緊急対策会議8
第二次ミッドウェー海戦の大勝利から数時間後、大日本帝国では黒崎妖華総理が首相官邸で緊急対策会議を開催した。閣僚全員と、風間皇軍統合作戦司令本部総長を筆頭に大日本帝国軍の幹部陣と、川島皇軍戦略情報局長官と幹部陣も出席していた。緊急対策会議の冒頭黒崎総理は、連合艦隊司令長官高橋知里大将に直接海軍連合艦隊の大勝利を称えた。
閣僚全員と、風間皇軍統合作戦司令本部総長を筆頭に大日本帝国軍の幹部陣と、川島皇軍戦略情報局長官と幹部陣も拍手をしてその大勝利を称えた。何せアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊は超弩級戦艦の半数を撃沈される被害を出し、撤退を開始した。残る半数も良くて中破という被害であり、軍事用語上の全滅状態だった。
それに対して大日本帝国海軍連合艦隊は最悪で中破であり、撃沈された超弩級戦艦はいなかったが超弩級戦艦群は大なり小なり被害を受けていた。だが大日本帝国海軍連合艦隊は被害の大きな超弩級戦艦を撤退させただけであり、作戦行動可能な艦隊はミッドウェー島奪還作戦を開始し、見事にミッドウェー島奪還を果たした。アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊合計58隻の超弩級戦艦を軍事用語上、全滅状態にさせた事により太平洋の制海権は大日本帝国海軍連合艦隊が完全掌握する事になったのである。
これは歴史上史上初の快挙であった。大日本帝国海軍連合艦隊は、史上類を見ない絶対的優位性を確立する事が出来たのだ。高橋連合艦隊司令長官は立ち上がり礼を述べたが、決してアメリカ合衆国は侮れないと語った。何せ皇軍戦略情報局の諜報活動により、アメリカ合衆国は大日本帝国に比して7割に迫る造船能力を有していたのだ。海岸線の全長は大日本帝国が約11万キロ、アメリカ合衆国が約3万キロであり造船所の数は大日本帝国が世界最大であり圧倒的な数を誇っていた。
大日本帝国とアメリカ合衆国は第二次世界大戦勃発により、お互いに造船所の大規模な拡張を行っており総数が拡大していった為にその差は埋まること無くお互いが拡大させていった。
大日本帝国海軍連合艦隊も撃沈した超弩級戦艦は無かったが、大なり小なり被害を受けておりその修理には暫く時間が必要だった。だがアメリカ合衆国海軍は軍事用語上の全滅状態であり、造船能力を考慮するとその修理にはかなりの時間が必要とされた。
黒崎総理はその点について、川島皇軍戦略情報局長官にアメリカ合衆国の造船体制について尋ねた。




