第3話 18歳の頃、俺はみさきが好きだった
十二年前。
俺がまだ十八歳だった頃。
佐渡の高校に通っていた俺には、好きな女の子がいた。
名前は、みさき。
今でも覚えている。
教室の窓際。
昼休みになると、みさきは友達と弁当を食べていた。
俺は少し離れた席から、それを眺めていた。
話しかけたい。
でも、話しかけられない。
そんな日々だった。
俺は昔から、人付き合いが得意なほうじゃなかった。
特別に頭がいいわけでもない。
スポーツが得意なわけでもない。
背も低かった。
だから、みさきみたいな女の子と付き合えるなんて、最初から思っていなかった。
ただ――
好きだった。
それだけだった。
ある日の放課後。
俺が教室で一人、帰り支度をしていると。
「しげる」
後ろから声がした。
振り返る。
みさきだった。
「……何や?」
緊張して、変な声が出た。
みさきは笑った。
「今日、一緒に帰らない?」
「え?」
「嫌?」
「いやいや、嫌なわけないやろ」
自分でも分かるくらい、顔が熱くなった。
二人で校門を出る。
海から風が吹いていた。
佐渡の夕方は、今思えば静かだった。
「しげるってさ」
「ん?」
「卒業したら、どうするの?」
「まだ決めてへん」
「大阪とか東京に行くの?」
「分からん」
俺は少し考えてから答えた。
「でも、いつか都会で働きたいとは思ってる」
「そうなんだ」
みさきは少し寂しそうに笑った。
「そっか」
「何や?」
「ううん」
彼女は首を振った。
「しげるなら、どこでもやっていけそうだなって」
「そんなことないで」
「あるよ」
みさきは笑った。
その笑顔を見て。
俺は、もっと好きになった。
そして。
その数日後。
俺は、みさきから呼び出された。
放課後の体育館裏。
誰もいない場所だった。
「話って何や?」
「……しげる」
「ん?」
みさきは俯いていた。
「私ね」
「うん」
「しげるのこと――」
そこで、彼女は言葉を止めた。
俺の心臓が大きく鳴った。
「……好き」
一瞬。
何を言われたのか分からなかった。
「え?」
「だから……」
みさきの顔が赤くなる。
「私、しげるのことが好き」
俺は何も言えなかった。
嬉しすぎて。
言葉が出てこなかった。
「……俺も」
やっと、それだけ言った。
「俺も、みさきのこと好きや」
みさきが顔を上げる。
そして笑った。
あの笑顔を、俺は十二年経った今でも忘れていない。
あの頃の俺は、本当に幸せだった。
初めて好きになった女の子が。
自分のことも好きだと言ってくれた。
それだけで、世界が全部、自分の味方になったような気がした。
けれど。
その幸せは、長く続かなかった。
俺たちのことを知った人間がいた。
同じクラスの男子。
ひろき。
そして、たかし。
二人とも、みさきに好意を持っていた。
最初は、ただの冷やかしだった。
「おい、しげる」
「何や?」
「お前、みさきと付き合ってんの?」
「……まあ」
「マジかよ」
ひろきが笑った。
「意外だな」
たかしも笑っていた。
「みさきも物好きだな」
俺は冗談だと思っていた。
だから、気にしなかった。
だが。
数日後から、少しずつ変わった。
教室で、みさきが俺を避けるようになった。
「みさき」
「……何?」
「今日、一緒に帰らへん?」
「ごめん。今日は用事あるから」
「そうか」
以前なら、笑ってくれた。
でも。
その頃のみさきは、俺と目を合わせなくなっていた。
俺には理由が分からなかった。
ある日の放課後。
俺が廊下を歩いていると。
たかしが声をかけてきた。
「しげる」
「何や?」
「みさき、お前のこと怖がってるぞ」
「……は?」
「最近、しつこく連絡してるだろ?」
「してへん」
「本当に?」
「してへんって」
たかしは肩をすくめた。
「まあ、俺は忠告したからな」
「何を?」
「みさきから離れたほうがいいって」
「なんで俺が?」
たかしは答えなかった。
ただ、笑っていた。
その笑顔が。
なぜか気持ち悪かった。
そして数日後。
俺は、みさきから呼び出された。
あの日と同じ場所だった。
体育館裏。
でも。
今度のみさきは、泣いていた。
「みさき?」
「……しげる」
「どうしたんや?」
「もう……私に近づかないで」
「……え?」
頭が真っ白になった。
「何でや?」
「怖いの」
「俺が?」
みさきは頷いた。
「私、何度も言ったよね?」
「何を?」
「もう連絡しないでって」
「……してへん」
「嘘」
「嘘ちゃう」
「じゃあ、これ何?」
みさきがスマートフォンを見せた。
画面には。
俺の名前が表示されたメッセージが並んでいた。
『今日、どこにいた?』
『誰と帰った?』
『明日、放課後に会おう』
『俺以外の男と話すな』
「……何やこれ」
俺は本当に知らなかった。
「俺、こんなん送ってへん」
「でも、私のところには届いてる」
「知らん」
「もういい」
みさきは涙を拭いた。
「私、しげるとは付き合えない」
「待ってくれ」
「ごめん」
「みさき!」
彼女は走っていった。
俺は、その場に立ち尽くした。
何が起きているのか。
本当に分からなかった。
そして。
翌日から。
学校で、俺を見る目が変わった。
「あいつ、みさきにしつこくしてたらしいぞ」
「マジ?」
「メッセージもすごかったって」
「気持ち悪いな」
聞こえてくる声。
俺は何度も否定した。
「俺は送ってへん」
でも。
誰も信じてくれなかった。
そして。
教室の後ろから、たかしが俺を見ていた。
その顔には――
ほんの少しだけ。
笑みが浮かんでいた。
俺は、まだ知らなかった。
この出来事が。
俺の人生を大きく変えることになるなんて。
そして。
みさき自身もまだ知らなかった。
あの日、自分が見せられたメッセージが――
すべて誰かによって作られたものだったことを。




