朝廷は将門討伐軍編成と並行して、その首に褒章をかけた
【藤原秀郷】
都からの報せが届いた。
将門討伐の勅が出された、と。
「遂に、か」
某は、その報せを聞いて頷いた。
予想通りではあった。
新皇を名乗った将門を、朝廷が放置するはずがない。
だが、問題があった。
「官軍の編成に、時間がかかっているとのこと」
使者が、困った顔で告げる。
「どれほどか?」
「早くとも、数ヶ月は」
某は、眉をひそめた。数ヶ月。その間に、将門の勢力はさらに拡大するだろう。
「都で軍を編成し、こちらに向かうとなると、どうしても時間がかかります。兵の召集、武具の準備、食糧の確保……」
使者の説明は、もっともだ。
大軍を動かすには、それだけの準備が要る。
(だが、その間に将門は何をする?)
某は、考え込んだ。将門は、ただ待っているような男ではない。
必ずや、動くだろう。
だが朝廷もそれを許す程甘くはない。
事実、もう一つの報せが俺のもとにも届いていた。
「朝廷は、将門の首に褒章を出したように御座います」
「褒章……?」
「はい。将門を討った者には、官位と領地が与えられると」
某は、その意味を理解した。
これは、窮余の策だ。
官軍が間に合わないから、坂東の武者たちに将門を討たせようとしている。
仮に討てずとも、将門の戦力を削る事が出来る、その様な思惑であると思われた。
「恐らく、坂東中に触れが回っているでしょう。将門に従わぬ者たちが、一斉に動き出すかと」
使者の言葉通り、褒章は強力な誘因だ。
功名心や欲に駆られた武者たちが、将門に挑むだろう。
(それは、それでいいのやもしれぬ)
某も将門と戦うつもりであるが、それは褒章のためではない。
武人として、あの男と全力でぶつかりたいからだ。
だが、新皇の宣言をした将門のもとには相応の兵力が集まっている。
こちらも兵を集めるのに、その様な触れは都合がよい。
「郎党を集めよ。某も、軍を起こす」
某は、配下に命じた。
将門と交わした約定を果たす時が来たのだ。
だが、その準備を進めている最中、凶報が入った。
「秀郷様! 平貞盛殿が、将門の軍と衝突したとのこと!」
「何……!?」
某は、驚いた。
貞盛は、国香の子だ。
父の仇として、将門を討とうとするのは理解できる。
だが、まさかこれほど早く動くとは。
「結果は?」
「完膚なきまでに、敗れたと……」
使者の声が震えている。
「貞盛は?」
「辛うじて生き残りましたが、兵は四散し、主な将は悉く討ち取られたとのこと」
某の配下の者たちがざわめいた。
恐怖の色が、その顔に浮かんでいる。
「やはり噂通りに、将門は化け物なのでは……?」
「そのような相手と、どう戦えば……」
坂東の武者の間では、既にこれまでの将門の戦ぶりが広く広まっていた。
如何なる攻撃もその肌は弾き、矢をも通さぬと。
更には、槍を振るえば人住人が軽く吹き飛ぶとも。
だが、某は冷静だった。
「詳しい経緯を聞きたい。貞盛の生き残った兵を、ここに呼べ」
貞盛とて、一度は将門と戦った身だ。
その力を知った上で挑んだのであれば、幾らかの対策はしていた筈。
その上で敗れたというのであれば、何かある。
数日後、貞盛の配下だった武者が、某のもとに来た。
その男は、未だに戦場の様子が浮かぶのか、絶えず震えていた。
「あれは……あれは、戦ではありませんでした……」
「落ち着け。何があった?」
某が問うと、男は絞り出すように語り始めた。
「無数の……無数の将門が、現れたのです……」
「無数の、将門?」
「はい。どれもこれも、同じ顔、同じ姿。そして、その全てが、弓矢や槍をものともせず、押し寄せてきました」
男の言葉に、某は眉をひそめた。
「矢が、効かなかった?」
「はい。いくら射ても、弾かれました。槍で突いても、刃が欠けました。そして、奴らは……奴らは、まるで嵐のように我らを蹂躙したのです……」
男は、そこで言葉を失った。
恐怖で、声が出ないのだろう。
某の配下の者たちがざわめく。
「妖術だ……将門は、妖術を使っている……」
「無数の将門だと? そんなもの、どうやって戦えというのだ……」
だが、某は違うと思った。
(妖術ではない。何か、からくりがある)
無数の将門。
矢も槍も効かぬ身体。
それらは、何らかの術によるものだろう。
だが、妖術などという曖昧なものではない。
では、一体?
その様に悩んだ某の脳裏に、ふと浮かぶものがあった。
(仏像を動かす術、か?)
某は、ある可能性に思い至った。
この国では、仏像が動くことがある。
かの大和の国の大仏がよい例だ。
ならば人の形を模した像を作り、それを動かすことも可能だろう。
(それなら、矢が効かぬのも納得がいく)
金属や石で作られた像ならば、矢は弾かれるだろう。
だが、問題はその数だ。
無数の像を、同時に動かすには、相応の術師が必要だ。
そして、某には幾らかの心当たりもあった。
怪異退治の折に耳にした、仏像を操り怪異に対抗する一門が居るとの噂。
(将門に、そのような術師一門が付いているのか)
あり得る話ではある。
新皇の宣言により、そこに与するべきと判断した者が居たとして不思議ではない。
某は、考え込んだ。
そして、一つの結論に至った。
(今、単独で挑むのは得策ではないな)
某は、将門と戦いたい。
武人として、全力でぶつかりたい。だが、それは無謀な突撃とは違う。
いち早く兵を起こした平貞盛が破れた以上、他の坂東武者には迷いも広がる筈。
となれば、まとまった兵が集められるか怪しい。
「官軍の到着を待つ。それまでは、動かぬ」
某の言葉に、配下の者たちが驚いた。
「しかし、秀郷様。将門との約定は……」
「約定は果たす。だが、それは勝てる状況で、だ。某が死ねば、約定も何もない」
某は、官軍が到着するまで待つことにしたのだ。
(将門よ。お前との戦いは、必ず果たす。だが、それは某が選ぶ時にだ)
勿論ただ待つつもりはない。
某は配下に他の指示を出しつつ、戦の準備に取り掛かった。
【平将門】
俺の前に、平貞盛の軍が布陣していた。
数百の兵。
その中心には、魔穴で鍛えられたであろう武者たちが控えている。
武具も、一般の兵とは明らかに違う。強力なものだ。
「将門! 父の仇、ここで討つ!」
貞盛の叫びが、俺のもとに届く。
その目には、憎悪が宿っている。
(父の仇、か)
俺は、国香を討った。
それは、変えようのない事実だ。
ならば、貞盛が俺を討とうとするのも、道理だろう。
だが、俺は負けるつもりはない。
「貞盛。お前の気持ちは分かる。だが、俺は負けん」
俺が言うと、背後から声がした。
「将門様、拙僧らにここはお任せくださいませ」
振り返ると、そこには一人の法師がいた。
道元を名乗る、俺に協力する術師の一人だ。
道元は老人であるが、その目には欲が色濃く宿っていた。
金、名声、権力。
そういった世俗の欲に塗れた目だ。
新皇を宣言してから、この様な者達も俺のもとに集うようになっていた。
「拙僧の術、お見せいたしましょう」
道元が、そう言って手を掲げた。
すると、俺の軍の後方から、何かが現れた。
それは、俺だった。
むろん俺そのものではない。
俺に似せた、金属の像だ。
一体、二体、三体……十体、二十体。
次々と、俺の姿をした金属の像が現れる。
「これは……何とも言い難いな」
俺自身も、驚いた。
道元の術は聞いていたし、何やら準備をしているとも。
しかしこうして、実際に見るのは初めてだ。
「祈りにより仏像が動くのと、同じ理屈でございます。将門様のお姿に似せた像を作り、法力を込めますれば、このように動くのです」
道元が、得意げに説明する。
この法師とその一門が得意とする、操像の術。
こうして目の当たりにすると、異様さが際立った。
「そして、この像は、将門様の力の一部を再現できます。もちろん、本物には遠く及びませんが」
金属の像が、俺と同じように刀を構えた。
「さらに、金属の像ですから、矢や槍を受けても怯みませぬ」
道元の言葉通り、貞盛の軍が矢を放った。
だが、金属の像に矢が当たっても、弾かれるだけだ。
「では、この力のほどを、とくと御覧じろ……行けい!」
道元が命じると、金属の像たちが一斉に走り出した。
貞盛の軍が、慌てふためく。
「なんだ、あれは!?」
「将門が……将門が無数に!?」
金属の像たちが、貞盛の軍に突撃した。刀を振るい、兵を薙ぎ払う。
貞盛の兵たちが、必死に抵抗する。
だが、金属の像は倒れない。矢を受けても、槍で突かれても、立ち上がって戦い続ける。
生身ではないのだ。
そも痛みなど感じない俺の像は、相手にとって悪夢のような相手であろう。
「ひっ……化け物だ!」
「逃げろ!」
貞盛の軍が、崩れ始めた。兵たちが、我先にと逃げ出す。
「待て! 逃げるな!」
貞盛が叫ぶが、兵たちは聞かなかった。
恐怖が、全てを支配していた。
やがて、貞盛の軍は完全に崩壊した。主な将は討ち取られ、兵は四散した。
貞盛自身は、辛うじて逃げ延びたようだが、その姿は無残だった。
「……完勝、ですな」
道元が、満足そうに言った。
だが、俺は複雑な気持ちだった。
(これが、戦か)
金属の像による、一方的な蹂躙。それは、確かに勝利だ。だが、俺が望んだ戦ではない。
俺が望んだのは、武人としての戦いだ。全力でぶつかり合い、力を競う。そういう戦いだ。
「将門様、如何なされました?」
道元が、俺の顔を覗き込む。
「……いや、何でもない」
俺は、首を振った。
望んだ形ではないが、これも勝利だ。
今は、なにより勝利を優先すべきであり、これはその始まりにすぎない。
だが、同時に思う。
(秀郷殿には、この手は通じまい)
あの男は、俺の力を見抜いた。ならば、この金属の像のからくりも、見抜くだろう。
そもそもあの男ならば、この様な像でさえ打ち倒しかねぬ。
かつて秀郷が対峙したという大百足は、この像の比ではあるまい。
(秀郷殿が動いてからが、本番だ)
俺は、西の空を見た。そこから、官軍が来る。そして、秀郷も来る。
(待っているぞ、秀郷殿。俺と、全力で戦おう)
俺は、心の中でそう呟いた。武人として、魂を燃やす戦いを。
その日を、俺は心待ちにしていた。
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