第四話
「母のつき合っていた人から手紙を受け取っていたんだって。おばあちゃんがおじいちゃんとそう話してた。それももう一年も前からなの。その人は母が亡くなったこと、知らなかったみたい。だから、最初は母への手紙として着いたんだって。一年前って私はもう立派な高校生なの。状況がよくわからないような小学生じゃないのに、私になにも言ってくれなかった。教えてくれなかったの」
由紀乃は思いつめた顔をする。かなりショックだったらしい。
「なあ、それ、本当の由紀乃のお父さんなのか」
と聞く。
もともとそれは由紀乃が盗み聞きしたことだ。どこまで詳しく話していたのかわからない。
「わかんないの。相手も、母が私を産んだことも知らなかったそうだし、アメリカ留学のときのことだから、他の友人もバラバラになっていて、情報があまりなかったみたい。母は私を、もしかして・・・・・一人で帰国して、始末するつもりだったのかもしれない」
グアッと体温が上がった。そんな事を言う由紀乃に腹を立てていた。
「よせよっ、始末なんて言うな。自分のお母さんだろっ自分のことだしっ」
「そうだけど・・・・。当時大学生だったのよ。そのつきあっている人にも言わないで日本へ帰ってくるって、そういうことでしょ。産むつもりなら妊娠のこと、言うわよ。ちょっと産みに帰ってくるとかさ」
そんなに簡単な事じゃないと思うが。
「私がショックだったのはそんなことじゃない。そういうことはもうとっくに考えていて、考えつくしてもう悩むことから脱出しているの。大丈夫。私は、おじいちゃんとおばあちゃんが、父親かもしれない人の手紙を内緒にしていたことが嫌だったの。なんか騙されてたような気がして。もし、今夜まともに顔を合わせたら、言わなくていいことまで言っちゃいそうで、自分が怖かったの。それで、ずっと部屋に閉じこもっていたけど、やっぱり出てきちゃった」
由紀乃はまた口をつぐんだ。そこまでが話の限界だったようだ。少し涙で目が潤んでいる。
おれはなんとなくだけど、由紀乃の祖父母の気持ちもわかるような気がした。ずっとわからなかった由紀乃の父親らしい人物から手紙が届いた。もう十五年ほどほったらかしになっていたのに。由紀乃の母はもうこの世にはいないし、その人が本当の父親かなんて、誰が知ってるんだ。そんなこと、確証もないのに、安易にかわいい孫娘に打ち明けられないだろう。
まあ、内緒でDNA検査でもして親子鑑定してもらうとかなら確実なんだろうけど、その父親だって自分の子供が生まれているなんて知らなかったらしい。顔も見ていないのに、親子鑑定なんてできるものか。いきなり、この子があなたの娘ですって高校生が現れたら、そっちの方が引く。
そんなに大騒ぎして、はい、別人でしたなんてことになったら、由紀乃は今の何倍もショックを受けるかもしれない。
「なあ、俺にはよくわかんないけどさ、由紀乃のおじいさんとおばあさん、由紀乃がまだ、子供だから言わなかったんじゃないと思う」
由紀乃が顔を上げた。オレをじっと見ている。
こんなに至近距離で、そんなに真剣な眼差しで女の子に見つめられたのは初めてだけど、オレは目をそらすことなく、言った。
「その人が確実に由紀乃のお父さんだってわかるまで、伏せておこうと思ったんじゃないかな。先にそんなことで大騒ぎになって、人違いですなんて言われたら、やだろ?たぶん、おじいさんたちもどうしていいかわからないんじゃないか?騙されたなんていうなよ。おじいさんたちだって戸惑ってるんだからさ。かわいそうだ」
由紀乃はじっと瞬きもせず、オレを見て知明レベルのセリフを聞いていた。オレ自身もびっくりしている。
ふっと由紀乃の顔がほころんだ。
「そっか、そんなふうに考えたことなかった。私、自分の事ばかり考えてて、自分だけ邪険にされてたように思ってた。おじいちゃんたちがそのことでどう考えていたかなんて全然、気にしていなかった。本当に」
「そっか」
「ありがとう。そこに気づかせてくれて」
なんとなく緊張が解けて、オレは再びハンバーグを頬張った。由紀乃自身も落ち着いたようで、やっとチーズケーキを口に運び、冷めてしまった紅茶を飲んだ。
「なんか不思議だね。竜介くんとはさっき会ったばかりなのに、なんでこんなプライベートな悩みを話しちゃったんだろう。竜介くんが知明くんと双子だからかな。顔がそっくりだから」
「でもさ、お前、似てないって言ったろっ」
由紀乃はそうだった、とばかりに笑った。
「そうだけどさ、私、あの時泣きそうだったの。そんな気持ちで歩いてたの。そしたら竜介くんがいた。その時は知明くんだとばかり思っていたけどね。竜介くんをみたら、気持ちが温かくなったの。ほっとしたっていうか、すごく懐かしい人に会えたって思って見てたの」
「ああ、それでトラックがくるのがわかったんだ」
「そう」
なるほど、だてに同じ顔をして生まれてきたんじゃない。知明と双子だったから救われたってことだ。嫌な思いもしてきたけど助かったわけだ。
オレを見て懐かしい? それは知明に似ているからなのか?
まあ、そこのところは深く考えなくてもいいか。
「ところでさ、お前、家出じゃないんだろうな」
一応、重要なところを聞いておく。
家出なら、説得して家へ帰すつもりでいた。自分も実家から喧嘩して飛び出してきたことは、この際考えないでいる。
「また、お前って言った。由紀乃って呼んでよ。竜介くんさ、彼女のこともお前って呼んでるの?嫌がられない?。私は家出じゃないよ。ガラス戸越しに、友達ンとこに泊まるからって言って出てきたもん」
由紀乃は少しばかり罪の意識を感じている様子で、目を伏せた。
オレの彼女?余計なお世話だ。そんなもん、いるか。
「ギリギリセーフってとこか。まあ、いいか。じゃ、行くところはあるんだろうな」
と念を押す。
もう十時を過ぎていた。もし、由紀乃が向かうところが全く別方向でも送って行こうと思っていた。
いつになく、紳士だ。でも、こいつは放っておけない。そういう衝動に駆られる。命の恩人だからだろうか。それとも何か他の感情があるのか。
「あたりまえよ」
由紀乃はそう言うと、携帯電話を取り出した。テーブルの下でどこかへかけていた。
「あ、由美?今どこ?あ・・・・そうなんだ。ううん、いいの。じゃまたね」
なんだ、今から行先を探すのか。二人目も家にいないらしい。この時間からは無理かもしれないぞと思う。
三人目もだめだったらしい。大きなため息をついて携帯を閉じた。
由紀乃はオレの冷ややかな視線をまともに見ずにぼそりと言った。
「あ、大丈夫。ネットカフェとか行くから」
ぎょっとした。
あんなとこ、女子高校生が一人でいくのか。しかも泊まり?やばくないか。
オレは考えるより先に、口走っていた。
「じゃあさ、カラオケに行かないか?今夜はオールナイトでやってるし、オレがつきあうからさ。それで眠くなったら、オレんちへこいよ」
由紀乃のでっかい目が零れ落ちそうなくらいまで見開いていた。誤解されないように慌てて説明する。
「オレんちって言っても叔母さんと従兄もいるんだぞ。オレの部屋を貸してやるからさ。オレはソファで寝る」
そこのところをちゃんと言っておく。ただ単に友達を泊めるだけだというところを。
自分でも驚いていた。初対面の女の子をうちに誘うなんて。だけど、このまま由紀乃を独りでネットカフェに行かせるなんて、黙って見ていられなかった。第一、補導でもされたら目もあてられないだろう。うちの方がずっと安全だ。
由紀乃もなにやら、いろいろと考えていたみたいだが、やがてこっくりとうなづいた。
「ありがと、竜介くん。カラオケ、いこっ。そして疲れたら少し休ませてもらおうかな」
よかった。その返事で由紀乃がオレのことを全面的に信用してくれていると感じた。それならば、叔母の家の近くにあるカラオケハウスへ行くことにする。電車があるうちに移動しておけば、朝方歩いて帰ることができる。
カラオケハウス。いつもなら、男ばかりの剣道部でくる。歌ばかり歌っている奴、それに負けずに大声で話しているとか踊る奴もいる。剣士だって現代の若者だ。ハメを外す時はトコトン外す。
そんなカラオケに慣れている竜介は、由紀乃と二人だけでカラオケに入って、気まずい雰囲気になったらどうしようかと心配していた。でも、そんなことは必要なかった。
二人ともそこそこうまく、それでいて下手で、同じような歌手や歌が好きで、ずっと一緒にマイクを持って歌っていた。歌に疲れると他愛のないことをしゃべって笑った。そして、二人で寄り添うようにして、いつのまにか寝ていた。
竜介がはっとして起きた。もう明け方だった。ソファに寝そべっている由紀乃を起こす。
「おい、起きろ。ダメだ、こんなとこに寝てちゃ、うちへいこっ」
「う・・・・うん」
由紀乃はかなり眠そうにしていたが、目をこすりながら起き上った。
帰宅途中のコンビニで、缶コーヒーとサンドイッチを買った。二人でそれを食べながら歩く。まだ、薄暗く、誰もいない道をトボトボと。
やがて空が明るくなってきた。
鍵を開けて家の中へ入る。叔母の靴もあるからみんな帰っていた。
そっと二階へ上がった。由紀乃にオレの部屋を使ってもらうためだ。一昨日までものすごく散らかっていた部屋だが、虫の知らせ?というか、奇跡的に昨日、片づけていた。
夕べまで使っていたシーツをはがし、洗ってあるものに変えた。女の子にはこのくらいの配慮が必要だろう。
「じゃ、オレ、下のリビングで寝てるから」
「うん、ありがと。おやすみ」
由紀乃が笑顔で言った。
「おやすみ」
オレも答えた。なんかすごくいい雰囲気だった。オレはソファに寝転び、毛布をかぶってもしばらくニヤニヤしていた。




