坂東武者同士、平将門と藤原秀郷が邂逅していたという伝承が残っている
【藤原秀郷】
某は、坂東の地を馬で進んでいた。
目指すは、岩井。平将門が新皇を名乗り、政庁を置いた地だ。
(新皇、か)
その報せを聞いた時、某は興味を覚えた。
坂東の武者が、朝廷に反旗を翻したという。
それも、新たな皇を名乗るという、前代未聞の行いだ。
(会ってみる価値はあろう)
もし、将門が真に王として相応しい器ならば、その将となるのも一興かもしれぬ。
だが、もし違うならば……その時は、敵として相対するのみ。
馬を進めながら、某は己のこれまでの人生を思い返していた。
某が若かりし頃。
下野国にて、横暴を働く国司がいた。
民を虐げ、私腹を肥やす、典型的な悪徳国司だ。
「許せぬ」
某は、志を同じくする仲間たちと共に、その国司を討った。
国司の屋敷に乗り込み、悪行の証拠を民の前に晒したのだ。
国司は命乞いをしたが、某は容赦しなかった。
己の罪に報いを受ける。当然のことだ。
「藤原秀郷! 貴様、何をした!」
数日後、朝廷からの使者が、某を糾弾したものの、某は屈しなかった。
「悪しき者を討った。それだけのことだ」
「国司を討つなど、朝廷への反逆だぞ!」
「ならば、朝廷は悪人を庇うというのか? 民が苦しんでいるのを見過ごせというのか?」
某の言葉に、使者は絶句した。
言い返せぬのだ。
某の言葉は、正論であったが故に。
結局、某は流罪を命じられたが、某は従わなかった。
朝廷の役人が何度訪れようと、追い返し続けたのである。
「藤原秀郷、流罪の地へ向かえ!」
「断る」
「ならば、力ずくで……」
「やってみるがいい」
某が刀の柄に手をかけると、役人たちは震え上がった。
某の武名は、既に知れ渡っていたのだ。
結局、役人たちは何もできずに帰っていった。
(己が信じる道を行く。それが、某の生き方だ)
朝廷の権威など、某には関係ない。
己が目で見、己が判断したことに従う。
それが、某の義だ。
そんな日々の合間に、某は山野や魔穴で己を磨いた。
武を高めるため、魔穴に潜り、獣と戦う。
山に籠もり、己の限界を超える修練を積んだ。
一日に千本の矢を射る。
岩を素手で砕く。
滝に打たれ、心を研ぎ澄ます。
そして、ある日。
奥州にほど近い山地にて、一人の男と出会った。
「ほう、良い動きだ」
その男は、隠者のような姿をしていたが、その目には、深い叡智が宿っていた。
そして、その身からは、ただならぬ気配が溢れていたのだ。
「……汝は?」
「某か。某は、阿弖流為とでも呼ぶがいい」
阿弖流為。
その名を聞いた時、某は驚愕した。
奥州における、伝説の武人であり、かの軍神・坂上田村麻呂の盟友。
その武勇は坂東においても語り継がれている。
噂では、神仙に近い存在となったとの話もあったが……。
「某に、教えてくださるのですか?」
「お前には、才がある。だが、まだ荒削りだ。磨けば、光るだろう」
阿弖流為は、某に弓術を教えてくれた。
矢の軌道を操る術。
複数の敵を同時に射抜く技。
そして、己の気を矢に込める方法。
「矢とは、己の意志そのものだ。そう思え」
阿弖流為の教えは、深かった。
某は、貪欲に学び、朝から晩まで弓を引き続けた。
指の皮が破れ、血を流そうとも。
「良い目だ。その執念があれば、お前は必ず大成する」
阿弖流為の言葉が、某を励ました。
そして、ある時。
「もう一人、お前に会わせたい者がいる」
阿弖流為が、そう言って某を導いた先、とある魔穴の深部に、その者が居た。
鬼だ。
巨大な身体に赤い肌。
そして、圧倒的な力の気配。
だが、その目には、知性が宿っていた。
「……お前も噂に聞いたことがあるだろう。試練の鬼だ」
「これが……」
「喜ぶがいい。お前に興味を持ったらしいぞ」
阿弖流為がそう言うと、鬼は某に襲いかかってきた。
某は、必死に応戦するも、鬼の動きは速く、重く、読めなかった。
一撃を受け、某は吹き飛ばされる。
立ち上がると、鬼は待っていた。
まるで、「まだ終わりではない」と言うように。
某は、再び挑んだ。何度も打ちのめされた。
だが、その度に、某は立ち上がった。
鬼は、決して手加減しなかった。
だが、殺しもしなかった。某が倒れると、起き上がるのを待った。
そして、某の攻撃の隙を、身体で示した。
ある時、某が隙だらけの攻撃をすると、鬼はわざとそこを突いた。
某は吹き飛ばされ、理解した。
(あそこが、隙だったのか)
鬼は、言葉ではなく、行いで教えてくれた。
剣術を、体術を、そして心構えを。
何度も何度も、鬼に挑んだ。そして、ある日。
某の一撃が、初めて鬼にまともに入った。
一瞬身体が揺らいだ鬼は、暫く動きを止めると満足そうに頷き、そして、某の頭に手を置いた。
まるで、「よくやった」と言うように。
(某は、恵まれていた)
伝説の武人と、試練の鬼に師事し、武を磨く機会を得たのだ。
その恩に報いるため、某は更に精進した。
やがて、某は各地の怪異退治を行うようになった。
琵琶湖の大百足。
三上山を七巻き半するという、巨大な化け物だ。
「某が、討つ」
某は、龍神の依頼を受け、大百足に挑んだ。
龍神の頭に乗り、矢を射かける。
一の矢、二の矢は弾かれた。だが、三の矢に唾を付け、眉間を射抜いた時、大百足は遂に倒れた。
「お見事にございます。藤原秀郷様」
龍神は、人の姿を取っていた。美しい女性の姿だ。
「是非のお礼をさせて下さいませ。琵琶湖の底、竜宮城にて」
某は、龍神に導かれ、湖の底へと向かった。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
豪奢な宮殿。宝石で飾られた柱。そして、無数の宝物。
「これらを差し上げましょう。それほどの恩を私達は受けたのです」
龍神が示したのは、米の尽きぬ俵、絹の反物、黄金の延べ棒、そして一振りの太刀だった。
龍神が手渡した太刀を抜くと、刀身が青く光った。
「宝刀、黄金丸と申します。必ずや、貴方の助けとなるでしょう」
某は、深く頭を下げた。
「ありがたき幸せ」
「いや、礼を言うのは私達の方なのです。貴方様が居なければ、私達はいずれ大百足に喰べられていたでしょう」
こうして、某は龍神から様々な宝を授かった。
その内の一つ、米の尽きぬ俵から、某は「俵藤太」とも呼ばれるようになる。
他にも、各地の怪異を討った。
人を喰らう鬼。村を襲う妖怪。
苦しむ民を救うため、某は戦い続けた。
だが、その過程で、朝廷の役人とも衝突した事もある。
「藤原秀郷、貴様は勝手な行動が過ぎる!」
「勝手? 民を救って、何が悪い」
「朝廷の許可なく動くな!」
「許可を待っている間に、何人死ぬ? お前たちは、その責任を取れるのか?」
某の言葉に、役人は黙った。
だが、朝廷は某を許さなかった。
何度も討伐令が出された。
だが、某を捕らえられる者はいなかった。
磨き抜いた武が、某を守っていた。
(朝廷など、所詮は遠い都の話だ)
この坂東で大事なのは、己の力と、己の義だ。
そんな日々の中、某は平将門の噂を聞いた。
坂東を統一し、新皇を名乗った男。
朝廷に反旗を翻した武人。
(某と、似ているのやもしれぬ)
だが、本当にそうか?
実際に会って、確かめる必要があるだろう。
(もし、将門が真に王たる器ならば……)
某が仕える価値のある王ならば、その将となるのも悪くない。
だが、もし違うなら……。
(その時は、敵として相対するのみ)
某は、そう決めて、岩井へと向かったのだ。
やがて、岩井の政庁が見えてきた。
立派な建物だ。将門の勢力の大きさを物語っている。
「藤原秀郷、参った」
某が名を告げると、すぐに将門のもとへ案内された。
警戒されているのか、多くの兵が某を見張っている。
そして、対面した。
平将門。
その男は、噂通りの武人だった。
鋭い目。引き締まった身体。
そして、内に秘めた強大な力。
某が今まで見てきた中でも、屈指の強さだ。
「藤原秀郷殿か。噂は聞いている」
「某もまた、将門殿の名は聞き及んでおります」
互いに、礼を交わす。だが、その目は互いを値踏みしていた。
【平将門】
藤原秀郷。
俺も、その名は知っていた。
大百足を討ち、各地の怪異を退治した武人。
朝廷にも屈せず、己の道を貫く男。
(この男なら、俺の味方になるかもしれぬ)
同じ東国の武士として、秀郷の気質は好ましい。
朝廷に従わぬ姿勢も、俺と似ている。
もし彼が味方になれば、俺の勢力は更に強固になる。
「秀郷殿、俺は坂東に新たな国を作る。朝廷の支配から独立し、この地を治める。そなたも、俺に力を貸してはくれぬか」
俺は、率直に尋ねた。
遠回しに言っても仕方ない。秀郷のような男には、直接言うべきだ。
だが、秀郷は黙っていた。その目が、俺を見つめている。
まるで、魂の奥底まで見透かすような目だ。
長い沈黙が続いた。
俺は、その視線に耐えた。
そして、秀郷は口を開いた。
「将門殿。某は、率直に申し上げる」
「……何だ」
「汝に、王の器は無い」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「何……だと?」
「汝の目を見た。その奥底に、鬱屈した感情が燻っている。都で蔑まれた屈辱。坂東で見下された怒り。それらが、汝を動かしている」
秀郷の言葉が、俺の心を抉った。
「それは……違う。俺は、坂東のために……」
「違わぬ。汝は、己のために動いている。王として立つ者は、己の感情ではなく、民のために動くべきだ。だが、汝は違う。己の鬱屈を晴らすために、新皇を名乗った」
俺は、反論しようとした。だが、言葉が出なかった。
秀郷の言葉は、正鵠を射ていた。
(俺は……そうなのか?)
俺が新皇を名乗ったのは、本当に坂東のためだったのか。
それとも、都への復讐だったのか。
認められなかった屈辱を晴らすためだったのか。
「だが」
秀郷が、続けた。
「武人としては、比類なし」
「……何?」
「汝の力は、本物だ。某が見てきた中でも、屈指の強さだろう。その力は、認める。某の師である方々に並ぶやも知れぬ」
秀郷の目に、敬意が宿っていた。
「某は、朝廷から召集の命を受けている。恐らく、汝を討つための軍に加わるよう命じられるだろう」
「……それで、俺に会いに来たのか」
「然り。某は、汝と戦場で相まみえたい。武人として、全力でぶつかりたい。汝ほどの強者と戦える機会など、そうはない」
秀郷は、そう言って立ち上がった。
「待て、秀郷殿」
「某の決意は変わらぬ。だが、某は汝を武人として認めている。だからこそ、戦場で戦いたいのだ。正々堂々と、な」
秀郷は、そう言って立ち去ろうとした。
「将門様! あの男を討つべきです! 今ならば……!」
配下の者が、進言した。だが、俺は首を横に振った。
「いや、行かせろ」
「しかし……!」
「あの男は、俺を武人として認めた」
俺の心に、妙な感覚が湧き上がっていた。
都で、俺は武人として認められなかった。
公卿たちは、俺の力を見ようともしなかった。
ただ、出身地だけで判断した。
だが、秀郷は違った。
俺の力を見抜き、武人として認めてくれたのだ。
他でもない、藤原秀郷が。
(これが……俺が欲しかったものか)
都で得られなかった、武人としての賞賛。
それを、秀郷は与えてくれた。
そして、秀郷は戦場で戦おうと言った。
正々堂々と、武人として。
(ならば……)
俺の魂に、火がついたような感覚があった。
「秀郷殿。俺も、そなたと戦いたい」
俺は、立ち去る秀郷の背中に向かって言った。
秀郷は、振り返らずに答えた。
「戦場で、待っている。某の全力を、見せよう」
その言葉を残し、秀郷は去っていった。
俺は、その背中を見送りながら、心の中で誓った。
(秀郷殿。俺は、そなたと全力で戦おう)
武人として、魂をぶつけ合う。
その日を、俺は心待ちにするようになっていた。
そして恐らく、それは遠くない日の事なのだ。
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