの術が大したことないって証明したる」
更に、国司に向き直り尋ねる。
「国司様。この道元とかいう術師、信用せん方がええですわ。儂が、その無能さを証明しまっさ」
若造の言葉に、国司が困惑した様子だ。
「だが、道元殿は……」
「任せてくださいな。儂の術、見せたげまっさ」
若い法師の言葉に、拙僧は歯噛みした。
(この若造……)
何時の間にやら、この若造にこの場の流れを抑えられていた。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「良かろう。術比べ、受けて立つ」
拙僧は、そう答えた。答えるよりなかった。
そうせねば、この若造は国司に我らの素性を明かすことは明白だからだ。
一方で国司は、拙僧の苦悩を知らず目を輝かせるばかり。
「それは面白い! では、三日後に術比べを行おう。多くの者に見せたい」
こうして、術比べが決まったのだ。
拙僧は、その若い法師について調べさせた。
「道元様、分かりました」
弟子の一人が、報告にやって来る。
「あの法師、芦屋に住んでいるとのこと。術師として、既にこの地で名が知られているそうです」
「名が……知られている?」
「はい。怪異退治や、病気の治療など、様々な術を使うと」
拙僧は、眉をひそめた。
(厄介な相手だな)
名が知られるほどには、力があるという事か。
拙僧らの事は鳥から聞いたと言っていたが、あながち嘘でも無いやも知れぬ。
だが、拙僧たちには、坂東で磨いた術がある。
「準備を進めよ。武者の人形を、可能な限り用意し、力を示す」
「承知しました」
拙僧たちは、術比べの準備を着々と整えていった。
三日後、術比べの日がやって来た。
国司の屋敷の庭に、拙僧らの勝負を一目見んと多くの人々が集まっていた。
国司の配下、土豪たち、そして民衆。
それらの前で、拙僧たちは、数多くのの木像を並べていた。
それぞれに、鎧を着せ、本物の武器を持たせている。
顔は作らず、のっぺらぼうだが、それがかえって不気味さを増していた。
坂東で操った金属の像ほど頑丈ではないが、木製であり鎧を着こませた人形は十分に強靭である。
「ほう、これは……」
更に一糸乱れぬ様で並ぶ様は、見る者を威圧する。
国司もまた、拙僧らの木像を感心した様子で眺めていた。
「これらが動くのか?」
「ご覧に入れましょう」
拙僧と弟子たちが、術を唱えると、木像たちが一斉に動き始めた。
刀を構え、槍を振るう。
まるで、本物の武者のように力強く。
その内の一体が太刀を振り下ろすと、空気が裂ける鋭い音が鳴り響いた。
「おお……!」
見物人たちから、歓声が上がる。
「これは見事だ! まるで、本物の武者ではないか!」
国司もまた興奮したように声を上げる。
その様子に、拙僧は得意げに笑った。
(これを見れば、あの若造など……)
だが、その時。
「へえ、なかなかやるやんか」
嘲りが混じった声が響いた。
あの若造が、やってきたのだ。
(……?)
だが、その手には、何も持っていなかった。
我らのような人形を引き連れるでもなく、只の一人でやってきたのだ。
「おい、若造。準備はどうした?」
「準備? もうできとるで」
拙僧が尋ねると、若造は懐を叩く。
「これだけで十分や」
拙僧は、首をかしげた。
(何も持っていないように見えるが……)
配下の術師たちも、困惑していた。
「道元様、あの者、何も準備していないようですが……」
「虚勢だろう。若造が、調子に乗っただけだ」
拙僧は嘲笑うも、内心では不安も感じていた。
(あの自信は、何だ?)
その疑問に答え和えられる前に、国司が、声を上げた。
「では、術比べを始める! 両者、準備はよいか?」
「はい」
「ええで」
拙僧が答え、若い法師も、続く。
そして……。
「では……始め!」
国司が、合図を出した、その瞬間。
若い法師の懐から、何かが溢れ出したのだ。
白い紙片だ。
無数の紙片が、空中に舞い上がる。
「何……?」
拙僧が、目を見開く。
その紙片は、全て鳥の形に切り抜かれていた。
そして次の瞬間、紙片が変化した。
巨大な鷲に。
鋭い目を持つ鷹に。
素早き隼に。
無数の猛禽が、空を覆った。
「な……何だと!?」
拙僧は、驚愕した。
その数は、百を超えていた。
いや、もっとかもしれない。
全ての鳥が、生きているように動いている。
これは……これは式神だというのか!?
「行け」
拙僧の驚愕をよそに、若い法師が、静かに命じる。
猛禽たちが、一斉に動きだし、拙僧の木像に、襲いかかる。
「くっ……!」
拙僧は、術で木像を動かそうとした。だが。
鷲のくちばしが、木像の頭を砕いた。
鷹の爪が、木像の腕を引き裂いた。
一体一体の人形に、無数の猛禽が群がり、破壊していくのだ。
「ぐっ……!」
一体、二体、三体。
次々と、木像が破壊されていく。
あれ程多く用意した人形が、瞬く間に木片の残骸へと変えられたのだ。
そして、猛禽たちは木像だけでなく、拙僧たちにも襲いかかってきた。
「ひっ……!」
弟子の一人が、悲鳴を上げる中、鷲のくちばしが、彼の顔を突く。
「ぐああっ!」
拙僧も、鷹に襲われた。頬を爪で引っ掻かれ、血が流れる。
「やめろ! やめろ!」
拙僧は、叫んだ。
だが、猛禽たちは止まらなかった。
やがて……木像は、全て破壊され、拙僧たちは、顔や手に傷を負い、地面に倒れ伏していた。
「……終わりや」
若い法師が、手を上げた。
すると、猛禽たちが一斉に彼のもとに集い、再び紙片に戻り、懐に収まっていった。
静寂が、訪れる。
拙僧は、地面に倒れたまま、若い法師を見上げた。
「貴様……何者だ……」
「言うたやろ。芦屋に住まう道満や」
若い法師、道満が、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「あんたら、坂東から逃げて来た臆病者や。矜持もなければ、誇りもない。そんな奴らが、この播磨でのさばろうなんて、百年早いわ」
道満が、国司に向き直った。
「国司様、見ての通りや。こいつらの術、大したことあらへん。信用せん方がええですわ」
国司が、頷いた。
「確かに……道満殿の術の方が、遥かに上だ」
国司が、拙僧たちを見下ろした。
「道元殿。貴殿らには、失望した。この地から、去ってもらいたい」
「そんな……」
拙僧は、絶望した。
だが、もはや何も言えなかった。
既に国司にも拙僧らの素性を明かされた以上、この地に留まる事は出来ないだろう。
数日後、拙僧たちは播磨を去った。
いや、去らざるを得なかった。
国司からも見捨てられ、土豪たちからも相手にされず、拙僧たちの居場所はなくなっていた。
「道元様……これからどうするのですか」
配下が、尋ねてきた。
だが、拙僧には答えられない。
先の術比べで、再起する気力さえも折れてしまったのだ。
道満という若い法師の、圧倒的な力。
あれには、勝てない。
拙僧はそう悟っていた。
そして、地盤を持たぬ拙僧たちは、時期にチリヂリとなってしまうだろう。
その予想通りに、配下の術師たちは、それぞれ別の道を選び、拙僧の元を去って行った。
拙僧もやがて病に倒れ、誰にも看取られずに命を落とすのだった。
後に……件の法師、道満の名は、播磨の国だけに留まらず、都にも届くようになる。
「芦屋道満という術師がいるそうだ」
「陰陽術に優れ、無数の式神を操ると聞く」
都の貴族たちも、道満の名を口にするようになり、やがて都にも招かれることになる。
芦屋道満。
後に、安倍晴明と並び称される陰陽師。
その名が、歴史に刻まれ始めたのは、この播磨の地からなのだった。
以下のXアカウントで告知や更新のアナウンスをしています。
https://twitter.com/Mrtyin
日々、皆様のブックマーク登録や評価、反応などが更新の励みになっております。
誠にありがとうございます。




