第十一話 再び双子に生まれてきた意味
そんな時だった。玄関ドアが開く音がして、元気のいい孝江の声が響いた。
「ただいま」
その声に飛び上がるようにして起きる。私はパジャマの上にカーディガンを羽織り、すぐさま部屋から出る。
「おかえりなさい」
孝江と竜介が帰ってきた。孝江は笑顔を向けて来た。コートを脱ぐ。
「ああ、寒かった。なかなかタクシーがこなくて、ずっと外で待ってたから体が冷えちゃった」
そう言って手をこすり合わせる。
孝江は少し真剣な顔をして言った。
「知明のことは心配いらない。手術は無事に終わって、もう落ち着いているから」
それを聞いて安心した。
「なんかお腹空いた。あっちじゃ、夕飯を食べる時間がなくて。私、あと一時間したら仕事へいかなきゃ」
孝江はそう言って台所へ入り、冷蔵庫の中を物色していた。
竜介は顔を伏せたまま、ぼそりと言った。
「オレ、疲れてっから、もう寝る。おやすみ」
ジャケットも脱がないでそのまま二階へあがっていった。様子がおかしかった。いつもの竜介ではない。私と一度も目を合わせなかった。
孝江が残りご飯を盛る。お茶漬けにするらしい。
「知明はまた明日から透析を受けることになった。光司は病院で別れた。店へ出るって」
私は孝江にお茶を入れた。
孝江もいつもと違うと感じた。カラ元気に見える。何かあったんだとわかる。しかし、私は何も聞かずに待った。孝江の全く関係のない世間話に相槌を打つ。
何があったというのだろう。手術は問題なかったらしい。やはり知明の精神的なショックなのだろうか。
孝江があっという間にお茶漬けを食べ終わった。茶碗を流しに持っていく。
「由紀乃ちゃん」
「はい」
私に背を向けたままだ。その呼びかけには重みがある。
「後で竜介の様子、見てやってくれる?」
「はい?」
「あの二人、またやっちゃったの。竜介とその母親。私の姉だけどね」
竜介がお母さんと衝突をしたらしかった。
「いよいよ知明がオペ室へ入るって時に、姉が半狂乱になってね。せっかくもらった腎臓を取り出さないでほしいって、医者にすがりついたんだ。私もかなり言い聞かせたけど、もう全然聞き入れなくて、あの人、私を突き飛ばして、罵倒した。それはいつものことだからいいんだけど、そのすぐ後、竜介が落ち着かせるために言ったんだ。また、次の機会があるだろうって。知明もそう言っていたんだよ。また腎臓移植の希望を出すってね。竜が言った時、反応した。あの人、ものすごい顔で言った」
私はゴクリと唾を飲み込む。
「竜介に、双子として生まれてきて、自分だけ健康でいるなんて、知明に申し訳ないと思わないのかって、そう言ったんだよ」
唖然とした。自分の母親にそんなことを言われるなんて。
「皆が真っ青になった。姉も興奮状態で、自分の言ってることが分からなくなってきたんだろう。その場に泣き崩れた。それでも竜介は何も言わず我慢していた。いつもなら言い返すのに、何も言わないで堪えていたんだ。姉はすぐに別室に落ち着くまで寝かせてもらった。オペが無事に終わったことを確認してから、私が竜を連れて先に帰ってきた。竜も何も食べていないと思うから、もしお腹がすいていたら、なにか温かいものを作ってあげて」
「はい」
私は竜介の部屋の方向を見上げた。そんなことがあったのか。
孝江は時計を見て立ち上がる。
「あ、ごめん。もう行かなきゃ。後はよろしく頼みます。もし竜介が寝てるならいいけど。朝に帰るから」
孝江は再びコートを羽織る。ブーツを急いで履いて慌ただしく出ていった。
私はそっと二階の竜介の部屋のあたりを見上げた。
どうしよう。私も外でご飯を食べたから、孝江のようにお茶漬けしかできない。竜介に聞いて、ラーメンでもいいなら作ってもいい。
それとなく、足音を立てて階段を上がっていく。私が上がってくることがわかるように。不意にノックして驚かせないためだ。
竜介の部屋のドアをノックする。
「竜介くん?」
部屋の中からは物音ひとつしない。少し待った。
返事はない。部屋は暗いままだ。もう寝ているのかもしれない。
「お腹すいてたら何か作ろうと思ったの」
静寂が続く。
「寝てるみたいね。おやすみなさい」
寝ているのなら仕方がなかった。
本当は部屋を開けて、その様子を見たかったが、さすがにそこまではできない。もう一言声をかけようとしたが、そのまま息を飲む。
やめよう。竜介は寝てしまっているのだ。無理やり起こして、今夜の心の傷を再び疼かせることはない。でも、なんとなく私など入る余地もないのかと淋しく思う。
下へ降りようと思った。一歩、踏み出したその時、かすかな声が聞こえた。足を止める。
そして耳を澄ませた。
《由紀乃》
今度ははっきり聞こえた。
「竜介くん? 起きてたの」
返事はなかった。
「ごめん。入るよ」
このままでは話ができない。起きているのなら、その顔を見たかった。
そっとドアを開けた。中は真っ暗だった。廊下の明かりがさしこんで、竜介はベッドに入り、毛布をかぶっていることがわかった。
「ご飯は?」
「いらない」
電気をつけないでと言われた。
私はドアを閉めて、ベッド脇の大きなクッションの上に座った。竜介も起き上がる。少し沈黙があった。私もなんて言っていいかわからないし、竜介もどう説明していいのか戸惑っているのだろう。
「聞いた?」
「うん、孝江さんから聞いた。今夜のこと。竜介くんは何も言い返さなかったって」
再び間があいた。
竜介なりに気持ちの整理をしているのだろう。あまり感情的になると心の傷が疼くから、時々深呼吸をしてなるべく冷静にと落ち着けているのがわかる。このまま、竜介が何も言わなくてもいい。彼が寝入るまでここにいようと思う。
竜介はぼそりと言った。
「オレ、情けなくなったんだ。あの人、知明のことを万全に考えていると思ってた。今夜のあの人から狂気を感じた。怖くなったんだ」
確かに、使えなくなった腎臓を取り出すことを拒否することは普通ではない。
「あんなこと、面と向かって言われてさ、あそこまであの人、オレのことを憎んでたんだなって思った」
「憎むだなんて、そんな・・・・」
そんな過激な言葉が出てきたから驚いていた。
「オレが、知明の健康を吸い取っちまったんだ。それは申し訳ないと思ってる。でもさ、もし、オレの方が病弱だったとしても、あの人、こんなに必死にならなかったと思う」
「そんなこと・・・・・・」
どうしてそんなことが言えるのだろう。
「わかるよ。それは小さい時から感じていたことなんだ。知明の調子がいい時でもあの人は、オレのことは眼中になかった。オレにとっても、放っておかれてよかったんだけど、本当だよ。けど、あそこまではっきり言われるとショックだった。オレもあの人の子なんだなって思った」
竜介の声がつまった。
「そりゃ、つらいよ。たった一人のお母さんだもん。いっそのこと、オレ、もらわれてきた子供だったらどんなにいいかって思ったこともある。その方がオレは他人なんだ、だからあの人はオレを見ないって割り切れる。でも、ここまで知明とそっくりなんだからあり得ないしな」
そこで竜介は言葉を切る。泣いているのがわかった。暗闇でその顔は見えないが、すすり泣くような息づかいでわかる。
私はそんな竜介を抱きしめていた。母親が、泣いている子供を抱きしめるように。竜介も私に体を預けてきた。
つらかっただろう。いつも元気にしているが、母親から愛情を思うようにもらえなかったその寂しさは常に付きまとっていたのだろう。私のようにこの世にいなければ諦めきれるのに、彼はその存在に傷つけられていた。
何と言って慰めていいかわからない。
「ね、竜介くん。私、ずっとここにいる。だから、横になって眠って。疲れているし、何も食べていないんでしょ。一晩眠れば、気持ちが軽くなるかもしれないし」
そう言って、竜介を寝かせた。毛布をかぶせ、私はまた大きなクッションの上に座る。竜介の手を握っていた。
そう、竜介が寝入ったら、自分の部屋へ戻るつもりだった。いつしか、竜介のすすり泣きが途絶え、定期的な寝息に変わった時には私もそのベッドの脇に伏し、ウトウトしていた。そこまでは覚えている。そのうちに自分の部屋に戻らないといけないという意識があった。けれど、竜介の手を放したくなくて、もうちょっとだけと、甘えたことを考えてしまった。
私は、階下の玄関のドアが開閉するかすかな音を聞きつけていた。
はっとして目が覚める。もう外は明るくなっていた。私の背には毛布がかかっていた。目の前にはまだ寝ている竜介の顔があった。
階下で音がする。孝江が帰ってきていた。どうしよう。一晩を、竜介の部屋で過ごしてしまった。
私の部屋の襖は開けっ放しになっていたと思う。夕べ、孝江たちが帰ってきた時、部屋から飛び出したのだ。私は自分の部屋にいないときは襖をあけておくことが多かった。
たぶん、孝江は私が自分の部屋にいないことがわかっている。変な勘違いされても困る。弁解して謝らなきゃと思った。
「由紀乃?」
私の狼狽を感じ取ったのだろう。竜介が起きてしまった。
「ごめん。起こしちゃった」
「いや、いい。よく寝た」
必然的に声をひそめてしまう。
「どうしよう。私、ここに寝ちゃった。孝江さん、今帰ってきたみたい」
竜介の顔が引きつる。
「このまま、叔母ちゃんが一眠りするまで潜んでるか?」
今の私達はまるで悪戯がばれそうな子供たちだ。
「だめ、私の部屋、たぶん開けっ放し。いないってことがわかってる」
「あ、まったくもう」
竜介もやばいという顔をしていた。
「ねえ、私達、ただ寝てただけだからそう言おうよ。ただ、保護者としての孝江さんはいい顔しないと思うけど」
「うん、そうだな。正直に言おう」
竜介もベッドから出る。
階下へ降りていった。ドキドキする。もし、頭ごなしに叱られたらどうしよう。でも、私達は誤解され手も仕方がない。それは謝るべきなのだ。
二人して台所へ入る。
「おはよっ。由紀乃ちゃんと竜介」
顔を出すなり、そう言われて驚く。
「え、なんでわかったの」
竜介がいう。
「わかるさ。足音で誰かわかる。探偵になれるだろっ」
孝江はいつもの調子で、得意げにそう言った。怒っている様子はない。
「二人ともそこに座って」
そう言われて、私達はいつもの自分の椅子に座った。
少し、孝江が無言でいた。先に言い訳をして謝るべきかどうか思案していたときだった。
そこへ、光司が起きてきたのだ。朝食を作るためだろう。ひょいと台所へ顔をだし、そこに三人が神妙な顔で座っていたから、お化けでも見つけたかのような顔をした。
「あ、なんだよ。びっくりするだろっ。誰もいないと思っていたところに、三人がだんまりで座ってるんだから」
そんな文句を言うが、光司はすぐさまいつもの雰囲気ではないと気づき、口を閉じる。
「いいところに来た。光司、コーヒー」
その場に怯んでいた光司は、その矛先が自分ではないことに少し安堵し、ハイハイとコーヒーの用意をする。
「あのう、ごめんなさい。私がさっさと自分の部屋へ戻ればよかったんです。いつの間にか寝ちゃってて」
まず、謝る。
「いや、オレの方こそ、寝るまでいてくれるって言うから、それに甘えた。途中、目がさめたけど、寝ている由紀乃を起こしちゃかわいそうだと思って・・・・」
竜介も庇ってくれる。
その話から、私達が一晩を一緒に過ごしたことがわかったのだろう。光司がギョッとした顔をしてこっちをみた。
「いいよ、怒っていない。二人がお互いを好きあっていることは知っていたし、その上で同居させていた。二人が合意したうえでのことなら、仕方がないって思ってる。ただ、保護者の立場として、一言言わせてくれ」
竜介は慌てて言った。
「あ、叔母ちゃん。オレ達、夕べ一緒にいたけど、なにもなかったんだ。本当だ。オレが眠るまで由紀乃はベッドの脇についていてくれただけ」
二人の間に何かあったと勘違いされてもしかたがなかったが、一応、何もなかったことだけを伝える。
「えっ、そうなの」
孝江が驚いた声を上げる。
「なんだ、そうなんだ。本当になにもなかったの?」
光司が残念そうな声を出した。
「ないっ。普通の時ならわからないけど、夕べはそんなどころじゃなかったの、知ってるだろっ」
竜介はもう普通の口調に戻っていた。夕べの涙を見せていたあの竜介ではない。ほっとしていた。普通の時ならわからない、って言ったが、それは普通なら襲ってたという意味なのだろうかとも思う。
孝江は顔の前で手を合わせた。
「ごめん。大人のゲスな考えだった。一晩一緒、イコール男女の仲って思うとこ、反省」
「ほんとだ」
光司がそう言ってしまい、孝江に小突かれていた。
「いえ、そう思われてもしかたありません」
しかし、孝江の表情が柔らかくなる。安心したのだろう。
コーヒーを口にした孝江が私達を見る。
「いや、勝手に想像して、何かあったって思ったわけじゃないよ。二人のオーラが以前よりもずっと混ざり合っているから、てっきり結ばれたのかと思っちゃったんだ」
「え、オーラですか」
そうだった。孝江はそういうものが見えるんだ。そう思っても私にはそんなことは感じられないから、自分の頭上を見た。竜介もこっちを見ていた。
「母さん。もっとはっきりいいなよ。そんなんじゃわかんないだろ」
と光司がイライラした様子で言った。
「初めて由紀乃ちゃんがここへきたときも、私達とオーラが共鳴していたって言ったよね。今朝は、竜介と由紀乃ちゃんのオーラが絡み合っているっていうか、まるで夫婦のように混ざり合ってる。だからそう考えてしまったんだよ」
孝江に、竜介と私は前世で何度も夫婦となっていると言われていたことを思い出した。
「もういいかな。二人のことを話しても。そして竜介のことも。たぶん、これを知ると気持ちが落ち着くと思う」
「私達は何度も生まれ変わって、その人生で何を学ぶか課題を作ってくる。前世でできなかったことや、未練が残ると今世でもそれが強く現れる場合がある。学校で宿題をやらなかったら、残ってやるか、次の日の宿題になるのと同じだね」
孝江がわかったかどうか、確認するように私達の顔をみた。私はうなづく。
「うちの家族と由紀乃ちゃんは、江戸時代の時の前世に係わっている。知明と竜介は今と同じ双子だった。でも、悲しいことにあの時代は双子は忌み嫌われていた。すぐ竜介が他の家に養子に出された。今の状況とほぼ同じだろ」
私も驚いたが、竜介も目を丸くしていた。
「私も光司も、竜介の周りにいた家臣だった。そして由紀乃ちゃんは竜介の正室だった」
そう言われてうれしいが、照れてしまう。
「知明は江戸時代でも病弱だった。それでも奥方をもらって幸せに暮らした。ちょっと違うところは姉のこと」
そこで孝江は竜介をみた。
「これは言おうか迷っていた。言わない方がいいんだろうけど、こんなことがあると竜介は、あの人と知明のことを知っていた方が第三者として受け入れられるかもしれないと思った。いいね」
竜介はうなづいた。
「あの人は知明だけを溺愛している。それもそのはずなんだ。前世ではあの人、竜介とは何のかかわりも持っていなかった。知明の乳母だったんだから」
「乳母?」
竜介が素っ頓狂な声を上げた。
「そう、高貴な奥方は自分の生んだ子でも自分の乳をあげず、乳母がつく。すべての世話をその乳母がやっていたんだ。でも知明が病弱だったから、熱を出すたびに自分のせいだと思いつめていた。かわいそうにね。実際に殿さまからあの人の乳では丈夫に育たないと言われて、やめさせられた。その心労に自分の子を育てる気力も失せて、病気になってしまった。死ぬまでずっとあの人は知明のことを気にしていたんだ。それが今世で実母となり、再び育てることになったんだけど、また知明のことで悩んでいる」
孝江の前世の話に、私は絶句していた。あまりにも的を得た話だった。それならあの母親が知明だけに目を向けて、執着している理由がわかる。
「今世で、それを繰り返さないように、きちんとうまくできるつもりだったんだろうけど、同じ問題に直面している。本当にかわいそうだ。せっかく今回の移植で知明が健康になったと思ったのに腎臓がダメになっただろ。あの時、その昔の記憶が甦っていたんだろうね。またうまく育てられなかった、やめさせられる、知明と放されてしまうっていう恐怖を感じたんだろう。それであの人は半狂乱になった。それはそれで同情に値する。そう思うだろ」
そう言って孝江は立ち上がり、竜介の肩を抱く。
「夕べはよく我慢してくれたね。前世はどうであれ、今は私の姉であり、竜介の母親でもある。あんなに前世に執着しているあの人でも肉親なんだ。そういうものを背負ってきているってわかってあげれば、こっちもそれなりに対応できるだろう」
孝江は少し声を詰まらせた。竜介もしんみりしていた。けれど、その目はどこか晴れやかだった。今明かされたことをすべて受け入れるには時間がかかるだろうが、そういう前世の未練を追っていた、母親に同情できると思う。
「へえ、竜介と由紀乃ちゃんは夫婦だったんだ。じゃ、僕は?」
光司がそういうと孝江は鼻で笑う。
「光司は竜介の側近だった。侍時代はきりっとしたいい男だったぞ、どうして今はこうなんだ」
「え、今はきりっとしてないっていうんだね」
光司がショックを受けていた。
「母さんは僕のなんだったんだろう。敵か?」
「光司は弟だ。年の離れた姉弟だったから、まあ今とあまりかわりない関係だな」
「そうだったんだ。僕っていつの世も母さんと係わっていたんだね」
「なんだ、うれしそうじゃないな」
「昔の方がいい男だったなんて言われてうれしいわけないだろ」
珍しく光司が食ってかかっていた。
「なあ、叔母ちゃん」
皆が竜介を見た。
「オレ、前から調べていたことがあったんだ。知明のこと。でも、移植してからもういいかって思ってたけど」
「ん?」
「オレの腎臓、一つ、知明にやることにする」
もう以前から決めていたことなのだろう。きっぱりと言った。
「双子の生体移植なら、拒絶反応は殆どないって聞いた」
「そうだけど・・・・」
「二十歳になればできるんだろ。オレさ、高校に入った頃から調べていたんだ。でもまだそんな年齢じゃないし、そんなことを言っておいて、いざとなって怖気づいたら困るから誰にも言わなかった。けど、ずっとそうなったらいいって思ってた。今、叔母ちゃんの言葉でわかった。今世もオレ達は双子として生まれてきた意味が。今なら医療技術があるから、移植することで知明も健康になれる。ってことはあの人、母さんも救うことができるかもしれない」
私は竜介のその言葉に反応するかのように、さっと全身が粟立つ。そうなのかもしれない。
そうなったら、拒絶反応なしの移植を受けた知明は普通の人の健康状態を保てる。今世まで知明の体のことを心配していた母親も救われるかもしれなかった。
「けど、竜介も腎臓が一つになる。もし将来、腎臓関係の病気にかかったら、今度は自分が・・・・」
「いいよ。たとえ、そうなってもオレは知明に一つ、やる。うん、そのために今回も双子として生まれてきたんだ。すっごく納得できるだろっ」
竜介の表情からはその迷いはなかった。孝江もそれを感じ取っていた。
「わかった。でもそれを告げるのはまだ早い。特にあの、姉さんにはまだ言うな。知明には言っても大丈夫だろう。そっと死体腎移植希望リストから外しておく。そして二十歳になった時にもう一度よく考えるんだ、いいね。臓器は簡単にあげるものじゃないし、後悔して返してもらうこともできないぞ」
「うん。でも大丈夫だ。あげない方が後悔すると思う」
孝江が、竜介の頭をくしゃくしゃにした。
「よく考えたな。いつまでも子供だと思っていたよ。育ての母としてはうれしい」
竜介は、もみくちゃにされた自分の髪を手櫛で直す。
「まあね、こっちも叔母ちゃんみたいな人が育ての母で、成長せざるを得ないよな」
竜介と光司が目を合わせて笑う。
「なんだ、なんだ。今のは聞き捨てならぬ言葉」
「いや、褒めてんだよ」
「褒め言葉に聞こえなかったぞ、ねえ、由紀乃ちゃん」
「はい、あ、いえ」
私達に笑顔が戻っていた。
そんなことがあっても私達はいつもと変わりない生活を送っている。
術後の知明は夜間透析になり、学校に戻ってきた。竜介の母も言い過ぎたとあの後、きちんと謝ってきたらしい。竜介は、前世の話を知っているから、母親に対する態度が柔らかくなった。あれ以来、時々実家に顔を見せても言い争いなしだという。自分の態度が変わると相手も変わるんだと竜介が悟ったように言った。
私と竜介は相変わらず同居のままだが、大学生になってもそれは変わらないだろう。週一度は父のところへ行き、父娘として過ごす。それでいいだろうと思っている。
竜介といつかは結ばれるだろう。だって私達は結ばれる運命にあるのだから。
一途な愛を。
本来なら昨年の夏に完結していた話でした。なぜかわからず、何かに執着するということはもしかすると前世に関係しているのかもしれません。いいことも悪いこともLet it go(手放そう)です。
地味な恋愛物語でした。それでも終わりまで読んでいただけてうれしく思います。どうもありがとうございました。
なお、この話の江戸時代版は「時をこえて」です。




