第一話 運命の人々 由紀乃
今、現在、自分がかかわっている人たちは、たぶん前世でも会っていた人たちだと思います。
パッと出会って、すごく親しくなれる人ってそうだと思います。
朝、すっかり陽が高くなった頃、誰かが廊下を歩く音とブツブツ言う声が聞こえてきた。
そう、私は何となく夢心地でそれを聞き、気配を感じていた。
いきなり、どっかのドアが開き、
「竜、お前っ、夕べ朝帰りだろっ、連絡もしないでっ」
と、言いながら誰かが入ってきた。
私は少しうるさいと感じながらも毛布の中で寝返りを打つ。まさかその言葉が自分に発せられたものだとは思ってもみなかった。
「あっちの家でも心配していたぞ。竜っ、竜介。おいっ起きろよ」
と、かぶっていた毛布をはがされた。
「え?」
もしかして、今のは全部、私に言われたことだったの? そう思って目を開ける。
そこには毛布をはがした本人も、私のことを固まって見ていた。声も出ないらしい。
ばっちり目が合う。完全に目が覚めた。
少し加藤の双子に似た背の高い好青年がそこにいた。クッキリした目が私を見ていた。私たちよりも二、三歳年上かな?大学生のようだ。
ああ、そういえば、竜介には従兄がいるって言ってた。寝起きの頭の中で、やっと夕べのことが思い出された。
その青年も我に返り、慌てて毛布を返してくれた。
「あ・・・・・・、すみません。竜介だと思って・・・・・・」
普通はそうでしょう、と思う。ここは竜介の部屋なのだから。よかった。夕べパジャマに着替えておいて。下着姿だったりしたら騒ぎが大きくなる。
私は起き上がって、竜介の従兄に笑いかけた。
「お~い」
竜介だった。部屋を覗き込んでいた。
「あ~っ、光司くん、女の子、襲ってる」
と言って、にやにやしていた。
「あっ竜、なんで竜がそっちにいるんだよっ」
光司と呼ばれた青年は、竜介と私を交互に見た。
今度は別のドアが開いた。
「うるさいぞ、私は夜勤明けだ。もう少し気をつかえ、気を」
言葉遣いは荒いが、なかなか整った顔立ちの女性が出てきた。目元が光司そっくりだった。
「あ、母さん、起こしちゃった。・・・・っていうか、お客さんだよ。竜が女の子、連れてきた」
眠そうで機嫌の悪そうだった女性の表情が一変する。
「えっ、竜がついに女の子を連れ込んだのかっ」
と、その女性も部屋へ入ってきた。
光司が母と呼ぶこの女性が、竜介の叔母だろう。挨拶しなきゃと思い、ベッドから出て、髪を手櫛で整える。
「神宮字由紀乃です。夕べ竜介くんとカラオケに行って、そのまま泊めていただきました。お邪魔しています」
ぺこりと頭を下げた。
「由紀乃ちゃんっていうんだ。よろしく。私は竜介の叔母で、小宮山孝江です。こっちにいるのが私の息子、東野光司。名字がみんな違うんだ」
「あ、そうですね」
孝江は言いなれている様子で、悪びれずにいう。
「そう、私は離婚していて旧姓に戻ったから小宮山。光司はそのまま父親の姓、そして居候だけど、一番態度のでかい、この甥が加藤。ここは三つの表札があるところ」
孝江は、あははは、と豪快に笑った。それにつられて私も笑ってしまった。
「もう少し寝ようと思ったけど、目がさめちゃったことだし」
孝江はそこで大きな伸びをして、言葉を切った。
「お~い、光司っコーヒーっ」
すぐ近くにいる光司に、孝江はまるで遠くにいるかのように声を張り上げて言った。
光司は、はいはい、と返事をし、部屋から出た。下へ降りていく。孝江もその後を行く。
改めて竜介と目が合った。
「おはよっ」
と、笑いかけると、向こうもおはよう、と返してきた。
少し恥ずかしい気分だった。下から孝江の声がする。
「竜介、降りて来い。由紀乃ちゃんもコーヒーだよ」
竜介は、ホォイともウォイともつかないような返事をした。その前に着替えたかったから、竜介に先に行ってて、と言った。ちょっとパジャマの裾を引っ張ると、竜介はその旨をわかってくれたようで、きちんとドアを閉めて出て行った。
一応、着替えも持っていた。
黒のレースタンクトップにグリーンのボーダーニットセーターを着る。下はスキニージーンズ。
部屋の横にある洗面所で簡単に顔を洗って、どっかでもらった試供品の化粧水をつける。いつもなら少しだけメイクもするが、化粧品セットまでは持ってきていなかった。泊まる誰かのを借りればいいと思っていたから。まさか、化粧をしない男の子のところへ泊まることになるとは思っていなかった。
下へ降りていくと、リビングルームに光司がコーヒーを持っていくところだった。
孝江が一人掛けのソファに座り、竜介は、たぶん夕べベッド代わりにしていた三人掛けのソファに座っていた。
孝江は着替えてきた私を見るとにんまり笑い、目を細めた。
「かっわいいなぁ、由紀乃ちゃん。私はこういう娘がほしかったんだ」
と孝江が言うと、竜介も光司も首をすくめて皮肉っぽく笑った。
「由紀乃ちゃん、竜介の隣、座って」
「はい」
遠慮がちに竜介と少し離れて座った。
孝江が大きなマグカップを受け取り、ガブリとブラックのまま飲んだ。
光司は来客用なのだろう、花柄のかわいいコーヒーカップをソーサーに乗せて、私の前においてくれた。
「由紀乃ちゃん、砂糖とミルクは?」
と聞いてきた。
「あ、自分で・・・・」
と言いかけたが、もう光司は砂糖のポットを手にして待っていた。こういうことにかなり慣れている感じだった。
「砂糖は二杯で、ミルクは少しだけお願いします」
光司の手はその言葉通り、さっと入れてかき混ぜてくれた。
「甘党か、子供だな」
竜介が少しバカにしたような言い方をした。むっとして竜介を睨む。
「悪かったわね、子供で」
光司は黙って、そのまま竜介のコーヒーにも砂糖とミルクを入れようとしていた。
「あ、光司くん、オレは砂糖一杯で・・・・」
光司は一時、その手を止めるが、何言ってんだ、と言わんばかりに無視して砂糖を二杯入れた。
「はい、いつものお子様コーヒー」
と竜介の前に置いた。
私の手前、少し見栄を張っていたらしい。思わず笑った。
光司も笑いながら、自分のコーヒーマグを取り、一人掛けのソファーへどっかり座った。
それぞれがコーヒーを口にする。眠気を覚ますためのカフェインを体内に取り入れている。
不思議な空間だと思った。
竜介もその叔母の孝江も、光司も。知り合って間もないというのに、そういうよそよそしさがなかった。人懐っこい人柄もあるのだろうが、全く違和感もなく、私自身も馴染んでいた。
なぜか、懐かしい温かい空間を感じていた。もうずっと昔から知っていたようなそんな感覚。あの時、竜介を見た時のように、長く会っていなかった愛しい人に会えたような・・・・。愛しい人?何を考えているのだろうと思う。
明け方から寝て、四、五時間くらい寝ただろうか。眠気は覚めていた。
光司の入れてくれたコーヒーは格別においしかった。いつも飲むコーヒー、いや、コーヒー専門店のものよりもおいしいかもしれない。
チラリと光司を見ると、向こうも私の視線を感じたのか、こっちを見た。
「あ、コーヒーが、すこくおいしいから、すごいなって思って」
それを聞いて、竜介も孝江も自分がほめられたかのように顔をほころばせた。
竜介が得意げに言った。
「光司くんはプロだもん。それだけじゃなくて、料理もうまいんだ。有田駅の前にあるスターボックスっていう店、知ってる?」
「あ、聞いたことある。入ったことはないけど」
小さな店だが、コーヒーと定食がおいしいと有名だった。
「あそこの隠れシェフだよ」
「隠れシェフ?」
「うん、バイトしてて、あそこのメニュー全部、おいしく作りかえた。そして新人のバイトでも同じように作れるように、マニュアルも作って、自分はただのウエイターですって顔して、料理を運んでる」
「へーえ」
それはすごいと思う。改めて光司を見る。二十歳か二十一歳くらいだろう。光司は竜介の言葉に恥ずかしそうにしていた。




