とある高地6
上空からの制圧射撃で崩れかけた戦線をなんとか手当しつつ、戦いを継続していた共和国軍だったが、戦いの終結は唐突にやってきた。
共和国軍に戦闘中止の信号弾が撃ち上げられ、余力のまったく残っていない王国軍は追撃することもできず、帰るのならどうぞお帰りくださいという状況になったのだ。
ただ、塹壕内に突入して白兵戦となっていた部隊は信号弾に気づくのが遅れ、流す必要がなかった血が流れたというのは双方にとって悲劇ではあった。
しかし、これも戦場の混乱のなか仕方がなかったことかもしれない。
* * *
誰がどう決着をつけたのか知らないが、共和国軍からは遅れたものの本国より通信があり、王国軍にも戦闘中止の命が下った。
高地の王国陣地では、負傷者の手当をする者、疲労困憊、精根尽つき果てて突っ伏す者……いまは銃撃の音は消え、負傷者のうめき声が聞こえるのみだった。
暗闇の中、例の断崖絶壁にオウルとアウィスの姿があった。彼らの役割は終わったとして、明朝の正式な停戦の前に姿を消そうとしているのだ。
華々しい戦歴が宣伝となる傭兵とは違って、影働きを旨とする彼ら〈杜〉の〈狩人〉は、顔や名が売れてよいことなどなにひとつないからだ。
そこへ、軍曹をはじめとした王国陸軍の面々《めんめん》が現れた。アウィスと共に重機関銃手や狙撃手を務めていた選抜射手の姿もある。いま動ける者は、ほとんど集まっているようだった。
オウルがアウィスの顔を見ると、アウィスは黙って首を振ってささやいた。
「ずいぶんと勘のよいことだ」
「見送りを頼んだ覚えはないゼ」
オウルが小声でそういうと、軍曹が敬礼して、ほかの兵たちもそれにならった。
暗闇の中、兵士たちの目がふたりの〈狩人〉の目を射た。
ふたりの〈狩人〉も返礼した。
「じゃあな」
オウルの唇がそう動き、アウィスが全員の顔を見てからうなずくとふたりの〈狩人〉は崖の向こうの闇へ音もなく消えた。
* * *
「苦労をかけてしまったようだな。よくやってくれた」
「いいえ。その程度で済んで幸いでした。同志コドロフ」
副官に労いの言葉をかけつつ、本当に幸運だったのだろうとアレクサンドルは思った。
〈狩人〉に狙われたとき、アレクサンドルは咄嗟に身を隠そうとしているところだった(アレクサンドルは、あの目が合った少年のような若い王国軍兵士を〈狩人〉だと信じて疑わなかった)。
自身の安全ということに関しては極度に敏感なアレクサンドルは、いきなり真っ昼間のようになって棒立ちとなる周囲の将兵の誰よりも早く身を伏せようとした。
それがアレクサンドルを救った。
アウィスが放った一撃は、アレクサンドルの鉄帽をかすめた。
鉄帽は跳ね飛ばされ、銃弾が大口径だっただけにアレクサンドルは衝撃で意識を失いはした。しかし、致命傷とはならなかった。
もし、あのまま棒立ちだったら、きっと胸に大穴が開いていたことだろう。
暗殺とは違い殺生ではなく、戦闘力を奪うのが主たる目的である戦場の狙撃では、的が小さい頭をわざわざ狙う必要などないのだ。
副官の報告によれば、アレクサンドルが意識を失った後も攻勢を続けたが、王国軍輸送機からの機銃掃射による援護で持ち直した王国軍陣地は落ちず……というより、攻勢中、攻撃中止の命が本国より下ったのだという。
「“政治”か……」
アレクサンドルは「いつまで、我々は政治屋の駆け引きの道具にされ続けなければならないのだろう?」と気分が落ち込む自分を意識した。
まあ、今はよしとしよう。
「お互い。また生き残ったな」
アレクサンドルは副官に言った。
* * *
翌朝、王国陸軍の軍曹とアレクサンドルが王国軍撤退の手順を打ち合わせることとなった。
本来、将官同士で行われる事柄だが、王国軍は司令部が爆撃で壊滅し下士官しか残らず、軍曹が最先任だということだったからだ。
「昨晩、機関銃手を務めていた少年のような若い兵士がいただろう?」
アレクサンドルは一通り確認事項を消化すると、軍曹に尋ねた。
「さて、大戦時ならいざしらず、現在の王国陸軍には少年兵はおりませんが……」
はぐらかすつもりか……そういえば、〈杜の民〉、中でも〈狩人〉は人前に出るのを極度に嫌うという話を聞いたことがある。
たしかに、周囲の人間には〈狩人〉に会ったことがあるという者はいない。
でも、アレクサンドルには予感があった。
私が、そして〈狩人〉が戦い続ける限り、また、どこかの戦場で遭うことになるだろう。それが好ましいものだったとしても、好まざるものであったとしても、きっと。




