連動作戦3
ロシア戦線とオスマン戦線での同時攻勢は、大日本帝国陸軍派遣軍の大規模砲撃により開始された。大日本帝国陸軍の『火力至上主義』の真価が発揮された。それは第二神聖ローマ帝国陸軍には、到底真似できる事では無かった。何せ第二神聖ローマ帝国陸軍は、補給兵站線が既に破綻していた。
あまりにも大軍を投入し過ぎており、その負担は当初の想定を遥かに上回るものになっていた。何せ軍隊とは『究極の消耗手段』であり、ある意味で何ら生産性を有さない消費するだけの存在だった。国防という国家存亡に関わる重要なそして崇高な任務があるが、その維持には圧倒的な物資が必要不可欠だった。
それが戦争ともなると必要不可欠な物資は、膨大なものになっていた。軍隊を構成するのが軍人である以上、存在するだけで3食の食事が必要不可欠であり、行動や作戦を開始すればそれだけで燃料弾薬は必要不可欠となる。その機能を維持する為には補給兵站線の構築と、膨大な軍需物資が必要不可欠だった。
だが第二神聖ローマ帝国はロシア帝国侵攻と、その膠着状態打破の為にオスマン帝国侵攻を行ったが、その二正面作戦は第二神聖ローマ帝国に過度な負担となっていた。アメリカ合衆国からは軍事援助を受け、更にはある種のバーター取引でアメリカ合衆国陸軍と海兵隊を派遣してもらったが、そもそもの補給兵站線が破綻していた。
輸送する為の軍用トラックはヨーロッパ中からかき集めても全く足りず、軍馬も徴用して輸送していたがそれも負担であった。そして最大の負担はヨーロッパとロシア帝国での鉄道の規格が違った事だった。
これにより第二神聖ローマ帝国は侵攻を続けて占領した地域は、ロシア帝国が敷設した『広軌』からヨーロッパ全域が採用している『標準軌』に敷設し直していた。これが補給兵站線への最大の負担になっていたのである。
その他諸々の負担により第二神聖ローマ帝国の兵站は破綻し、今回の大日本帝国陸軍の各派遣軍の攻撃には全く反撃出来なかった。何せ大日本帝国陸軍の各派遣軍の攻撃は苛烈であった。派遣軍は機械化歩兵師団、機甲師団、空挺師団に配備されている榴弾砲や自走砲、自走噴進砲を合計すると12500門にも及んだのだ。
それらが全て砲身交換を必要とする程に、壮絶な砲撃を行うのである。その為に必要となる軍需物資の量は膨大な数になり、砲撃前に交換用の砲身を用意するのは大日本帝国陸軍くらいであった。また補給兵站線は完璧に維持されており、消耗しても翌日には届けられるという、驚異的な補給体制が構築されていた。
その壮絶な砲撃により第二神聖ローマ帝国陸軍の防衛陣地は、甚大な被害を被った。そこを大日本帝国陸軍の、ロシア派遣軍司令官山下奉文大将とオスマン派遣軍司令官本間雅晴大将はそれぞれの戦車部隊に対して、突撃を命令した。




