02
俺は校門を通って学校を観察した。屋上には桜の木がある。それを見ても俺の心に何の感情も生まれない。
「……桜か。見るのは久しぶりだな」
と俺は言っただけだった。言葉に感情は無い。ただ、思い出しただけだった。
(ここまで感情が削り取られると、俺はつまらない人間だな)
と俺は思い、自分を嘲り笑った。それから周囲を見回して生徒会のスタッフらしい生徒が、新入生を誘導しているのを見つける。そっちに向かって俺は歩き出すと、背後から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃっ」
「ボーッとしてんじゃねえよ」
どうやら女子生徒が男子生徒にぶつかられたらしい。俺は振り返って状況を確認する。女子生徒にぶつかった男子生徒は、何も無かったように仲間と話しながら歩いている。俺は転んだ女子生徒に早足で近づき、右手を差し出して言う。
「災難だったな。大丈夫か?」
心配した訳でも無いのに、そんな言葉が自然に俺の口から出た。よく考えてみると、この行動も俺が意識してやっている訳じゃない。女子生徒が俺の右手を掴んだので、引っ張って立ち上がらせた。
(俺、何でこんなことしてるんだ?)
と疑問に思いながらも、俺は女子生徒を見る。どうやらケガは無いようだ。長い黒髪に一つのヘアピンがついていて、それがよく似合っている。俺は何の感情も湧かないが、美人の部類に入るだろう。俺は女子生徒の顔に見覚えがあることに気がついた。
(……コイツ、もしかして)
俺は女子生徒を見ていたが、女子生徒も俺を見ていた。気のせいか女子生徒の顔が僅かに赤い。
(何で俺を見てるんだ?)
と俺は疑問を持ち、女子生徒に聞いてみる。
「……俺の顔に何かついてるか?」
すると、女子生徒は首を激しく横に振る。これ以上質問するのも面倒なので、俺はその場を去ることにした。
「……そうか。じゃあ、俺は行くから」
と俺は女子生徒に言い、生徒会のスタッフらしい生徒の方へと歩いて行った。
『データをダウンロード中』
とイヤホンから機械の音声が響く。便利なことに、このイヤホンとコンタクトディスプレイは俺の思考とリンクしているらしい。ピピピッと音がしてコンタクトディスプレイに情報が表示される。
『女子生徒とコンタクトディスプレイの記憶データを照合します』
と音声がしてから一〇秒後。コンタクトディスプレイに画像とMATCHの文字が浮かぶ。
(やっぱりな……。あれが俺の護衛対象か……)
俺がデータを確認し終えると、コンタクトディスプレイから画像が消えた。
(とりあえず護衛の対象と接触した。後は命令通り、護るだけだな)
俺は他の生徒たちと同じように、クラス別に分けられて体育館に入った。そして、入学式が始まる。校長の挨拶を聞きながら、俺は屋上の桜を見た時のことを思い出した。
(……そう言えば、桜を見た時に「見るのは久しぶりだな」って言ったよな。やっぱり、記憶が完全に消えたわけじゃないのか)
なんて事を考えていると、進行係の声が聞こえてくる。
「次は、新入生代表の挨拶です」
俺は立ち上がり、マイクのあるステージへと歩いて行った。新入生代表に入試で成績がトップだった生徒が選ばれる。俺は2週間の受験勉強で入試を受けたにも関わらず、新入生代表に選ばれてしまった。
(まあ、さっさと終わらせるか)
俺は気がつかれないように溜め息をつき、軽く息を吸い込んでから言う。
「僕たち新入生は、この国立ヴェルタリア高校に入学できたことを誇りに思います。慣れない高校生活に不安はありますが、これからの三年間を宝にできるように、励んでいくことをここに誓います。新入生代表、風間塔屋」
俺は礼をして席に戻って行く。その途中で、誰かに見られていることに気がついた。いや、正確には挨拶の途中から気がついている。おそらく俺を見ている人物は、天堂真衣だろう。
(俺が自分の護衛だと気がついたのか……?)
と俺は思いながら、入学式が終わるまで突き刺さる視線を無視し続けた。入学式が終わり、各クラスごとのホームルームだ。
「えっと、あの、その、入学式で紹介があったと思いますけど、自己紹介します。このクラスの担任をさせてもらいます。私の名前は、新橋美奈といいます。よろしくお願いします」
新橋美奈が挨拶した直後、いっせいに周囲が沸き上がった。俺は騒ぐことも無く新橋美奈を観察して分析した。
(男子や女子が騒いでいるのは、気が弱い性格に保護欲が高まっているせいだな。あと、男子からしたら魅力的なスタイルなんだろう。俺は何も感じないけどな)
俺の分析が終えると同時に、コンタクトディスプレイが起動した。
『国立ヴェルタリア高校のサーバーにアクセス。データのインストールを開始します』
パーセント表示に変わり、数秒後にCOMPLETEの文字が浮かび上がる。
(他のサーバーから、データを読み込むこともできるのか……。便利だな)
俺は僅かな驚きを覚えつつ、倉敷老人の言葉を思い出した。
〈他にも色々あるが、残りは自分で見つけろ〉
今、その言葉に俺は納得した。俺の思考とリンクしているから、自分で見つけることができるわけだ。自分で見つけることができるのに、説明するのは面倒だからな。
「えっと、それでは、皆さんにも自己紹介をしてもらいます」
と言って新橋美奈は言って出席簿を開いた。
「出席番号一番。い、飯村君。自己紹介してくだしゃい」
と新橋美奈が噛んだので、周囲が再び沸き上がる。その後、自己紹介が順調に進んで俺の番が来た。
「出席番号五番。風間君。自己紹介してください」
俺は立ち上がり、自己紹介する。
「風間塔屋です。よろしくお願いします」
そして、席に座った。新橋美奈と他の生徒が少し困惑したようだが、俺は無視した。新橋美奈は気を取り直し、生徒の自己紹介を再開させる。しばらくして、天堂真衣の番にな
った。俺は少し視線を動かして天堂真衣を見る。
「出席番号十番。天堂さん。自己紹介してください」
と新橋美奈が名前を呼んだ。しかし、天堂真衣は反応しない。
「天堂さん。自己紹介してください」
と新橋美奈がもう一度言っても、天堂真衣は反応しない。さすがに俺は不審に思い、天堂の方を向いた。コンタクトディスプレイが起動する。
『天堂真衣の様態を確認します。呼吸・脈拍・体温に異常はありません』
(……何か考え事でもしているんだろう)
とイヤホンからの音声で推測し、俺は肘をついて窓の外を見た。護衛の対象に異常が無いのなら、ずっと見ている必要は無いからだ。
「天堂さん。天堂さん。天堂さん? 天堂さん! 天堂さん!!」
「きゃっ」
と新橋美奈の懸命な呼びかけに反応し、天堂真衣は悲鳴を上げた。まあ、自業自得だな。
「大声出してごめんね。返事が無かったから、私、不安になっちゃって……。それに、出席番号順で天堂さんの番なの。自己紹介してくれないかな? ダメかな?」
と涙声で聞いてくる新橋美奈に、天堂真衣は言う。
「先生。大丈夫です。私、自己紹介しますから」
「良かったあ。私、今年度が初めての担任だったから不安だったの」
新橋美奈の安心した声の後、天堂真衣がたじろぐ気配がした。どうやら苦手なタイプらしい。
(……まあ、苦手は人それぞれだからな)
と俺が思っていると、天堂真衣の自己紹介が始まる。
「て、天堂真衣です。えっと、私の趣味は作詞です。よろしくお願いします」
自己紹介を終えると天堂真衣が席に座り、溜め息をつく音が聞こえてきた。周囲からの視線が集まっていたから、緊張したんだろう。
(趣味は作詞か……。データベースに記録しておくか?)
と俺は悩んだが、結局はやめた。どうせ、記録したところで何の意味も無い。生徒の自己紹介が終わると、担任は教卓に戻って言う。
「それでは皆さん。これから頑張っていきましょう!」
新橋美奈がプリントを手に持ち、笑顔で続けて言う。
「皆さん。今からプリントを何枚か配布します。捨てずに持って帰って読んでくださいね」
新橋美奈はプリントを配り始めた。俺は前から回されてきたプリントを受け取り、一枚だけ取って後ろに回す。そして、プリントの内容に目を通した。
(大して重要な事じゃ無いな)
プリントを一通り読み、そう俺は結論づけた。プリントを半分に折りたたんでバッグに入れた。
(……それにしても、入学式から俺のことを見ているな。天堂真衣。……護衛がしにくくなるな)
たまに視線が外れることはあるが、それも数分だけだ。気がつかない方がおかしい。
「それでは皆さん。また明日、学校で会いましょう」
と担任が締めくくり、男子生徒たちが「はいっ!」と返事をする。返事を聞いた担任は、なぜかスキップしながら教室を出て行った。俺はバッグを持ち、さっさと教室を出て行く。
俺は誰もいない廊下を歩いて行く。教室の前を通るたびに、教室の中から声が聞こえてきた。それに混じり、後ろから足音が聞こえてくる。
(俺を尾行しているのか? ……素人だな)
俺は階段を下り、昇降口で上履きから靴に履きかえた。そして、校門に向かう。
(校門を出て右に曲がり、すぐに停止する。そこで尾行者を確認し、敵なら撃退)
俺は頭の中でシュミレーションし、校門を出て実行した。振り返って二十秒後、校門から尾行者が現れた。
「きゃっ」
尾行者から小さく悲鳴が漏れる。俺は尾行者の顔を確認して問いかける。
「……俺に何か用か?」
だが、尾行者―天堂真衣―は驚いたせいで固まっていて返事が無い。とりあえず理由を説明してやる。
「入学式とホームルームの時間、俺のことを見ていただろ。それに、他の生徒が出て来ていないのに、お前だけ出て来ている」
すると、天堂真衣は校舎の方を慌てて見た。当然、誰も出て来ていない。教室で生徒同士で話しているんだろう。
「で、俺に何の用だ?」
と俺は聞いてみたが、天堂真衣は何も答えない。とりあえず放って置くことにした。
「用が無いなら、俺は帰るから」
と言って、俺はその場を去ろうとした。
「ま、待って!」
と天堂真衣が言ったので立ち止まり、俺は面倒臭そうに振り返って言う。
「……用があるなら、さっさと言ってくれ。時間が無駄になる」
すると、後ろにいる天堂真衣は黙り込んでしまった。かと思えば、怒りを帯びた声で俺に言ってくる。
「……無愛想なのね」
「そうだな。だからどうしたんだ?」
と俺が聞くと、天堂真衣は怒鳴ってきた。
「私のイメージと違う!」
(俺は感情を削り取られている。だから無愛想なだけだ)
そんなことを言える訳も無く、俺は少し考えてから天堂真衣に言う。
「自分のイメージだろ。それを俺に押し付けるな。それと会ったばかりの人間に、怒鳴りつけられる覚えは無い」
すると、天堂真衣は傷ついた顔をした。
「あなた最低ね! 万年仏頂面!!」
と天堂真衣は俺を怒鳴りつけ、走って行ってしまった。その背中を見えなくなるまで俺は目で追う。
(あれが重要人物だとは思えないな。本当に護衛する価値があるのか?)
と俺は考えていると、あることに気がついた。
(俺、あんなに喋るようなヤツだったか?)
俺は自分の中に違和感を感じたが、放って置くことにした。考えたって仕方が無いからだ。
(おそらく、記憶の断片に関わる事なんだろう。だけど、今の俺には必要ないからな)
俺は歩き出す。さっさと帰って〈大佐〉と明日からの動きを、打ち合わせをしなければならない。
今日は、天堂真衣に特に何事も無くて良かった。俺の任務は今のところ、校内での護衛と機密文章の警備のみだからな。それはいいとして、まさか初日に尾行されるとは予想していなかった。しかし、感情の無い俺は動じることも無く対処ができる。そんな自分に何も感じない。
(俺は、おかしいのか?)
なんてことを考えながらベッドに座っていると、イヤホンから音が聞こえてきた。
――ピーッ、ピーッ
『通信回線を開きます』
音声が聞こえたと同時に通信回線が開き、大佐の姿がコンタクトディスプレイに映し出された。
『〈特尉〉、聞こえるか?』
と大佐が聞いてきたので、俺は返事をする。
「はい、聞こえてます。ついでに、顔も見えてますよ」
『そうか……。それで、護衛対象とは無事に接触できたか?』
大佐の質問を聞き、俺は思い出しながら正直に答える。
「接触はできましたけど、……怒らせてしまいました」
すると、大佐の眉間にしわが寄った。
『ほう、それはどういうことだ? 詳しいことを話せ』
そう命令され、俺は天堂真衣に尾行されたことを話した。そして、尾行された理由がわからないことも伝える。
「特に、俺は怒らせるようなことを言った覚えは無いです」
そう俺が言うと、大佐は溜め息をついて言った。
『……なるほどな。後で秘書にでも聞いておこう』
「そうですか。それじゃ、」
と俺が言って電源を切ろうとすると、大佐が俺を止めた。
『待て。まだ、こちらの話が終わってないぞ』
俺は自分に非があったのを認識し、申し訳なさそうに謝った。もちろん、感情が無いので、本当に申し訳ないと思った訳じゃない。ただ、自然とそうしただけだ。
「すみません。…それで、話というのは?」
大佐は頷いて話を始める。
『…特に脅威と言うほどでは無いが、校内に潜り込んだ組織がいくつかあるらしい』
それを聞いた俺は、自分の任務を思い出しながら大佐に質問した。
「俺の任務は、天堂真衣の護衛と機密文書の警備です。…なるべく、詳しく教えてください」
『無論、そのつもりだ』
大佐は言いながら、机の上に置いてあるファイルを手に取った。そして、それを開いて俺に話し始める。
『潜り込んでいる組織で、詳細がわかっているのは二つのみだ』
そう前置きをし、ファイルのページを大佐はめくった。
『まず一つ目は、〈スネーク・オーシャン〉。この組織は、校内の情報を盗むのが目的と推測しているが、それは推測にすぎない。そして、もう一つは〈エンド・レクイエム〉。この組織は他に比べたら穏健だが、何を考えているのかがわからない』
そこで言葉を切り、大佐はファイルを閉じた。
『この二つの組織以外にも、潜入している組織は、わかっているだけで五つある。十分に警戒してくれ』
俺は聞きながら、もっと詳しい情報が欲しいと思った。大佐に言おうとした次の瞬間、コンタクトディスプレイから大佐の姿が消える。パーセント表示に切り替わり、すぐに大佐の話にあった二つの組織について書かれた資料が表紙される。
『〈特尉〉、どうした?』
大佐の声が聞こえてきたので、俺は資料に目を通すのを後回しにする。
「いえ、何でもありません。……わかってます。俺は俺に与えられた任務をこなします」
『ああ、頼んだぞ。では、健闘を祈る』
大佐の言葉を最後に通信は切れた。俺も通信を切り、さっき表示された資料を呼び出す。資料に目を通してみると、だいたいのことがわかった。
まず、〈スネーク・オーシャン〉という組織は、いわゆる〈情報テロ〉を行う組織らしい。組織や国家の情報を漏えいさせ、破綻に追い込むテロだ。そして、〈エンド・レクイエム〉という組織は、特に派手なテロ行為はしていないが、民衆によるクーデターを手伝い、目的の人物を暗殺する〈隠密テロ〉
を行っているらしい。
(…詳しいことがわかったとはいえ、安心はできないな)
俺は資料を見ながら、二つの組織が行ったテロをいくつかのパターンに分ける。その作業途中に、また通信が入った。
――ピーッ、ピーッ
イヤホンから音声が聞こえる前に、俺は自分で通信回線を開く。すると、さきほど見た大佐の姿がコンタクトディスプレイに映し出された。
「……どうしたんですか、大佐?こんな短時間に、二度目の連絡を入れるなんて」
気配り無しの質問だったが、俺は特に気にしなかった。しかし、大佐は渋面を作って申し訳なさそうに謝ってくる。
『すまない。先程の連絡で伝え忘れていたことがあった』
「伝え忘れていたこと?」
そう俺が聞き返すと、〈大佐〉は頷いて言った。
『君の実力は、戦前のデータに残っている。しかし、私がこの目で見たわけではない。……二〇〇年も眠っていれば、体を慣らしておく必要があるだろう』
今の話の流れで、だいたい〈大佐〉が何を言いたいのかわかったが、俺は黙って大佐の話を聞いた。
『君には学校の授業が終わり次第、軍の訓練場に行ってもらう』
俺が予想した通りの言葉を〈大佐〉は言った。もちろん、俺に拒否する権利は無いだろう。
「わかりました。…それで、その軍の訓練場はどこにあるんですか?」
そう俺が聞くと、〈大佐〉は顔の前で手を組んで答える。
『君が知る必要は無い。私の部下が君を車で迎えに行く。天堂真衣が校門を出たのを確認後、学校裏の道路で待たせておく』
そこまで言うと、〈大佐〉は口を閉じた。どうやら、この話は終わりのようだ。
『明日の学校終了後、必ず訓練場へ行くように』
と念を押してきたので、それに対して俺は軍の決り文句で返す。
「了解」
そして、通信は切れた。俺が通信を切ると、さっき分別途中だった資料がコンタクトディスプレイに表示された。しかし、そこには分別中の資料は無かった。代わりにあったのは、すでに分別されたいくつかのファイルフォルダだ。どうやら俺が〈大佐〉と通信している間に、自動的に整理されたらしい。
(……この機械、無駄に性能がいいな。売ったら、どれくらいの値段がつくんだ?)
と俺は考えたが、当然だが売るつもりは全く無い。任務中は、絶対に必要になることがわかっているからだ。
整理された資料に順番に目を通し、ベッドに横になったところで俺はあることを思い出した。
(明日からの動きを、打ち合わせするのを忘れてた……)
今から通信しようかと思ったが、するのは非効率だと脳が判断をくだしたので、通信を行わなかった。
(…まあ、何とかなるだろ)
と俺は楽観的に考え、瞼を閉じてその上から右手を覆った。




