海戦の影響
第二次ミッドウェー海戦の大日本帝国海軍連合艦隊の大勝利、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊の大敗北は世界各国の知る事になった。大日本帝国海軍連合艦隊がまたしても歴史の1ページに、その名を刻んだ瞬間だった。何せ大日本帝国海軍連合艦隊合計72隻、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊合計58隻の超弩級戦艦による壮絶なる砲撃戦だったのだ。
その大規模な海戦で大日本帝国海軍連合艦隊は1隻の撃沈も出さずに、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊の半数を撃沈させ残る半数も良くて中破状態であり、軍事用語上の全滅状態となったのである。これにより太平洋の制海権は大日本帝国が完全掌握する事になり、戦争の流れに変化が生じた機会となった。
何せアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊は軍事用語上の全滅状態であり、最低8ヶ月は行動不可能と見積もられていた。こうなると太平洋での大日本帝国海軍連合艦隊は、完全なる自由行動が約束されたも同然だった。
大日本帝国は中華民国の侵攻を撃退し逆侵攻で中華民国を無条件降伏に追い込み、アメリカ合衆国も艦隊決戦により海軍兵力を全滅状態にし、直接的脅威を排除したのだ。その状況でロシア戦線とオスマン戦線に大規模な陸軍を派遣している事から、大日本帝国が次に何処に注力するかは明白であった。
それは第二神聖ローマ帝国が世界のどの国よりも、強く理解していた。何せロシア帝国とオスマン帝国に侵攻している張本人であったからだ。第二神聖ローマ帝国にとっては、非常に憂慮すべき事態となった。ただでさえロシア戦線とオスマン戦線に大日本帝国陸軍が大規模な部隊を派遣しているのは知っていたが、今回の第二次ミッドウェー海戦での大日本帝国海軍連合艦隊の大勝利によりその規模が拡大するのは火を見るより明らかだった。
何せ大日本帝国に直接的脅威を与えられる存在が無くなったのだ。第二神聖ローマ帝国にとっては、海軍の対潜哨戒部隊の派遣はある意味で無意味なものになった。確かにロシア戦線とオスマン戦線にアメリカ合衆国陸軍と海兵隊が派遣されて来たが、それを考慮してもロシア戦線とオスマン戦線が優位になるとは言えなかった。
アメリカ合衆国は海軍の大敗北の対処に追われ、ロシア戦線とオスマン戦線への影響にまではまだ気を回せなかったが、第二神聖ローマ帝国は影響について最優先事項として対策を練る事にした。




