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05

 ――翌日。私はメモに書かれた通り、授業が始まる三十分前に登校しました。そして、そのまま屋上に向かいます。屋上へ上がる階段の途中、鈴原さんに会いました。

「マーちゃん。トーヤ君が屋上で待ってるよー。ガンバー」

 と言って鈴原さんは私にウインクしました。私は笑って頷いて鈴原さんに一言だけ言います。

「ありがとう。鈴原さん」

 そして、階段を上って屋上への出口の前に立ちました。

(このドアの向こうに、……風間君がいる)

 そう思った瞬間、不安と緊張が私を支配しました。私は深呼吸をして落ち着き、ドアを開けて屋上に出ます。

「……わぁっ」

 と私は目の前の光景に声を漏らしてしまいました。屋上は芝生になっていて、その真ん中には桜の木があります。朝の光の中で散る桜は、入学式の日に見た桜よりも綺麗で見惚れてしまいました。

「……桜が綺麗だな」

 と声が突然したので、私は驚きながら声のした方向を向きました。すると、そこにはフェンスにもたれている風間君がいます。

「ここは落ち着くな。休むのには丁度いい場所だ」

 と言いながら、風間君は視線を桜の木から私に移しました。私は少しだけ戸惑いながら、風間君の方へ歩いて行きます。

「ま、待った?」

 と私が聞くと、風間君は肩をすくめて答えてくれます。

「大して待ってない。一分か二分ぐらいだろ。ところで、今日は何の用で呼び出したんだ?」

 と風間君に聞かれたので、私は彼の隣にもたれながらメモの内容を思い出します。

〈コツ1。できるだけ近くに行く。ただし、目を合わせない位置に。じゃないと、目が合ってたら緊張しちゃうでしょ?〉

 私はメモに書かれた通り、それを実践しました。この位置だと風間君と目が合いません。

「昨日。助けてもらったのに、お礼を言ってなかったから」

「別にいい。俺が勝手に助けただけだからな」

 と風間君は言いました。特に気にしていないみたいです。それでも私は続けました。ここで止まったら、私自身が前に進めなくなると思ったからです

「じゃあ、私も勝手に言わせてもらうよ。ありがとう」

「………どういたしまして」

 と風間君が言ってきました。私の気が少しだけ晴れます。とりあえず、お礼は言えました。

〈コツ2。謝って正直に言おう。ちゃんと理由を説明しておかないと、今後の関係に響くよ〉

 私はスカートの端を摘み、できるだけ心を落ち着けました。そうでもしないと、また酷いことを言いそうで怖いからです。

「そ、それに、ごめんなさい。助けてもらったのに、あんな酷いこと言っちゃって」

「……気にしてない」

 と風間君が言ったので、私は彼の顔をチラっと盗み見ました。彼の表情に感情は無く、例えるなら静かな水面のような横顔です。それを見て、すぐに私は前を向きました。

(ど、どうしよう。か、カッコいいし、……きょ、距離が近い)

 私はドキドキと鳴る心音が聞こえてしまうのではないかと、心配になって胸に手を当てます。

(と、とりあえずメモ通りにすれば大丈夫なはず)

 と私は思い、小さく息を吐いて胸をおさえながら風間君に言います。

「そ、それに、入学式の日もごめんなさい。私の勝手なイメージを押し付けちゃって」

 すると、まるで呆れたように風間君は溜め息をつきました。

「さすがに、あれは理不尽だったな」

 と言われて私は不安になります。嫌われてしまうのではないかと。

「けど、何か理由があったんだろ? だから俺は怒ってない」

 と言われて私は驚きます。理不尽だと言いつつも、私が酷いことを言った理由があると思ってくれていたからです。

「俺は気にしてないし、俺の方も言い方が悪かっただろうしな」

 と風間君に言われ、私はホッとします。

(……口調はぶっきらぼうだけど、本当は優しいんだ。……少しだけイメージしてた通りの人)

 私の中での風間君の印象が変わりました。そして、私は決心しました。でも、それを実行するために、風間君に聞かいといけない事があります。

「ねえ、風間君は誰か女の子を好きになったことってある?」

 私は自分の頬が熱くなるのを感じました。たぶん、顔が赤くなっています。なので、風間君に見えないように横を向きました。そして、彼の答えを待ちます。

「……無いな。今のところは」

 答えを聞いた瞬間、私の中にある何かが弾けました。ドクン、ドクンと鳴る心音が少しだけうるさいです。

(い、いないんだ。そっか。じゃあ……、私が告白しても迷惑じゃないよね?)

 私は深呼吸を一度し、風間君のブレザーの袖を無意識に摘まみました。

「入学式の日。私が転んでたのを、引っ張って立たせてくれたでしょ?」

 と私が言うと、少しの間の沈黙が後に「ああ、あの時か」と風間君は思い出したように言いました。

「あの時も、お礼を言ってなかったから」

「大した事じゃないだろ」

 と言われ、私は言葉に詰まってしまいます。

(……ここで終わっちゃダメ。ちゃんと私の気持ち、伝えないと)

 と自分を心の中で応援し、続きを言います。

「そうだけど、きっと、誰もしてくれなかったと思うから、……ありがとう」

 ちゃんと言えました。ここから続けて告白しないといけません。けど、私が何かを言う前に彼はフェンスから離れました。そして、首だけで私の方を振り向きます。さっき見た無表情とは違う無表情です。

(笑ってるの…?)

 風間君の顔を見て、そう私は感じました。

「……そろそろ教室に行かないと遅刻だ。急げよ」

 と言い残し、風間君は早足で歩いて行きました。私は背中をボーッと見送ってしまいます。さっきよりも心音がうるさくなり、風の音まで聞こえなくなってしまいました。まるで時が止まったように――。

 ――キーンコーン、カーンコーン

 というチャイムの音で私はハッと我に返りました。

(今のチャイムって予鈴?確か一時限目って……、美奈先生の授業じゃなかった!?)

 私は慌てて屋上から校舎に入り、階段を駆け下ります。途中で何人かの生徒にぶつかりそうになりながら廊下を走り、本鈴が鳴る前に教室に到着しました。

「……間に合った」

 と言いながら私は自分の席に座り、教科書とノートを机の上に出して授業の用意をしました。チャイムが鳴って美奈先生が入ってきます。

「み、皆さん、おはようございます。そ、それでは授業を始めたいと思います。教科書とノートを開いてください」

 その姿を見て主に男子生徒が騒ぎます。男子といえば、私が気になるのは風間君です。そっと左の席を見てみると、彼は騒がずに教科書を読んでいました。その様子が機械みたいで、私はクスッと小さく笑ってしまいました。

(まるでロボットみたい)

 と私が思っていると、風間君がこっちを向きました。ドキッと鼓動が跳ね上がります。目の前の顔と屋上で見た顔が重なり、また心音が大きくなりました。音が聞こえなくなり、目の前が真っ白になります。

「……さん。天堂さん。天堂さん!」

「きゃっ」

 と私は驚いて我に返りました。周囲からクスクスと笑い声が聞こえてきます。その笑い声を聞いて私は恥ずかしくなり、俯いてしまいます。

「天堂さん」

 と名前を呼ばれたので、私は顔を上げました。そして、ギョッと驚いてしまいます。

「大きな声出してごめんね。でも、今は授業中で私が教えてるの。でも、天堂さんが授業に集中できてないみたいだから、私の教え方が悪いのかな? どうかな? 私、まだ3年目だから悪い所があったら教えて」

 この前と同じように、泣きそうな顔をした美奈先生が私を質問責めにします。

(こ、この先生は、やっぱり苦手かも……)

 私は助けを求めるために、周囲を見回しました。風間君は美奈先生が壁になって見えません。私は周囲を見回し、見覚えのある生徒に目が留まりました。その生徒は、私の二つ前の席に座っているツインテールの女子生徒です。

(鈴原さん。助けて!)

 と私が思っていると、鈴原さんは私の視線に気がついて手を振ってきました。そして、振っていた手でオッケーサインをします。

「美奈先生ー!」

 と鈴原さんは美奈先生を、元気な声で呼びました。美奈先生はハッとして鈴原さんの方を向き、鈴原さんに質問します。

「な、何ですか? 鈴原さん」

「私ー、マーちゃんが授業に集中できない理由、知ってまーす」

 と言った鈴原さんに皆の視線が集まりました。美奈先生は鈴原さんの方へ歩いて行きます。

「ほ、本当ですか!? 先生に教えてください! 生徒の管理は先生の務めですから!!」

 2人のやりとりを聞きながら、私は何か嫌な予感がしてきました。

(鈴原さん。もしかして、変なことを言うんじゃ……。お願いだから変なことは言わないで!)

 と私が祈ったにも関わらず、嫌な予感は的中してしまいました。

「マーちゃんはトーヤ君と恋愛中なんでーす!」

 と鈴原さんの爆弾発言で、私はボンッと音がしそうな勢いで頬が熱くなりました。そして、教室が急に騒がしくなります。

「ちょっ、ちょっと鈴原さん!」

 と私が呼ぶと、鈴原さんはウインクしてきました。その隣では美奈先生が顔を真っ赤にし、固まってしまっています。

「おいおい本当かよ! 人気女子の3位が!? あんな根暗男に!!」

「ぬっ、抜け駆けよ! 許さないんだから!!」

「あんなヤツのどこがいいんだ!?」

「きゃーっ! それ、本当!? 皆に教えないと!」

「だっ、ダメー! 絶対にダメーー!!」

 皆はき勝手に言ってるし、美奈先生は固まってるし、どうしたらいいのか分かりません。

「……天堂。大丈夫か?」

 と小声で聞いてきたのは風間君でした。どうやら私が困っていることに気がつき、心配してくれたみたいです。私の頬がさらに熱くなります。

「…う、うん。とりあえずは……」

 と答えながら風間君を見ると目が合い、鈴原さんの爆弾発言を思い出してしまいます。

〈マーちゃんはトーヤ君と恋愛中なんでーす!〉

 私はギュンッと音がしそうな勢いで顔を背けました。

(……うぅ、鈴原さんのせいで余計に意識しちゃうじゃない。…それに、私と風間君は恋人じゃないのに)

 と思っていると追い討ちをかけるように、硬直の解けた美奈先生が大きな声で言います。

「天堂さん! 風間君! 恋愛もいいですけど、授業に集中しましょう!」

 私は嫌になり、机に顔を伏せてしまいました。

「いいですね!? 恋愛に関しての相談は放課後、私の所に来てください、いくらでも相談に乗りますから!」

 と美奈先生が言ってきたので、私は心の中で悲鳴を上げます。

(もうヤダ! 誰か、この状況を何とかして~~~!!)

 しかし、その悲鳴は教室に巻き起こった声の渦に、掻き消されてしまいました。


 昼休みになった。とりあえず、ここは居心地が悪いので食堂に向かうつもりだ。あんな噂が立った以上、天堂真衣を誘った方がいいだろう。

「…天堂。俺は食堂に行くけど、お前はどうするんだ?」

 と俺が話しかけると、天堂は俺を見て顔を少しだけ赤く染めた。

「ここじゃ落ち着かないだろ?」

 と俺が聞くと、天堂真衣は頷いて席を立った。ヒソヒソと他の生徒たちが何か話している。それを無視し、俺と天堂真衣は食堂に向かった。

「……お互い災難だな。鈴原が勝手なことを言ったせいで」

 と話しを振ってみると、「うん」と短い返事が返ってきた。天堂真衣が話さないので、俺は適当に話すことにする。

「天堂は迷惑だろ?俺が恋人だなんて噂が立ったら」

 護衛の対象が不安になっている場合、護衛している人間が話しかけて安心させるのが普通だ。が、天堂真衣は黙り込んだままだ。

「どうした天堂?」

 と俺は聞きながら天堂真衣を見た。天堂真衣は顔を真っ赤にしている。コイツ、赤面癖でもあるのか?

「えっと、その、あぅあぅ……」

 何か言おうとしているらしいが、言えないらしい。

「……あー、無理するな。何も言わなくていい」

 と俺は言いながら前を向いて思う。

(女子っていうのは、よくわからないな…)

 そして、溜め息をつく。すると、天堂真衣が俺に聞いてきた。

「そ、そう言う風間君はどうなの? その、私と恋人って噂が立ったら」

 まあ、当然の質問だろう。しかし、感情を削り取られた俺には難しい質問だ。なぜなら、恋愛感情も削り取られているからだ。どう答えたらいいか俺が悩んでいると、何を勘違いしたのか天堂真衣が慌てる。

「ごっ、ごめんなさい。迷惑、だよね? 私が恋人だなんて」

 天堂真衣が暗い顔をしたので、何か言わないといけないのだろう。だが、俺の頭に気の利いた言葉が浮かんでこない。

(……感情が削り取られて、気の利いた言葉が言えないのも問題だな)

 と思って俺は溜め息をついた。それがまずかったらしく、さらに天堂真衣の表情が暗くなる。

(どうすりゃいいんだよ……)

 と心の中で悪態をつきつつ、食堂のままで来た。

「おーい! 搭屋くーん!」

 と名前を呼ばれた。この声には聞き覚えがある。俺は後ろを振り向き、溜め息をついた。予想通りの人物だったからだ。

(日野沙織……。呆れるほど場違いに明るいな)

 と思っていると、クイッとブレザーの袖を引っ張られた。目だけで横を見ると、天堂真衣がブレザーの袖を引っ張り、上目遣いで俺を見ている。

「風間君。……あの人、誰なの?」

 なんとなくだが不安になっているのが分かった。不安になる要素は無いと思うが、答えてやった方がいいだろう。

「日野沙織。生徒会長だ」

「生徒会長が、風間君に何の用なの?」

 と答えに質問を重ねてくる。

(どうして聞いてくるんだ? そんな事を)

 と俺が思っていると、日野沙織が目の前まで来て立ち止まった。

「やっ、風間君」

「…日野先輩。俺に何か用ですか?」

 と明るく挨拶してきた日野沙織に、俺は質問を投げかけてみた。実際、何の用か分からないからな。

「ん? そっちは搭屋君のカノジョ?」

「違います。俺にカノジョはいません。ところで日野先輩、俺に何か用ですか?」

 と俺は日野沙織の質問を切り捨て、再び質問した。

「つれないなー。……まあね。それに丁度いいかも。ランチしながら話しましょ」

 と日野沙織が言ったので、俺たちは一緒に昼食を食べることになった。日野沙織を先頭に、俺たちは食堂に入る。

 ここの食堂は、和・中・洋の日替わり定食と、その他色々が選ぶことができるので便利だ。ちなみに俺がアジフライ定食、天堂真衣がサバの味噌煮定食、日野沙織がタラコスパゲッティを頼んだ。

「えーっ? 私だけ洋食なの?」

 と言いながら俺の正面に座った。この人はよくわからない。

「……俺に何か用があるんですよね?」

 と俺が聞くと、日野沙織はタラコスパゲッティをフォークにクルクルと巻きつけながら話し始める。

「うん。ところで、そっちの風間君のカノジョの名前、聞いてもいい?」

 と日野沙織が言ったのを聞き、横でビクッと震える気配がした。俺は否定するのが面倒臭くなったので否定しない。

「て、天堂真衣です。風間君とは同じクラスです」

 と天堂真衣が自己紹介すると、日野沙織が目を丸くした。すぐに表情を戻し、タラコスパゲッティを食べて呟く。

「……そう、あなたが天堂さんなのね」

 聞こえてきた日野沙織の言葉に疑問を持つ。

(……どういう意味だ?)

 俺の疑問を知らない日野沙織は、ニコニコと笑いながら聞いてくる。

「ところで、搭屋君。昨日の話なんだけど、考えてくれた?」

「まだ考え中です」

 と俺は即答した。正直、今のところ神谷から何もされていないので、風紀委員に入る必要があるのか分からない。それに、神谷に目をつけられるのも問題だが、風紀委員の仕事で手一杯になるのも問題だ。どちらにしても、天堂真衣の護衛がしづらくなるからだ。

「そう。別に急いでないから、じっくり考えてね」

 と言いながらタラコスパゲッティを食べた。

「それと、もう一つ。天堂さんに頼みたいことがあるの」

 黙って話を聞いていた天堂真衣が、箸を置いて日野沙織に質問する。

「私に、ですか?〈頼みたいこと〉って何ですか?」

「会計がやめちゃって、生徒会が人員不足なの。葉菜ちゃんの推選もあったし、お願いしていい?」

 俺は箸を動かすのを止め、二人の話を聞く。

「生徒会の仕事は、ほぼ毎日。風紀委員の手伝うこともあるから、帰れるのは完全下校時刻になってから。だから人手が一人でも欲しいんだけど、ダメ?」

 話を聞く限り、天堂真衣が生徒会に入るのなら、俺も風紀委員の入る必要があるかもしれない。今後の動きが、天堂真衣の返答次第で変わってしまう。俺は天堂真衣が答えるのを待った。

「少し考えさせてください」

 と天堂真衣は日野沙織に答えた。すると、日野沙織はスパゲッティをフォークに巻きつけつつ、拗ねたように唇を尖らせて言う。

「……そっか、残念だなー。生徒会に入れば神谷から手を出されなくなるのになー」

 天堂真衣の肩が少しだけ震えた。どうやら神谷の名前を聞き、昨日の事を思い出してしまったらしい。確かに今後、神谷が天堂真衣に手を出さないとも限らない。生徒会に入った方が賢明だろう。

(……今のは、半分は脅し文句だろ)

 と俺は思いながら日野沙織を見ていると、日野沙織は手を合わせて天堂真衣に頼む。

「お願い! 生徒会に入って!」

「………」

 天堂真衣は黙り込み、どうしようか迷っているようだ。俺はアジフライを食べながら待つ。三分後、天堂真衣は答えを出した。

「…私、生徒会に入ります」

 答えを聞いた途端、日野沙織がホッとした表情になった。どうやら、神谷の名前を出したのは賭けだったらしい。

「そう。それじゃ、今日の放課後に生徒会室に来て。美味しいお菓子もあるから」

 と言って日野沙織はタラコスパゲッティを完食し、トレイを持って席を立った。日野沙織が去って行くのを見つつ、俺は天堂真衣に話しかける。

「…いいのか? 引き受けても」

「えっ?」

 と天堂真衣は目を丸くし、聞き返してくる。

「生徒会に入るのは強制じゃないだろ?断ることもできたはずだ」

 と俺が言ってやると、天堂真衣は鯖の味噌煮を一口食べてから答える。

「……うん。でも、昨日みたいに神谷先輩が何かしてくるかもしれないし」

(……確かにな。それに、神谷が手を出す度に、俺が助けていたら周囲に怪しまれる)

 と俺は頭の中で考えながら、アジフライ定食を完食して席を立った。そして、教室に戻ろうとすると何かに引き止められた。後ろを振り帰って確認してみると、ブレザーの背中を天堂真衣が掴んでいた。

「…どうかしたのか?」

 と俺が聞くと、天堂真衣が顔を赤くしながら横を指差した。俺は天堂真衣の指差した方向を見る。すると、少し離れた席に座った女子三人が俺たちを見ていた。周囲を見回してみると、他にも俺たちを見ている生徒が何人もいる。

「……たぶん、一時限目の噂が他のクラスに広がったんだと思う。だから、その、居心地が悪いから……」

 天堂真衣が言いにくそうにしているが、俺は天堂真衣が何を言いたいのかが分かった。

(つまり、「一人にするな」ってことか…。仕方が無い)

 俺はトレーを机の上に置いてチェアに座り直し、天堂真衣が食べ終えるのを待つ。

「……風間君。日野先輩が言ってた〈昨日の話〉って何なの?」

 と天堂真衣が俺に聞いてきた。

「……何でそんなことを聞くんだ?」

「気になるから」

 と即答され、俺はどうするか迷う。

(正直に話すべきか?いや、護衛対象にこっちの情報を与えすぎるのは危険だ。ぼかして伝えるか…)

「勧誘されただけだ。それ以外は何も無い」

「本当に?」

「本当だ」

 間違ったことは伝えていないはずだ。実際に風紀委員から勧誘されているからな。

「風間君はどうするの?」

「何がだ?」

 と俺が聞き返すと、天堂真衣は残りを全部食べてから言う。

「生徒会に勧誘されてるんでしょ?」

 どうやら、天堂真衣は俺も生徒会に勧誘されていると勘違いしているらしい。俺は天堂真衣に話を合わせることにした。

「天堂が入るなら、生徒会の人員不足は改善されるだろ? だったら俺は入れないだろ」

 と言うと、天堂真衣は少しだけ頬を膨らませる。

「……じゃあ、放課後。生徒会室に行くの付き合って。一人だと不安だから」

 と明らかに不機嫌な声で言い、天堂真衣はトレーを持って席を立った。

(……俺、まだ答えてないぞ。……まあ、護衛対象が近くにいるのは好都合だけどな…)

 とこの時、俺は楽観的に考えていた。

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