連動作戦2
ロシア戦線とオスマン戦線は当事国のロシア帝国とオスマン帝国の各陸軍を差し置いて、大日本帝国陸軍ロシア派遣軍とオスマン派遣軍が主力となって連動作戦を開始した。何せ60個師団を有するのが大日本帝国陸軍ロシア派遣軍とオスマン派遣軍だったのである。とは言えロシア帝国陸軍とオスマン帝国陸軍も、大日本帝国からの大規模軍事援助により戦力を充実させていた。
大日本帝国からの途切れることの無い、湯水の如く溢れ出る大規模軍事援助にロシア帝国とオスマン帝国は助けられていた。それは単純に『前線に絶え間なく補給物資が行き渡る』という事に、表れていた。当たり前だと思うかもしれないが、実はこれは大日本帝国にしか実現不可能であったのである。
大日本帝国の補給兵站線構築は他国を隔絶しており、その補給物資は確実に前線部隊に届けられていた。これにより大日本帝国陸軍はロシア派遣軍とオスマン派遣軍という、各60個師団を誇る大規模な戦力を縦横無尽に動かす事が出来ていたのである。
それに対して攻勢を受ける事になった第二神聖ローマ帝国陸軍であるが、スモレンスク攻防戦とババエスキ攻防戦を終えてから進撃を停止していた。何せロシア戦線には約350個師団約700万人・戦車は約8000輌・航空機は約7000機・火砲約1万2000門を投入し、オスマン戦線には約100個師団約200万人・戦車は約1000輌・航空機は約900機・火砲約3000門を投入しており、前線での兵站が完全に破綻していた。
第二神聖ローマ帝国の不断の努力により兵站部隊は非常に増えたのだが、とにかく鉄道駅から前線を結ぶ自動車、トラックの不足が大きな問題となっていた。馬車での輸送も行われたが、馬は昔から大量の飼い葉と水を消費する上に、トラックに比べて輸送力が非常に低かった。その上寒さに弱いことは、ナポレオンの遠征でも立証済みだった。
そんな状況の為に大日本帝国による連動作戦開始を受けて、第二神聖ローマ帝国陸軍はある種パニック状態に近いものになった。




