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『地元に戻ると、俺がストーカーになっていた』  作者: こうた


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第6話 東京で、俺は菓子職人になった



東京に出てから。


俺の生活は、毎日が勉強だった。


朝は早い。


厨房に入る。


仕込みをする。


怒られる。


また仕込む。


失敗する。


また作る。


そんな繰り返しだった。


「しげる、これやり直し」


「はい!」


「温度が高い」


「すみません!」


「謝る暇があったら覚えろ」


「はい!」


最初の頃は、何度も辞めようと思った。


自分には才能なんてない。


そう思ったこともある。


それでも。


包丁を握っているとき。


クリームを混ぜているとき。


オーブンから焼き上がった菓子を取り出すとき。


不思議と楽しかった。


何より。


菓子を作っている間だけは、佐渡のことを忘れられた。


みさきのことも。


高校時代の噂も。


俺を見ていた人たちの冷たい目も。


全部忘れられた。


だから。


俺は厨房に立ち続けた。


ある日のことだった。


旅館の料理長、高木さんが俺を呼んだ。


「しげる」


「はい」


「これ、食べてみろ」


差し出されたのは、小さなフランス菓子だった。


一口食べる。


「……うまい」


「だろ?」


高木さんが笑った。


「フランス菓子だ」


「フランス……」


「お前、こういうの好きだろ」


「はい」


「だったら、もっと勉強しろ」


高木さんは一冊の本を渡してきた。


フランス語で書かれた菓子の専門書だった。


「読めるの?」


「……読めません」


「じゃあ、読めるようになれ」


その一言が。


俺の人生を変えた。


仕事が終わってから。


俺はフランス語を勉強し始めた。


最初は何を書いているのか、まったく分からない。


それでも。


辞書を引きながら、一つずつ覚えた。


菓子の名前。


材料。


温度。


製法。


文化。


知れば知るほど。


フランスへ行きたくなった。


そんなときだった。


ジャン=ピエールと出会った。


彼は、旅館で出した俺のデザートを食べた。


そして言った。


「君は、フランスに来るべきだ」


俺は迷った。


フランス。


日本から遠く離れた国。


言葉も違う。


文化も違う。


知っている人間なんて誰もいない。


でも。


俺は行きたかった。


「……行きます」


そう答えた。


二十歳。


俺はフランスへ渡った。


空港に降りた瞬間。


今まで見たことのない景色が広がっていた。


聞いたことのない言葉。


知らない匂い。


知らない人。


そして。


知らない世界。


不安だった。


でも。


同時に。


嬉しかった。


俺は。


やっと過去から離れられた気がした。


フランスでの修業は厳しかった。


日本人だからといって特別扱いはされない。


むしろ。


最初は何度も失敗した。


「遅い!」


「はい!」


「もっと丁寧に!」


「はい!」


「味を見ろ!」


「はい!」


怒られてばかりだった。


でも。


不思議だった。


日本にいた頃より。


俺は生き生きしていた。


失敗しても。


誰も俺の過去を知らない。


誰も。


俺を「みさきをストーカーした男」なんて見ない。


俺はただの新人だった。


それが。


嬉しかった。


そして。


少しずつ技術が身についていった。


チョコレート。


ムース。


タルト。


焼き菓子。


飴細工。


一つずつ。


自分のものになっていく。


五年。


長いようで。


短かった。


気がつけば。


俺は一人前のパティシエとして認められるようになっていた。


そして。


人生で初めて。


自分の過去を恥じずにいられるようになっていた。


ある日。


仕事を終えた俺が店の外へ出ると。


一人の女性が待っていた。


長い髪。


背が高い。


綺麗な女性だった。


俺が彼女の存在に気づくと。


女性は笑った。


「あなたが、しげる?」


「……そうやけど」


「やっぱり!」


彼女は嬉しそうに笑った。


「ずっと会ってみたかったの」


「俺に?」


「うん」


彼女は手を差し出した。


「エレーヌです」


俺は戸惑いながら。


その手を握った。


「……しげるです」


それが。


俺とエレーヌの最初の出会いだった。


このときの俺は。


まだ知らなかった。


この女性が。


十二年後の俺の人生に。


どれほど大きな存在になるのかを。


そして。


俺が彼女と出会ったことで。


ようやく。


過去ではなく。


未来を見ることができるようになることを。

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