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03

 入学式の翌日。天堂真衣が話しかけてくることは無いまま、放課後になった。天堂真衣が教室を出たのを確認し、俺もバッグを持って教室を出る。天堂真衣はロッカーから靴を取り出し、その時に封筒が床に落ちた。

 天堂真衣は封筒から手紙を取り出して読む。手紙を読み終えると手紙を封筒と一緒にバッグに直し、上履きから靴には着替えた。そして、昇降口を出て校門の方へ行かず、校門とは逆方向へ歩き出した。

(尾行に気付かれたのか? いや、尾行というよりも護衛なんだけどな)

 と俺は思いながら歩くペースを落とした。ついでに足音も消す。記憶にある通りにやるだけなので、かなり楽だ。

(さて、…どこへ行くんだ?)

 天堂真衣は校内にある雑木林に入って行った。この雑木林は自然離れしている生徒たちが、自然とふれあうために作られたものだ。

(雑木林か……。やっぱり護衛に気がつかれたか? どっちにしろ、見失わないようにしないとな)

 俺は見失わないように集中しつつ、天堂真の死角に隠れながら尾行を続けた。3分ほど歩いて雑木林の中心にある広場に出た。この広場は中央に時計塔があるだけの場所だ。天堂真衣が立ち止まったので、俺は木の陰に隠れる。

「やあ、待っていたよ。天堂真衣さん」

 どうやら広場には先客がいたようだ。どうやら、その先客に天堂真衣は手紙で呼び出されたらしい。

「それで、返事は?」

 と先客が天堂真衣に聞く。胸ポケットの校章が赤色であることから、二年生だということが分かる。

(告白ってやつか……。盗み見する趣味は無いが、仕方無い)

「ごめんなさい」

 とはっきりと天堂真衣が答えた。途端に先客―金髪の男子生徒―の目に、静かな怒りの色が浮かび上がる。

「……へえ、理由を聞いてもいいかな? 天堂さん」

 と男子生徒に聞かれて天堂真衣は傷ついた顔をし、くぐもった声で男子生徒に答える。

「…今は、誰とも付き合うつもりが無いんです。本当に、ごめんなさい」

 男子生徒は笑って頷いた。目だけが笑っていない作り笑いだ。男子生徒は片手を挙げた。

「それじゃ、仕方ないなあ。本当はこんな事をしたくないんだけど……、やれ」

 男子生徒の合図で、雑木林の茂みから男子生徒が何人か現れた。どうやら断られることを計算に入れ、あらかじめ茂みに手下を待機させていたらしい。人数は五人。どう考えたとしても女子一人を相手にする人数じゃない。

「……えっ? ちょっ、ちょっと、どういう事ですか神谷先輩!」

 と男子生徒に向かって天堂真衣は聞くが、男子生徒は顔に嘲笑を浮かべて天堂真衣を見ていた。

「バカなやつだなあ。僕の女にしてやる。って言ってるのに、それを断るなんて」

 男子生徒の手下たちは抵抗する天堂真衣を捕らえ、男子生徒の前に連れて行った。

「天堂真衣。一年生の中では君が最初だ。光栄に思うといいよ」

 そう言いながら男子生徒は天堂真衣の頬を撫でた。天堂真衣がビクッと大きく震える。

「さて、そろそろ味わせてもらおうか。……君の唇を」

 と言って男子生徒は天堂真衣の顎に触れ、自分の方を向かせた。そして、ゆっくりと顔を近づけていく。その間、天堂真衣は小刻みに体を震わせていた。表情には、恐怖と嫌悪の色が浮かんでいる。

(……気色が悪い。やめさせるか)

 と考えるのと同時に、俺は雑木林から飛び出した。すると、男子生徒が驚いてこっちを向く。

「なっ、何だ!?」

 と男子生徒が言うが、俺に止まる理由は無い。飛び出した勢いのまま、俺は男子生徒に近づいて腹部に一撃を与える。

「かっ……」

 男子生徒は吹っ飛び、雑木林の茂みに背中から突っ込む。それを俺は確認し、男子生徒の手下たちを見る。俺が吹っ飛ばした男子生徒の手下たちだ。俺が容赦する理由は無いだろう。

「てめっ!」

 と言って手下の一人が、俺に殴りかかってきた。俺はそれをぎりぎりで回避し、すれ違う瞬間に足をかけてやる。その男子生徒は前のめりにつんのめった。

「……気絶してろ」

 と俺は呟き、つんのめった手下の背中に肘鉄を当てた。その場で手下が沈む。

(さてと、残りを一気に片付けるか)

 残りは四人。その内二人が特殊警棒を取り出した。

「……物騒な物を持ってるな」

 と俺は呟く。最近の高校生は何でもありらしい。特殊警棒を持った二人が俺に襲いかかってくる。俺は特殊警棒を避けながら考える。

(たった一人の女子生徒相手に、これだけの人数と武器の所有か……。逃げないようにするのと、外部から邪魔が入らないようにするためだな)

 俺は二人が特殊警棒を何度か避け、裏拳を顔面に当ててやった。それで人は沈む。

(残りを黙らせるより、護衛対象の安全を確保するのが優先だな……)

 と俺は考え、残りの二人に殺気を放って睨み付ける。

「……次はどいつだ?」

 軽く脅しをかけただけで、天堂真衣を捕らえている二人は動かなくなった。その二人を突き飛ばし、俺は天堂真衣の手を引いて走り出す。

「放して!」

 と雑木林を抜けたところで叫び、天堂真衣は俺の手を振り払った。

「……助けてくれた人に、こんな事を言うのは、……嫌だけど、私は「助けて」なんて言ってない!」

 と言いながら俺を睨み付けてきた。どうやら、昨日のことで俺は嫌われているらしい。俺は肩をすくめて睨み付けてくる天堂真衣に言う。

「……そうだな。悪いことをした。それじゃ、俺は行くから」

 そして、俺は天堂真衣を影から護衛するために、天堂真衣から早足で離れる。

(天堂真衣が俺を警戒している。それなら、好都合か……)

 正直、俺は護衛という任務が苦手なんだろう。俺の頭が、尾行の真似をするのを嫌がっている。おそらく、俺の失っている記憶の中に答えがあるんだろうが、今は思い出す必要は無い。そんな事は後回しだ。俺が校舎の角の近くまで来ると二つの声がした。

「今年の一年生には、なかなかの逸材がいるじゃない」

「日野。それじゃ、悪人みたいな言い方だぞ。もう少し、生徒会長らしい態度をとれ」

 俺は立ち止まり、校舎の角を睨み付けた。

「生徒会が俺に何の用ですか?」

 と俺が聞くと、校舎の角から声の主が現れた。1人は黒いストレートロングの女子生徒。もう一人は銀髪の男子生徒だ。胸ポケットの校章の色が緑なので、二人が三年生だということが分かる。

「そんな怖い顔で睨まないの一年生君。お姉さん、睨まれたら泣いちゃうわ」

「だから、日野。そういう態度はやめろ。でないと、風紀委員の権限を使うぞ」

 と二人が話すのを聞き、俺は警戒を緩めながら思う。

(この二人、いったい何がしたいんだ?)

 俺の疑問を察したように、銀髪の男子生徒が俺の方を見て苦笑しながら言う。

「「いったい何なんだ?」って思ってるみたいだね? まあ、自己紹介ぐらいはしといた方がいいか。僕の名前は朝井翔太。この国立ヴェルタリア高校の風紀委員をやっている。

ほら日野。お前も自己紹介しろ」

「朝井君は真面目ね。私は日野沙織。この国立ヴェルタリア高校の生徒会長よ。ほら、入学式の時に挨拶してたでしょ? 私、君みたいな男子はタイプだよ」

 と自己紹介をして、日野沙織はウインクした。これは、どう反応すればいいんだ? まあ、別にいいか。

「それで、風紀委員長と生徒会長が俺に何の用ですか?」

 と俺が質問すると、日野沙織は子供のように頬を膨らませながら言う。

「つれないわねー。そんなんじゃ友達できないよ。一年生君」

「だから、その態度はやめろ。風紀委員として見逃すことはできない」

「はいはい、分かったから。ところで一年生君。君の名前は?私たちが自己紹介したのに、自己紹介しないのはアンフェアよ?」

 二人のペースに圧倒されかけながら、俺は溜め息をついて言う。

「新入生代表として、入学式の時に挨拶したはずですが……」

 すると、日野沙織はキョトンとした。そして、その三十秒後に思い出して言う。

「あっ! あの時のね! なるほど、道理で見覚えがあるはずね」

「……忘れてたんですか?」

 と俺が聞くと、日野沙織は俺にイタズラっぽく笑いながら答える。

「もー、拗ねないの。ちょっと別件で頭がいっぱいだったのよ」

「僕は覚えてたよ。風間塔屋君だよね」

 と言いながら朝井翔太が責めるような目で見ると、日野沙織は肩をすくめて頬を膨らませながら言う。

「はいはい。どうせ、私はダメな生徒会長ですよ」

 まるで、親に怒られて拗ねた子供の様だ。そんな日野沙織に、朝井翔太は真面目な口調で言う。

「そんなことは言ってない。ただ、もう少ししっかりしてくれ」

「それって私の言ったことと、あんまり変わらないじゃない」

 どうやら日野沙織は拗ねているようだ。まあ、それはいいんだ。とにかく俺はさっさとこの状況を抜け出したい。

「……用が無いのなら、俺は失礼します」

 と俺が言って立ち去ろうとすると、朝井翔太に肩を掴まれた。

「ちょっと待ってくれないか? 実は用があるんだ」

 と言われたので、俺は立ち止まって聞く態度をとる。

「……実はね。さっき風間君が出て来た雑木林なんだけど、うちの問題児のアジトなの。リーダーの名前は神谷裕一。家が金持ちで性格は最悪」

 という日野沙織の説明を聞いて俺は納得する。あの神谷裕一という男子生徒は、家が金持ちなことをいいことに、デカい態度を取っているわけだ。それで風紀委員と生徒会にマークされている。ということは、俺から雑木林であった事を聞きたいんだろう。

「うちのクラスの女子が、神谷裕一に呼び出されて強引にセクハラされかけてました」

 と俺が雑木林であった事を話すと、朝井翔太は頷いて言う。

「知っているよ。風紀委員が仕掛けた隠しカメラで見ていたからね」

 俺は少し驚く。俺が失っているのは、エピソード記憶。つまりは思い出だ。しかし、知識の方は消えていない。その知識のなかでの風紀委員は、隠しカメラなんてハイテクな物は使わない。そう記憶されているからだ(ちなみに、この話は倉敷博士に連絡を取って教えてもらった)。

「それも重要なんだけど、それとは別件で風間君に頼みたいことがあるの」

「君は神谷裕一のアジトから女子生徒を救出した。そういう行動力は、誰もが持っているわけじゃない」

 と二人に言われ、俺は肩をすくめて言った。

「大したことじゃ無いですよ。それで、俺に頼みたいことって、何なんですか?」

 と俺が聞くと、日野沙織はニコニコ笑いながら答える。

「風間君。君を風紀委員に任命します!」

「……は?」

 俺はいきなり何を言われたのか分からず、そう聞き返してしまった。そこで、朝井翔太が日野沙織に言う。

「こら、日野。それは君が言うことじゃ無い」

「えーっ?」

 と非難の声を上げる日野沙織を無視し、朝井翔太は俺の方を向いた。

「国立ヴェルタリア高校の風紀委員長として、ここで君に言わせてもらう」

 俺は朝井翔太を見る。さっきから感じているが、コイツはただの高校生じゃない。それなりに訓練を受けている。日野沙織も。

「風間塔屋。君を風紀委員に任命する」

 それを聞き、俺の頭の中で状況が整理された。どうやら神谷裕一という問題児から天堂真衣を救出したことを評価し、俺に風紀委員になれと言ってきたらしい。

「強制はしないが、君は今日のことで神谷に目をつけられたはずだ。僕としては、風紀委員に入ることを勧めるよ」

(まあ、それはそうだろう。初対面で殴られたら、俺だって顔を覚える。目をつけられたとなると、天堂真衣の護衛がしづらくなる。……少し考えてみるか)

 と俺は考え、朝井翔太に言う。

「少し考える時間をください」

 朝井翔太は頷いて歩きだし、日野沙織を見た。

「日野、行くぞ。うちの連中にも言っとかないと、後で何を言われるか分からないからな」

「うん。それじゃ、搭屋君。また明日ね」

 と言って日野沙織はウインクし、朝井翔太と共に歩いて行った。俺は小さな疑問を持つ。

(何で呼び方が〈風間君〉から〈搭屋君〉に変わったんだ?)

 まあ、本当に小さな疑問なので放って置くことにする。俺は校舎の角を曲がり、校門へと歩いて行った。

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