06
――放課後。終礼が終わった後、私は風間君と一緒に生徒会室に向かいました。
「一緒に行動しているせいで、噂の信憑性が高くなってるな……」
と隣を歩いている風間君が後ろを見ながら言いました。後では生徒が私たちを見てヒソヒソと小声で話しています。
「風間君は、……私と一緒にいるのが嫌なの?」
と少しだけ不安になって聞いてみると、すぐに返事がありました。
「いや、そんなことは無い」
「じゃあ、どう思ってるの?」
と今度は期待を込めて質問してみました。すると、風間君は黙り込んでしまいました。
「……やっぱり嫌なんだ」
と言って私は再び不安になりました。すると、後ろから無駄に明るい声が響きます。
「マーちゃーん! トーヤくーん!」
(この呼び方は……)
と思いながら振り返ると、やっぱり鈴原さんが走ってきました。
「やっ、マーちゃん。トーヤ君」
と挨拶してきた鈴原さんに、私は文句を言います。
「鈴原さん。私と風間君は恋人じゃないんだから。あんなこと言われると迷惑なんだけど」
「ごめんごめん」
と鈴原さんは私の文句を軽く受け流しました。私は溜め息をついてしまいます。
「鈴原。俺と天堂に何か用か?」
と風間君が聞くと、鈴原さんはバッグを開けて中から何かを取り出しました。
「二人ともー、生徒会室に行くんでしょー? だから、私も一緒に行こうと思ってー」
鈴原さんがバッグから取り出し、私たちに見せたのは生徒会の腕章でした。
「……鈴原さん。生徒会に入ってたの?」
「うん。そうだよー。ちなみに仕事は書記」
と驚く私に、鈴原さんは無邪気な笑顔で答えてくれました。
「…意外だな」
「〈意外〉って何ー? 私が生徒会に見えないってことー?」
と鈴原さんは明るい声のまま、風間君を質問責めします。
「……まあな。ところで、一年生から生徒会に入れるのか?」
と風間君が聞くと、鈴原さんはポケットからメモを出して開きました。
「えっとねー。うちは生徒会長と副会長が選挙で選ばれてー、会計や書記、庶務は生徒会長の推選で選ばれるのー。私は偶然だけど〈さっちゃん先輩〉と同じ中学校でー、一緒に生徒会の仕事をしてたから選ばれたんだー」
私は納得しました。確かに、日野先輩なら鈴原さんを選ぶかもしれません。
(じゃあ、日野先輩の言ってた〈葉菜ちゃん〉って、もしかして……)
「鈴原。もしかして、日野先輩に下の名前で呼ばれてるのか?」
と私が持っていた疑問を、風間君が鈴原さんに聞いてくれました。
「うん。呼ばれてるよー」
と鈴原さんは答えました。つまり、鈴原さんが日野先輩に私のことを教えたということになります。私は急に疲れてきました。
「それじゃ、生徒会室に行こっか。お二人様、ごあんなーい」
と鈴原さんは言って、私と風間君の手を引いて歩き始めました。
「……相手が悪かったな。天堂」
と風間君が私を励ますように言ってくれました。
「…ありがとう。それと巻き込んじゃってごめん」
「…気にするな」
私と風間君が小声で話していると、
「んー? 二人共何か言ったー?」
と鈴原さんが聞いてきたので私は答えます。
「「何も言ってない」よ」
風間君の声が重なったので、私は驚いて風間君の方を見ました。すると、風間君と目が合いました。そして、二人で小さく笑います。
「はーい。ここが生徒会室だよー」
と言って鈴原さんは私たちの手を放しました。
「ここには限られた人しか入れないんだよー。何でかと言うと、この腕章が電子キーになってるからだよ」
説明しながら鈴原さんは、ドアの横に着いた小さな黒い箱に腕章を翳しました。ピッという電子音がし、続けてガチャッと音を立てて鍵が開きます。
「……厳重だな。中に何かあるのか?」
と風間君が聞くと、鈴原さんは笑顔でドアを開けながら言います。
「それはー、中に入ってからのお・た・の・し・みー。ほら、二人とも入って入ってー」
鈴原さんに促され、私たちは生徒会室に入りました。入った瞬間、私は驚いて立ち止まってしまいます。
「ようこそー、生徒会室へー」
と言いながら鈴原さんが壁についたスイッチを押すと、部屋の明かりがついて壁のモニターと会議机のパソコンの電源が入りました。まるで秘密基地みたいです。
「すごいな。まるで軍の会議室みたいだ」
「えーっ? トーヤ君って軍の会議室に入ったことあるのー!?」
「まあな。詳しいことは言えないけどな」
と驚かずに鈴原さんと会話している風間君に、私は大きな疑問を持ちます。
(……風間君って、いったい何者なの?)
朝の屋上で近くなった距離が、また遠くなってしまったような気がします。そんな気分に耐えきれず、私は二人の間に割って入りました。
「ねえ、鈴原さん。日野先輩は?」
「たぶん、クラブ連合の会議じゃないかなー? でもー、もう少ししたら戻ってくると思うよー。だから座って待っててー」
と私の質問に答えながら鈴原さんはイスに座り、パソコンを操作し始めました。私と風間君が適当にイスに座ると、入口からガチャッと鍵の開く音がします。
「あら、葉菜ちゃん。天堂さんと搭屋君を案内してくれたの?」
入ってきたのは日野先輩でした。後ろには銀髪の男子生徒がいます。
「同じクラスですからー。それにー、さっちゃん先輩、腕章を持ってないと生徒会室に入れませんよー?」
「それは、ちょっとだけ忘れてたわね」
「君は少し考えてから言え。後で苦労するのは周りなんだぞ」
三人は私たちの事を忘れたように会話しています。
「日野先輩と朝井先輩。お邪魔してます」
と風間君が日野先輩と銀髪の男子生徒に挨拶しました。私は銀髪の男子生徒とは初対面なので、どうすればいいのか戸惑ってしまいます。
「ん? ああ……」
と私の視線に気がつき、銀髪の男子生徒は歩いてきました。校章の色からして三年生だということが分かります。
「僕の名前は朝井翔太。風紀委員長と生徒会の副会長をやっている。君が天堂真衣さんだね? 鈴原から話は聞いてるよ」
「は、初めまして。天堂真衣です」
「うん。日野、生徒会長として天堂真衣さんに会計の仕事を教えてやれ」
と朝井先輩が言うと、日野先輩が歩いてきました。
「はいはい。じゃあ、真衣ちゃんはこっちに来て」
と日野先輩に手を引かれ、私は会議机のパソコンの前に連れてこられました。
「それじゃ、会計の仕事について説明していくわね。仕事は簡単よ。まず、ログインするでしょ。あっ、真衣ちゃんのパスワードは後で渡すから。それでね。このアイコンをダブルクリック――」
「ところで、考えてくれたか?」
と俺は朝井翔太に聞かれ、すぐに何のことか分かった。まあ、聞かれるのは分かっていたことだ。俺はすぐに答える。
「まだ考え中です。……ところで、気になっていることがあるんですが」
「ん? 何が気になってるんだ?」
「なぜ神谷裕一を退学処分にしないんですか?映像の記録と生徒の証言があれば可能なはずです」
すると、朝井翔太はパソコの前に座って操作を始めた。すると、校章が写っていたモニターに円グラフが映し出される。
「これは、当校が受けている寄付金の総額だ。……そして、この寄付金の三割が神谷の家から寄付されたものだ」
円グラフの三割が赤く塗りつぶされた。それで俺は納得する。
(なるほど、寄付金を受けているし、相手は政治家とコネクトを持っている。これじゃ、下手な手出しはできないな。……だが、俺を風紀委員に入れようとする理由が分からない)
と俺が思っていると、モニターの画面が切替わった。
「ここ最近になって、神谷の行動が派手になった。これを見てくれ」
俺はモニターに映し出された画像を見て驚く。
「……ナイフではなさそうですね」
画像には体中を切り刻まれた男子生徒が映っていた。それは問題ではない(大問題だがな)。問題は切り傷だ。ナイフなら、ここまで切り傷は大きくならない。しかも、切り傷は乱れることなく一本の直線になっている。
「……軍事用の兵器ってところですね。……ルートは特定できてるんですか?」
「いや、分かっていない。それに分かったいてとしても、風紀委員ではない君に教える必要は無い。……対処方法が無いし、うちのメンバーでは相手にならないのが本音だ」
と朝井翔太は言いながらパソコンを操作し、モニターの画像を消した。
(相手が軍事兵器を持っている以上、この部屋にいるのが一番安全なのは確かだ。それに、情報収集は風紀委員に入ればなんとかなる。……それに、もう一つの俺の任務は、ここに隠されている機密文書を守ることだ)
と考えている俺に、パソコンの前に座ったまま朝井翔太は言った。
「……判断力や行動力。君にはその二つがある。正直、君に入ってもらえると助かる。風間塔屋。風紀委員に入ってくれないか?」
俺は朝井翔太の考えに納得した。それに、任務にも好都合だと分かった以上、誘いに断る理由は無い。
「…わかりました。風紀委員に入ることを承諾します」
すると、横から誰かに飛びつかれた。
「トーヤ君。男前ー!」
飛びついてきたのは鈴原葉菜だった。
(コイツは何でこんなにフレンドリーなんだ……? それに、俺が風紀委員に入ることが、何でそんなに喜ぶんだだ……?)
そんなことを考えながら横目で鈴原葉菜を見ていると、朝井翔太が言った。
「………そうか。それじゃ、メンバーに紹介しないとな。日野、少しだけ空けるぞ。二十分後には戻る」
「うん。それじゃ、私は真衣ちゃんに仕事を教えてあげとくから。ほら真衣ちゃん、手が止まってるわよ」
昼休みとは違い、日野沙織は生徒会長らしい態度を取っている。
「す、すみません」
となぜか慌てて謝る天堂真衣。鈴原葉菜は俺から離れて天堂真衣の方に行く。
「んー。でもー、マーちゃんはトーヤ君のことが気になって仕方ないもんねー?」
天堂真衣からギクッという音が聞こえたような気がする。たぶん気のせいだろう。
「そうなの? 葉菜ちゃん」
「そうですよー。マーちゃんは屋上で……」
「ち、違います! 鈴原さん! 適当な事言わないで!!」
顔を真っ赤にしながら、大きな声で答える天堂真衣の反応を見て、日野沙織と鈴原葉菜の二人は無邪気な笑顔を顔に浮かべる。
「えー? でも、……」
という生徒会の女性人の声を背後に聞きながら、俺と朝井翔太は生徒会室を出た。ドアが閉まり、ガチャッとオートロックがかかる音がした。朝井翔太についていくと、すぐに立ち止まった。
「ここが風紀委員の部屋だ」
なんと生徒会室の隣が風紀委員の部屋だった。
「ここに入る時、生徒会室同様に腕章が必要になる。だから、渡された腕章は失くさないようにしてくれ」
と言いながら、朝井翔太はドアの横についた黒い箱に腕章を翳した。ピッという電子音とガチャッと鍵の開く音がする。
「中で生徒会室とは繋がっている。今回は場所を覚えてもらうために外に出ただけだ」
風紀委員の部屋には奥にデスクと一人用のソファがあり、後は三人がけのソファが三つあるだけだ。生徒会室のように機械類や会議机は無い。
「風紀委員は男所帯でな。それに、少人数で基本的な活動は校内の巡回。ここにいることは少ないから、生徒会室にあるような物は無い。まあ、こんな部屋だが気に入ってくれたか?」
と言いながら奥にあるデスクの上に乗った箱を取り、その箱を朝井翔太は俺に差し出してきた。
「これは?」
「風紀委員の備品だ。とりあえず先に渡しておくよ」
と言われたので、俺は箱を受け取って開けた。中に入っていたのはケータイのような通信端末だ。
「……ハイテクですね」
と俺が正直な感想を言うと、朝井翔太は自分の通信端末を取り出した。
「この通信端末について説明しておくが、これは無線だ。ただし、同じ機種でないと通信できない」
説明しながら朝井翔太は通信端末の電源を入れた。
「ツールは様々だが、その一つにコネクトシェアがある。このツールを使うことで、この無線を持っている全員と通信が可能になる」
無線を操作しながら俺に操作方法を見せ、朝井翔太は通信を始めた。
「……僕だ。全員、部屋に戻って来てくれ。新人を紹介する」
そして、朝井翔太が通信を切った三分後、五人の男子生徒が風紀委員の部屋に集まった。学年は四人が二年生、一人が三年生だ。
「よし、全員そろったな。まず、メンバーの方から紹介していく右端にいるのが金岡だ」
「金岡大地だ」
金岡大地は背が高く、無愛想な男子生徒だ。
「その隣が宮塚だ」
「宮塚源。皆に〈源さん〉って呼ばれてるよ」
宮塚源は少し老けて見える男子生徒だ。
「次は小田」
「小田佑斗です。よろしく」
小田佑斗はヘッドフォンをつけた男子生徒だ。
「で、村瀬」
「村瀬水月。下の名前で呼ばないでくれ」
村瀬水月は小柄で線の細い男子生徒だ。
「最後が副委員長の沢口」
「沢口智也です。これからよろしく」
沢口智也は爽やかな笑顔の生徒だ。風紀委員のメンバーは他にはいないから、俺を含めて七人ということになる。敷地の大きさや教室の数を考えても、七人では少ないような気がする。
「………委員長。コイツの名前と実力は?」
と小田佑斗が朝井翔太に聞いた。
「小田、そう慌てるな。ちゃんと紹介する。彼の名前は風間塔屋。新入生代表で、実力は映像を見てもらえ――」
朝井翔太が話しているのを遮るように、村瀬水月が動いた。
「……論より証拠。自分で確かめた方が確実」
と言いながら俺に向かって回し蹴りを放ってきた。鋭いローキックだ。俺は小さく跳躍して避けた。目の前を村瀬水月の脚が通り過ぎ、ヒュンッと風を切る音が聞こえてくる。
「……次」
と言ってまた回し蹴りを放ってきた。今度はミドルキックだ。さっきのローキックの勢いを利用しているので、さらに速く鋭い一撃になっている。俺は左腕と右手で防御した。
「……止まった。……次」
と言って後に反り返り、バック転の要領で脚を蹴り上げてきた。俺は村瀬水月の左脚を右手から左手に持ち替え、右手で顎に当たる寸前に蹴りを受け止める。昨日の回避訓練と比べたら、こっちは遊びのように思える。
「……それじゃ、次は俺の番ってことで」
と言ってから、俺は村瀬水月の両足を放し、膝蹴りを放った。村瀬水月は片手で俺の膝蹴りを受け止めようとする。だから、俺は膝蹴りをフェイントに切り換えて胴に回し蹴りを放った。村瀬水月は吹っ飛び、壁に背中を打ちつけた。
「……合格」
と村瀬水月は言って、ダメージが無いように立ち上がった。
「……村瀬、校則違反だ。校則第十条、生徒同士の暴力行為を固く禁じる」
「………すみません。委員長」
「後で始末書を書くように」
と朝井翔太が委員長として村瀬水月に言った。さっきのでわかったが、この風紀委員のメンバーは普通じゃない。俺に襲いかかてきた村瀬水月はもちろん、それを平然と見ている他のメンバーも明らかにおかしい。
「……朝井先輩。風紀委員のメンバーって、何者なんですか?」
と俺は朝井翔太に質問した。すると、朝井翔太は溜め息をついてから答えてくれる。
「それぞれの家が〈裏〉の血筋なんだ。第三次世界大戦の時にできた戦争のプロの血筋だ。この高校に通うために、全員が名字を変えている」
〈裏〉、つまり暗殺や諜報などで優れた家柄と言う訳だな。
「つまり、風紀委員は〈裏〉の集まりという訳ですか……。だったら何で俺を入れるんですか? 俺は〈裏〉の人間じゃありません」
と俺が言うと、朝井翔太はデスクの引き出しを開け、中からファイルを取り出した。それを俺に見せてくる。
「これは、この高校に入った〈裏〉の名簿だ。……今年は〈裏〉が一人も入る予定が無かった。しかし、君は〈裏〉の才能を持っている。他の理由は生徒会室で説明した通りだ」
朝井翔太の説明で、とりあえず俺は納得した。俺は第三次世界大戦の経験者らしいからな。別に〈裏〉の才能があってもおかしくない。
「それにしても、君には驚かされたよ。村瀬の回し蹴りは亜音速なんだぞ。それを避け、防ぐなんてな」
「……村瀬先輩が手加減してくれたんですよ。俺は大したことはしてません」
と俺が言うと、朝井翔太は苦笑しながら言った。
「それに気がつくのも実力だよ。風間塔屋、君を歓迎するよ」
これで俺は正式に風紀委員に入ったことになるんだろう。
(とりあえず、帰ったら大佐に連絡を取るか…)




