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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】  作者: Mr.ティン
捌章 平安時代 中期 ~藤原氏の隆盛と、地方の大乱~

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藤原秀郷には、朝廷より流罪や討伐令が出された記録が残っている

昨日体調が悪くて、執筆完遂出来なかったため、正午更新は無理でした……。

ちょっと短め&遅刻ですが、何とか日付変わる前に更新です。

(師匠、どうした? 何か困っているのか?)

(……ああ、スサノオか。それに田村麻呂も……)

(アキト様、何かお悩みの様子ですが)


東西で起きた大規模な地方反乱について、どう対応したものかと頭を悩ませていると、スサノオがやって来た。

その背後には、田村麻呂も居る。


(ああ、例の大きな反乱の件でな。東で平将門が遂に新皇の宣言をしたのもあって、朝廷が大きく動きを見せそうだから、どうしたものかと思っているんだ)

(確かに、西も東も大騒ぎだな!)

(東西にて乱が同時に起こるとなれば、朝廷も苦慮するでしょう。確かにアキト様が憂うのも止む無しであるかと)


二人とも、事態は把握して居るようだ。

現状だとこの二つの乱は、あくまで人同士の争いであり、俺が関与する理由はない。

人の世の事は人で何とかするべきだ。


しかし、人の世が乱れ過ぎれば、かつてのような大怨霊や東北の怪異たちのような、俺が干渉する必要のある存在が現れないとも限らない。

特に今回は、日本三大怨霊とも言われる平将門が絡んでいる。

少なくとも同じ三大怨霊である菅原道真は、この世界においても強大な力を示して、幾重にも防御を張り巡らせていた筈の清涼殿に降臨し、災禍を振りまいた。

であるなら、平将門もこの乱の末にとんでもない力を示す可能性は高いだろう。

到底安穏とはしていられなかった。


(西の乱は一旦置くとして、東の乱がな……)

(ああ、将門なる者。あれも機があれば鍛えても良かったのですが)

(どうにもいい機会が無かったんだよな!)


いや、待て。この二人、場合によっては将門も鍛えていたのか?

いやまあ、ダンジョンコアの機能を使わない、写し身でできる範囲の干渉は制限していなかったから、その可能性もあり得た訳だが。

不干渉というには、既に藤原秀郷を鍛えているのだし、いまさらと言う話になってしまうが。



(……ん? 藤原秀郷……か)


……そう言えば、平将門の乱を平定する筈の藤原秀郷については、二人が気に入って鍛えているのもあって、二人に丸投げしていた形だ。

大百足退治の様子こそ俺も見ていたものの、それ以外は全く人となりを知らない。

辛うじて知っているのは、大百足に困った龍神を助けるような気概の持ち主ということくらいだろうか?

将門については幾らか調べたものの、俺の藤原秀郷への知識は全く足りていない。


だが、これはいい機会だ。

ここで二人に、藤原秀郷の事を詳しく聞いてみよう。


(将門と言えば、だ。藤原秀郷は最近どうしている? 二人は秀郷を鍛え上げていたようだが)

(……あれ? 師匠には知らせていなかったか?)

(うん?)

(あいつ、将門に会いに行ってるぞ?)

(……はあ?)


スサノオの言葉に、俺は呆然と口を開けた。

いや待て。どういう事だ?

将門と討つのではなく、会いに行った?

藤原秀郷は、平将門討伐の将じゃないのか??


(秀郷めは、元より朝廷も手を焼くほどの我が強いものでして……)


俺が理解に苦しんでいると、田村麻呂が補足し始める。

そこで語られる内容は、大百足退治の逸話くらいしか知らなかった俺にとって衝撃的なものだった。



そもそも、藤原秀郷と言うのは、平将門と同じく坂東八州の内、下野国(現代で言う栃木県)を地盤とした豪族と言うべき者だ。

姓でわかるように、藤原北家魚名流の末裔とされているものの、実際の正確なルーツはよくわからないらしい。

少なくとも、父・藤原村雄は下野国の官人であったことから、一定の勢力を持った家系ではあったようだ。

伝承では大百足退治などを語られ、更にはその武勇から『東国の武芸の祖』などと呼ばれる伝説的な武人である。

伝承と史実と双方で名を残したのだから、よほどの人物なのだろう。


で、問題は史実での記録だ。

なんとこの藤原秀郷、朝廷から流罪の令を出されている。

それも理由は、『国司の殺害に関与したため』だ。


(……いや、普通に朝敵扱いされてるじゃないか!?)

(その通りにて。単独ではなく、20名ほどの中の一人と言う扱いですが……)


国司ら中央から派遣された役人と、地方豪族との関係は相変わらずであるらしい。

この場合も同じらしく、国司と豪族が衝突した結果、国司の殺害にまで至っている。

その豪族の一人が、藤原秀郷と言う訳だ。


(更には、この流罪に関しても、どうも執行された様子がなく……)

(……なんで?)

(地方だと朝廷の力も十全に及ばないみたいだな!)

(本人の実力と、そもそも地盤の強さが流罪の執行を妨げたようでして)


なんだそれは。

……無法ぶりは、下手をすると平将門を超えかねないぞ。

一応記録に残されていないだけの可能性もあるが、その後の活動も記録に残されていることから、流罪はうやむやになってしまったのだろう。

ちなみに、この頃既に阿弖流為から指導を受け始めていたらしい。

そりゃあ、並の兵では捕らえることも出来ないだろう。


(他にも、その暴れぶりから、朝廷より討伐令が度々出されておりまして)

(……え?)

(どれも、国府への反抗的な態度を隠さなかった故でした)


それが929年頃のことだそうだ。

下野国府が、正式に坂東周辺の国々に対して、藤原秀郷の討伐を、都合5度も発していた。

……ドンだけ暴れているんだ、この男。

気になってデータベースを確認してみれば、俺の生前の歴史にもこの辺りの暴れっぷりは記録に残されている。

暴れ者にも程がある。


(まあ、俺達もかなり鍛えたから、普通の連中じゃあ抑えきれないだろうな!)

(……心も磨いたつもりではありますが、義侠の色ばかり濃くなりまして)


その上で、この世界ではスサノオ達に鍛えられているのだ。

なるほど、朝廷でも手が出せないのも無理はない。


唯一の救いは、田村麻呂が言うように義侠心は強いところか。

その発露が、大百足退治なのだろうけど、同時に体制にも容赦なく反抗して見せるのは難儀な所と言えるだろう。

そして、だ。


(んで、将門が新皇の宣言をしたもんだから、どんなものかと向かっているみたいだぞ)


その末に、将門に会いに向かっているとか。

いやちょっと待て。


(もしも、だ。もし、秀郷が将門と意気投合しようものなら、歴史が変わりかねないのか……?)


本来、将門を討伐する筈の秀郷が、もし将門と組んでしまったら、歴史が変わってしまう。

それも、日本と言う国体を揺るがす、帝ならざる皇の存在の確立は、他にどれほどの影響を及ぼすのか、想像もつかない。


(いや、待てよ?)


俺がまだ知らないだけで、伝承などで将門と秀郷の邂逅について、俺の生前の歴史でも語られていた可能性は無いのか?

もし仮にあるとしたら、これもまた俺の生前の歴史を魔力が再現しようとしているのかもしれない。

そう思い調べてみれば、確かにその伝承は有った。


(……そうか。これも起こり得る流れなのか)


平将門と藤原秀郷、二人の伝承の一つ。

討伐令を出される前に、秀郷と将門が邂逅していたという伝承が。


俺の生前の伝承では、その邂逅において秀郷が将門の食事の仕方を不満に思い、敵対することになったとされている。

だが、しかしだ。


(……将門は長らく都で過ごしていたというのに、そんな食べ方が汚いという話はあるのか?)


それは、伝承だからこそのものなのだろうか?

実際には会っておらず、『討伐する者される者が邂逅していた方が面白いから』などと言った理由で伝えられたものだとしたら……。


(……もし本当に二人が会った時、何を思うのか、全くの未知数になる)


果たして、将門と秀郷の邂逅が何を呼ぶのか?

俺はその様子を魔力領域に映し出し、じっと見つめ続けるのだった。

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