第二次ミッドウェー海戦3
次発装填装置により発射された酸素魚雷は、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊水雷戦隊に追い討ちを掛けた。何せ世界的に雷撃は艦艇に搭載する魚雷発射管の数だけ、というのが共通認識だったのだ。その為にアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊水雷戦隊にしても、大日本帝国海軍連合艦隊水雷艦隊の雷撃は終わったと思っていたのだ。だがそれは間違いだった。
大日本帝国海軍は独自装備として『次発装填装置』を開発していたのである。これは非常に画期的なものであり魚雷発射管に装填された酸素魚雷を発射した後に、その場で再装填が可能になっていたのだ。これは驚くべきものだった。
通常の認識では魚雷は撃ち尽くすと、帰港してから再装填するものであった。だが大日本帝国海軍はその認識を打ち破ったのである。安心していたアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊水雷戦隊に、再び酸素魚雷が次々と命中したのだ。そこに至りアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊水雷戦隊は、パニック状態となった。
撃沈されるのみならず回避行動を誤り、僚艦に衝突する事故が発生した。巡洋艦ボルチモア級同士で激突するもの、駆逐艦ベンハム級のある艦は巡洋艦ボルチモア級に衝突され、船体破断により沈没してしまったのだ。だがアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊水雷戦隊の悪夢は終わらなかった。酸素魚雷を撃ち尽くした打撃巡洋艦愛宕級・巡洋艦阿賀野級・駆逐艦秋月級は、砲撃を開始したのである。
巡洋艦阿賀野級は23センチ連装砲4基8門と10センチ連装両用砲8基16門を、駆逐艦秋月級は10センチ連装両用砲6基12門を次々と斉射した。その中で矢張り群を抜いていたのが、打撃巡洋艦愛宕級による33センチ3連装砲4基12門と10センチ連装両用砲16基32門の砲撃だった。
何せ打撃巡洋艦愛宕級の主砲は巡洋艦では前代未聞の31センチ砲を搭載していた。かつての超弩級戦艦河内級の全長235メートルを上回る、全長260メートルを誇る巨大巡洋艦だった。あまりの巨体と巡洋艦にあるまじき主砲により、何をもって巡洋艦とするのか疑問を感じざるをえない存在である程だった。
その打撃巡洋艦愛宕級の33センチ主砲は、巡洋艦ボルチモア級と駆逐艦ベンハム級を次々と撃沈させていった。あまりの被害の大きさにアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊水雷戦隊指揮官は、撤退を決断し全水雷戦隊に命令を下した。
それを受けて各艦は煙幕を展開し撤退を開始したのである。対する大日本帝国海軍連合艦隊水雷艦隊は、追撃はせずに主力艦隊に後を任せる事にしこちらも撤退を命令したのである。
こうして大日本帝国海軍とアメリカ合衆国海軍の水雷部隊は、撤退を開始した。海戦第一段階は大日本帝国海軍連合艦隊水雷艦隊の圧勝に終わったのである。
そしてそれは続けて海戦第二段階の主力艦隊による艦隊決戦の始まりでもあった。




