04
私は風間君が歩いて行くのを見ながら、さきから忙しく鳴っている心音を感じていました。思わず、胸に両手を当ててしまいます。昨日、風間君と初めて会った時と同じ気持ちを感じながら、私は疑問を持ちました。
(…どうして、助けてくれたの? 昨日、あんなに酷いことを言ったのに)
昨日、私は風間君に校門の前で酷いことを言ってしまいました。でも、彼は私が乱暴されかけている時に、私を神谷先輩から助けてくれました。なのに、私はその風間君に向かって、また酷いこと言ってしまいました。とても息苦しいです。
(……明日、ちゃんと謝らないと)
と私が思いながら歩き始めると、いきなり目の前にツインテールの女子生徒が現れました。
「きゃっ!」
と私が悲鳴を上げると、女子生徒は悪戯が成功した子供のように笑いました。胸ポケットの校章が青だから、私と同じ一年生です。女子生徒は手を後ろで組みながら言います。
「どうしたのー? マーちゃん」
こっちの力がぬけそうなほど、女子生徒の口調はマイペースです。
「ま、マーちゃん?」
と私が聞き返すと、女子生徒は笑ったまま説明してくれます。
「〈真衣〉って名前でしょー?だから〈マーちゃん〉なの。そっちの方が親しみやすいしー」
私が何も言えないでいると、女子生徒は勝手に話し始めます。
「ところで、マーちゃん。もしかして、トーヤ君のことが好きなの?」
私の肩が少しだけビクッと震えました。女子生徒は話を続けます。
「さっき自動販売機でジュースを買おうとしてたら、聞こえてきたんだよねー。マーちゃんとトーヤ君が話しているのがー」
女子生徒はこめかみに右手の人差し指を当て、考えるような仕草をしました。
「ケンカしてるみたいだったから、少し気になって来てみたのー。そしたら、マーちゃんが泣きそうな顔をして、トーヤ君の背中を見送っている。これって、トーヤ君のことが気になってるって事でしょ? マーちゃん。もう一度聞くけどー、マーちゃんはトーヤ君の
ことが好きなのー?」
私は自分の中で渦巻いている感情に、この場で答えを出すことができません。なので、私は首を横に振りながら女子生徒に答えます。
「わからない。昨日好きになったけど、印象と違ってて……でも、私のこと助けてくれて……、だからわからないの」
「……そっかー。……うーん。とりあえず座ろうよー」
と女子生徒は言って、私の手を引いて歩き始めました。私はされるがままに、女子生徒に手を引かれてベンチに座ります。そして、私の隣に女子生徒が座りました。
「……じゃあ、マーちゃん。トーヤ君のことは好きかどうかわからないけど、仲直りはしたいと思ってるんだよねー?」
と女子生徒に聞かれ、私は黙って頷きます。
「それじゃ、この鈴原葉菜に任せてー。人間関係のことなら、お手のものだよー。…特に男女の関係はねー」
その言葉を聞いて私は少しだけ慌てます。
「ちょっ! 鈴原さん! だっ、男女の関係って!!」
すると、鈴原さんは私の顔を覗き込んでウインクしました。
「まあまあ、〈男女の関係〉って言ってもね。色々あるんだよー? 例えばマーちゃんみたいにー、相手は悪くないのに酷いことを言っちゃったー。謝りたいけど、どうすればいいのか分からないー。みたいな感じとかねー」
私は黙って鈴原さんの話を聞きます。
「それじゃ、まずは謝るシチュエーションを考えてみよっかー」
と言いながら鈴原さんはメモを取り出し、シャーペンで何かを書き込んでいきます。
「場所は誰もいない場所がいいかも。となると、朝の屋上か帰り道かなー? トーヤ君は朝が早いみたいだからー、朝の屋上にしよっかー」
と鈴原さんが言うのを聞き、私は小さな疑問を持ちます。
(何で風間君が朝早いのを知ってるの? 私は知らないのに……)
鈴原さんはメモを書き終えると、切り取って私に渡してきました。
「この通りにやれば大丈夫だよー。きっとー」
と言って軽やかなスキップで、鈴原さんは去って行ってしまいました。
(……とりあえず、メモを見てみよう)
私はメモを読み、固まってしまいます。メモにはこう書いてありました。
〈トーヤ君は、一年生の人気男子ベスト5に入ってるよー。好き嫌いは置いといてー、距離縮めておくといいかもー。明日は授業が始まる三十分前には登校して、そのまま屋上に行ってねー。ちゃんと私がサポートするからー。ガンバ〉
最後にハートマークがついています。この文章を読んで私は少し不安になりました。
(鈴原さんに任せて、……本当に大丈夫かな? それに、何か勘違いされてるような気もする……)
私は深いため息をつき、メモ―バッグの中に入れてトボトボと歩き出しました。まるで、迷子になった子犬のように。
(…でも、謝りたいのは本当だし、鈴原さんに任せてもいいかな……)
と考え直した私は、バッグからメモを取り出しての二枚目を読みます。二枚目の一行目に、こう書かれていました。
〈謝って仲良くなるコツ〉
それを見た私は校門を出た所で立ち止まり、その下に書かれた文章を真剣に読みました。
「……上手く行くか分からないけど、鈴原さんが協力してくれるし、やらなくちゃ」
と私は言いながらメモをブレザーのポケットに入れ、少し軽くなった足どりで自宅に帰りました。
天堂真衣が校門から出たのを確認し、大佐に指示された通りに俺は学校裏の道路へ向かった。実際に行って見ると銀色の車が止めてある。俺が車に近づいて行くとドアが開いた。どうやら、この車で間違いないらしい。俺が乗り込むと同時にエンジンがかかり、車が発進した。
「どうも、俺は中川という。俺の役目は、キミを訓練場に連れて行くことだ。よろしく」
軽いノリで挨拶してきた運転手は、中川というらしい。少し赤みがかった髪の若い男だ。
「あっ、階級は〈中尉〉だ。とりあえず、覚えといてくれ」
「俺の名前は風間塔屋。階級は〈特尉〉です。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺も自分の名前と階級を明かした。向こうが明かした以上、こちらも明かすべきだと判断したからだ。
「へえ……、〈特尉〉か。その歳でね」
そう呟いた中川〈中尉〉が、目を細めてミラー越しに俺を見てきた。
「何か、いわくがありそうだね」
相変わらず軽い口調だが、さっきとは纏う雰囲気が違っていた。
「ま、大したことじゃないよな!」
それも一瞬だけのことだったようで、人懐っこい笑顔を浮かべて俺に言ってきた。俺は少し戸惑いを覚え、黙り込んでしまう。
(感情が読めないな……)
こっちの感情は能動ではなく、受動なので相手の感情を読み取って行動する。そのせいなのか感情の読めない相手だと、どう対応していいのかわからないのだ。
「まっ、固くならないで。それに、大した距離じゃないから」
ヘラヘラと笑いながら言ってくる中川〈中尉〉に、俺は溜め息をついた。
「見たところ、高校に潜入してるみたいだし? 学校で何があったのか聞かせてくれよ」
まるで親しい友人に話しかけてきたので、つい俺は学校であったことを話し始めてしまう。
「実は昨日、入学したばかりで」
「へえ? じゃあ、高一か。学校生活に不安はある?」
「いえ、特にありません」
「へえ、頼もしいじゃないか」
いつの間にか中川〈中尉〉のペースに乗せられ、俺は質問に次々と答えていた。
「よし、到着したよ。風間クン」
そう言って、中川〈中尉〉は車を止めた。降りて周囲を見てみると、ただの公園だった。
「こっちだよ」
そう言って、中川〈中尉〉が先導してくれた。少し歩いた所で、中川中尉はしゃがみこむ。そして、地面に触れた。
「ここが入口だよ。入り方は、今からやるから見ててくれ」
そう言って、中川中尉は地面を何かを探すようにペタペタと触り、いきなり地面に爪を立てた。すると、その部分が蓋のように開き、電卓のように並んだ番号の書かれたスイッチが現れる。
「暗証番号は、それぞれが持ってるんだ。まあ、今回は俺の番号を使うよ」
そう言って、素早くボタンを叩いて暗証番号を入力した。すると、俺と中川中尉がいる場所の地面が下がっていく。
「驚いたかい? こういう仕掛けなんだ」
そう言いながら、悪戯が成功した子供のように中川中尉は笑った。俺は笑わず、上の方を見る。これだけの大きさだと、開いた穴に一般人が気がついてしまうはずだ。
「あー、上の穴は気にしなくていいよ。カモフラージュしてるらしいから」
上を見た俺の考えていたことに気がついたのか、中川中尉が言った。
しばらくして停止し、横の壁が開いた。そっちに中川中尉が歩いて行ったので、その後に俺は続く。しばらく歩くと小部屋のような空間に出た。
「ここが、訓練場だよ。そこの機械に通信機を翳せば中に入れるんだ」
中川中尉は説明しながら、その機械を指差した。しかし、通信機を持っていない俺は、機械を見ながら思う。
(通信機を持ってない俺は、入れないんじゃないか?)
そう思っていると、コンタクトディスプレイに文字が浮かんだ。その文字は、簡単な指示だった。その指示に従い、俺は機会に向けて手を翳す。すると、機械が反応した。
『登録コードを確認しました。風間塔屋。階級は〈特尉〉。地下百階の使用を許可します』
機械から音声が聞こえ、機械よりも奥にある壁が開いた。
「ここからは、俺は行くことができない。一人で行くんだ。まあ、がんばってくれ」
と中川中尉は言いながら俺の背中を押した。振り返ると、中川中尉が無邪気な笑顔を浮かべていた。ドアが閉まると同時に、俺はこの部屋がエレベーターだということに気がついた。
階番号が表示されないので、俺はひたすら待つ。感情を消されたおかげで、待っている間の苛立ちは無かった。
(…そういえば、どんな訓練をするんだ?)
と俺が思っていると、頭の中に文字情報のように浮かび上がってきた。それは、思い出したというよりも、感覚的に前から知っているような感じだ。
(軍事訓練。あるとしたら、射撃訓練、回避訓練、格闘訓練の三つのどれかだな……)
そんなことを考えていると、エレベーターのドアが開いた。どうやら、目的の階に到着したようだ。俺は思考を中断してエレベーターから降りた。とてつもなく広い空間に出た。
俺は空間を見回してみた。一見すると何も無いただの広い空間だ。
『風間塔屋。階級、〈特尉〉が入室したのを確認しました』
音声が聞こえたと同時に、床の一部が直方体状にせり上がった。これはロッカーのようだ。俺はなんとなくロッカーを開けてみた。中に入っていたのは、まるでウェットスーツのような服だ。肘や膝の部分にはプロテクターが付いている。
『トレーニングスーツを装着後、部屋の中央に移動してください。カウントダウン後、訓練を開始します』
それを聞いたと同時に、俺は目の前にある服がトレーニングスーツだと理解した。着ている制服を脱ぎ、さっさとトレーニングスーツに着替える。ゴーグルとヘッドフォンも装着する。脱いだ制服をロッカーに放り込んで閉めるとロッカーは床に引っ込んだ。
(このトレーニングスーツ。ちゃんと防弾加工されてるんだろうな……)
と俺は思いながら部屋の中心に移動した。
『指定位置への移動を確認しました。カウントダウンを開始します。7、6』
訓練内容の説明も無しに、カウントダウンが始まった。俺は周囲を警戒する。
『3、2、1』
俺の体に微量の電気が流れているような感覚が走った。その感覚が足に集中する。
『0』
カウントダウンが終了すると同時に、俺は上に跳躍した。その次の瞬間、
――ダダダダン! キン、キン、キキン
発砲音と金属音が鳴った。どうやら回避訓練のようだ。俺は着地すると同時に、さっきと似たような感覚を感じた。
今度は横に跳躍して受け身を取るのと同時に、一本の線を描くような射撃がある。動きを止めていたら、間違い無く銃弾の何発かは当たっていたはずだ。同じような射撃が続くが、例の感覚を頼りにしながら全て回避した。
『ステージクリア。訓練レベルを上昇させます』
音声が聞こえたと同時に壁から銃口が飛び出した。微量の電気が流れているような感覚が、さっきよりも強くなる。それと同時に、俺の五感が鋭敏になっていくことに俺は気がついた。
さっきよりも激しい射撃が、俺に向かって放たれる。まず、最初は左右からの銃撃だ。これは前に転がって回避した。その次は、ランダムに射撃が放たれた。それを前後左右のステップで避け、俺は走り始める。
(くそっ……、これだと本当に死ぬぞ)
俺は自分の中に焦燥が生まれたのを感じた。そして、俺は思い出す。
(俺の中の感情は消えた訳じゃない。ただ、感じにくくなってるだけなんだ…!)
また例の感覚を感じ、急ブレーキをかけて止まる。俺が通るはずだったルートを、線を描くように射撃があった。その銃撃が止んだのを確認し、俺は再び走り始める。
(次は……、後ろだ!)
例の感覚に慣れ始め、俺は次にどうするべきかわかるようになってきていた。急ブレーキをかけ、後ろへ一歩だけ体を退く。つま先の近くを線を描くような射撃があった。かなりギリギリだ。もしかしたら、次は当たるかもしれない。
(危ねーな…。これだと、迂闊に走り回るのは危険だな)
俺は立ち止まって、鋭敏になった感覚で周囲を警戒した。迂闊に動くことができないなら、立ち止まって待つしかない。すぐに例の感覚を感じ、前に跳躍して転がった。
背後と左右のギリギリに線を描くような銃撃がある。立ち上がると同時に横に跳躍すると、そこに銃による集中砲火があった。もし、タイミングが遅れていたら蜂の巣になっていただろう。
(この訓練、いつまで、続くんだよ…!)
そう思いながら、俺は銃による連続の集中放火を回避した。今のところギリギリで回避しているが、いつ銃弾が当たるかわからない。銃が弾丸切れを起こす様子は無いし、俺の体力は減り続けていた。これは回避訓練というよりも拷問に近い。
全ての銃弾を避け続け、ようやく銃撃が止んだ。俺は肩で息をしながら周囲を見回した。壁から突き出している銃口は、かなりの数だ。この部屋での回避訓練をこなしている自分が化け物のように感じてしまう。
(もう、終わり、か……?)
周囲を最低限に警戒しつつ、俺は立ち上がった。すると、例の微量の電気が流れるような感覚が薄れていくかと思ったが、いきなり強くなった。俺は反射的に床に伏せる。
――ダーンッ!
大きな発砲音が聞こえた。どうやら、まだ訓練は終わっていなかったらしい。その場に留まっているのは危険だと俺が判断し、動こうとした瞬間、
『訓練終了です。お疲れ様でした』
と音声が聞こえてきた。全ての銃口が壁に引っ込む。どうやら、これで本当に訓練は終了したらしい。
『結果を報告します。被弾数0。回避能力Sと判定』
音声が俺の訓練結果を報告した後、床からロッカーがせりあがってきた。開けてみると、制服以外にタオルや水筒が入っている。どうやら、訓練中に入れられたらしい。
俺はトレーニングスーツを脱ぎ、体をタオルで拭いた。それから、ブレザー以外の制服を着る。
(この訓練、訓練なんて呼べるようなレベルじゃないよな……)
そう思いながら水分を補給する。水筒の中に入っていたのは、ただの水だった。水筒とタオルをロッカーに放り込み、ブレザーを手に持ってドアを閉めるとロッカーは床に格納され、壁の一部が開いて音声が聞こえてくる。
『風間特尉、退出してください』
俺は指示通りに開いた部分から部屋を出た。俺が入ったと同時に壁は閉まり、機械の稼動が聞こえる。この小部屋は、ここに来る時に使ったエレベーターだった。
回避訓練に集中していたせいで、俺は自分が地下にいたことを忘れていた。再びエレベーターのドアが開くと、そこには中川〈中尉〉が立っている。
「やあ、風間君。お疲れ様」
どうやら俺が訓練している間、ずっとここで待っていたらしい。
「どうも……」
俺は疲れていたので、短く返した。すると、中川中尉はノリの軽い口調で俺に聞いてくる。
「どうだった、初めての訓練は?」
「死ぬかと思った……」
俺が正直な感想を言うと、中川〈中尉〉は苦笑しながら言う。
「それは、大げさだな。…まあ、最初はそうだったとしても、すぐに慣れるよ。慣れたら楽だしね」
それを聞いた俺は、溜め息をつきながら思う。
(あの訓練を楽にこなせる人間は……、化け物だな)
そんな俺をよそに、中川中尉は機械に通信機を翳した。
『登録コードを確認しました。中川辰巳。階級は〈中尉〉。三十五階の使用を許可します』
「それじゃ、俺も訓練に行ってくるよ。三十分ぐらいだから、ここで待っといてくれ」
そう言って、中川〈中尉〉はエレベーターに乗り込んだ。それを見送った俺は壁に近づいて行き、壁にもたれて床にしゃがみこむ。
――ピーッ、ピーッ
『通信が入りました。通信回線を開きます』
居眠りでもしようかと思っていると通信が入った。俺は拒否しようかと思ったが、音声が聞こえると同時に通信回線が勝手に開く。
『風間特尉。私だ』
通信を入れてきたのは大佐だった。
「はい。こちら、風間搭屋。階級〈特尉〉です」
と俺は形式的な挨拶をした。正直、疲れているから通信を切りたい。
『今日の訓練の様子を見させてもらった。あのプログラムを全て回避するとは、大戦中に〈戦鬼〉と呼ばれただけのことはある』
どうやら、褒められているらしい。しかし、過去の記憶が無い俺には褒められているという実感が無かった。
『この様子なら、明日からの訓練も大丈夫そうだな』
「…明日からの訓練も、ですか……」
思ってもいなかった言葉を聞いて疲労感が増す。
『そうだ。明日からの訓練も、今日と同じように励んでくれ』
その言葉を最後に、大佐は通信を切った。どうやら、明日からも今日と同じ拷問のような訓練をしなければいけないらしい。
(やるしかないな……)
と俺は思いながら通信を切り、脱力して眠りについた。




