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『地元に戻ると、俺がストーカーになっていた』  作者: こうた


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8/20

第8話 異国で出会った女性



フランスで過ごした五年間は。


俺の人生で、一番濃い時間だった。


朝から晩まで菓子を作る。


仕事が終われば、エレーヌと過ごす。


休日には街を歩く。


時には二人で料理を作った。


何でもない日々だった。


でも。


俺にとっては。


それが幸せだった。


「しげる」


ある夜。


エレーヌがキッチンから顔を出した。


「何や?」


「これ、味見して」


「何作ったん?」


「秘密」


皿に乗っていたのは。


少し形の崩れたケーキだった。


俺は一口食べた。


「……甘いな」


「やっぱり?」


「砂糖多すぎる」


「パティシエなのに厳しい」


「仕事やからな」


エレーヌは笑った。


「じゃあ、これは?」


もう一口。


「……今度はええ感じ」


「本当?」


「うん」


「やった!」


彼女が嬉しそうに笑う。


そんな姿を見ていると。


俺まで嬉しくなった。


俺は。


この人とずっと一緒にいたい。


そう思うようになっていた。


ある休日。


エレーヌに誘われて。


彼女の友人たちと食事をした。


みんな明るい。


よく喋る。


笑い声が絶えない。


俺は最初、少し緊張していた。


すると。


エマという女性が俺の隣に座った。


「あなたが、しげる?」


「はい」


「エレーヌがいつも話してる」


「……何て?」


エマは笑った。


「優しい人だって」


俺はエレーヌを見る。


「余計なこと言うなや」


「本当のことだもの」


エレーヌは笑った。


その様子を見て。


俺は思った。


俺は。


もう一人じゃない。


フランスに来たばかりの頃。


何も分からなかった俺が。


今では。


仕事仲間がいる。


友人がいる。


そして。


大切な人がいる。


日本にいた頃。


俺はずっと。


自分の居場所を探していた。


佐渡では見つからなかった。


東京でも。


完全には見つけられなかった。


でも。


ここで見つけた。


俺自身の居場所を。


そんなある日。


エレーヌが言った。


「日本に帰るんだよね?」


「うん」


「大阪に?」


「そう」


「佐渡には?」


俺は少し黙った。


「……帰らへん」


「どうして?」


「いろいろあったんや」


エレーヌは俺の顔を見た。


「聞いてもいい?」


「……今はまだ」


「分かった」


それだけだった。


責めない。


聞き出そうともしない。


俺は、その優しさに救われた。


そして。


帰国の日。


空港でエレーヌが言った。


「日本で待ってる」


「待たせへん」


「本当?」


「すぐ戻る」


「約束ね」


「約束」


俺は日本へ戻った。


大阪へ。


そして。


梅田の街を歩いた。


人が多い。


店が多い。


活気がある。


何より。


自由だった。


俺はここで店をやる。


誰も。


俺の過去を知らない。


誰も。


俺を昔の俺として見ない。


それが嬉しかった。


物件を探した。


厨房の設備を確認した。


仕入れ先を探した。


資金を計算した。


簡単ではなかった。


何度も計画をやり直した。


それでも。


諦めなかった。


そして。


ようやく。


小さな店舗を借りることができた。


店名を考える。


何日も悩んだ。


そして。


決めた。


『パティスリー・シエル』


フランス語で。


「空」。


佐渡を出た十八歳の俺は。


ずっと狭い場所にいるような気がしていた。


でも。


フランスへ行って。


世界は広いと知った。


空は。


どこまでも続いている。


だから。


この名前にした。


開店前日。


誰もいない店内で。


俺は一人、厨房に立った。


ピカピカのオーブン。


新しい作業台。


並べられた道具。


全部。


自分で選んだ。


「……ここまで来たんやな」


思わず呟いた。


十八歳の俺には。


想像もできなかった。


佐渡を出て。


東京へ行って。


フランスへ行って。


そして。


大阪で自分の店を持つ。


人生は。


分からないものだ。


翌朝。


店を開けた。


最初のお客さんが入ってくる。


「いらっしゃいませ」


緊張した。


一つ目のケーキが売れた。


二つ目。


三つ目。


気がつけば。


店の外に列ができていた。


「すごい人気ですね」


「ここのケーキ、本当に美味しい」


「また来ます」


その言葉が嬉しかった。


俺は。


ようやく。


自分の人生を手に入れた気がした。


数年後。


『パティスリー・シエル』は。


梅田で知られる店になった。


雑誌にも載った。


口コミでも評判になった。


スタッフも増えた。


俺自身も。


少しずつ経営者になっていった。


そして。


エレーヌも日本へ来た。


「ただいま」


「おかえり」


そんな会話ができることが。


嬉しかった。


ある夜。


店を閉めたあと。


二人で並んで歩いた。


「しげる」


「ん?」


「幸せ?」


俺は笑った。


「幸せやで」


「私も」


エレーヌが俺の腕に寄り添う。


俺は彼女の手を握った。


このとき。


俺は本当に思っていた。


俺の過去は。


もう終わった。


十二年前の恋も。


佐渡での出来事も。


全部。


過ぎたことだと。


けれど。


その直後。


エレーヌのスマートフォンが鳴った。


「誰?」


「友達」


彼女が画面を見る。


そして。


少し困った顔をした。


「どうしたん?」


「……しげる」


「ん?」


「あなたの故郷から、手紙が来た」


俺の足が止まった。


「……佐渡から?」


エレーヌは頷いた。


そして。


俺に封筒を差し出した。


表には。


見覚えのある文字で。


俺の名前が書かれていた。


――しげるへ。


その文字を見た瞬間。


十二年間。


閉じ込めていたはずの記憶が。


一気に蘇った。

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