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『地元に戻ると、俺がストーカーになっていた』  作者: こうた


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2/20

第2話 俺がストーカー?


「……どういうことや?」


俺は、目の前にいるみさきを見つめた。


十二年ぶりに会った初恋の女。


本当なら、懐かしいと思うはずだった。


高校時代の記憶が、一瞬だけ蘇った。


放課後の教室。


夕日に染まった窓。


誰もいなくなった教室で、二人きりになったこと。


みさきが笑ってくれたこと。


俺は、あの頃――本気でみさきが好きだった。


けれど。


今、目の前にいる彼女の表情には、懐かしさなんてなかった。


あるのは、恐怖だった。


「……本当に、何もしてないの?」


「してへん」


即答した。


「俺は十二年間、一度も佐渡に帰ってへん」


「……」


みさきは黙った。


俺の顔をじっと見ている。


まるで、嘘をついている人間を見極めようとしているようだった。


「じゃあ……どうして?」


「何が?」


「私の家の近くに、あなたがいたって……」


心臓が、嫌な音を立てた。


「俺が?」


「うん」


「いつや?」


「今年の春」


俺は首を振った。


「ありえへん」


「でも、写真もあるの」


「写真?」


みさきがスマートフォンを取り出した。


画面を操作し、写真を一枚表示する。


そこには――


暗い夜道が写っていた。


街灯の下。


遠くに、一人の男が立っている。


顔はほとんど見えない。


だが。


服装だけは、確かに俺が昔よく着ていたものに似ていた。


「……これが俺?」


「私には、そう見えた」


「いやいや……」


俺は写真を拡大した。


「こんなん、俺やない」


「でも、地元の人たちはそう言ってる」


「地元の人たち?」


みさきは小さく頷いた。


「『しげるが帰ってきたんじゃないか』って」


胸の奥が、冷たくなった。


「……なんで、俺やねん」


「高校の頃から、あなたは私のことを好きだったから」


その言葉に、俺は黙った。


そうだった。


否定できない。


好きだった。


それは事実だ。


けれど――


「それは十二年前の話や」


「……」


「俺はもう、みさきのことを追いかける理由なんかない」


「でも……」


みさきは俯いた。


「私には、ずっと怖かった」


その声は小さかった。


責めるような声ではなかった。


だからこそ、俺の胸に刺さった。


「何年も前から、私の行動を知っているような手紙が届いたり……」


「手紙?」


「うん」


「何て書いてあった?」


みさきは少し迷ってから答えた。


「『昔から見ている』とか……」


俺は息を呑んだ。


「それだけやない」


みさきは続けた。


「私しか知らないはずのことも書かれていた」


「……」


「高校時代のこととか」


その瞬間。


頭の奥で、何かが引っかかった。


高校時代。


十二年前。


俺とみさきしか知らないこと。


それが今になって、ストーカーの証拠として使われている。


「みさき」


「何?」


「その手紙……残ってるか?」


「ある」


「見せてくれ」


みさきは迷った。


そして、ゆっくり頷いた。


「……明日、見せる」


「明日?」


「今日はもう帰らないと」


そう言って、みさきは店の出口へ向かった。


だが、ドアの前で立ち止まる。


「しげる」


「ん?」


「一つだけ聞きたい」


振り返った彼女の目には、迷いがあった。


「高校を卒業してから……どうして一度も佐渡に帰らなかったの?」


俺は答えなかった。


答えられなかった。


十二年前。


俺が故郷を捨てた日のこと。


思い出したくもない記憶だった。


「……嫌いやったからや」


「何が?」


「佐渡が」


みさきの顔が、わずかに強張った。


「……そんなに?」


「せや」


俺は目を逸らした。


「俺は、あの日から……あそこに帰るつもりなんかなかった」


「……私のせい?」


その言葉に、俺は再び彼女を見た。


「違う」


「じゃあ、誰のせい?」


「……」


答えは出なかった。


いや。


正確には――


出したくなかった。


「明日、手紙を見せてくれ」


俺はそれだけ言った。


みさきは頷き、店を出ていった。


ガラス越しに、彼女の姿が人混みに消えていく。


俺はしばらく動けなかった。


すると、背後から声がした。


「しげる」


エレーヌだった。


いつから聞いていたのか分からない。


「大丈夫?」


「……大丈夫や」


「嘘」


「なんで分かるねん」


「あなた、悲しい顔をしている」


俺は苦笑した。


「そんな顔してたか?」


「うん」


エレーヌは俺の隣に立った。


「その人は、あなたにとって大切な人?」


俺は答えなかった。


代わりに、窓の外を見た。


梅田の夜景。


フランスで出会ったエレーヌ。


自分の店。


積み重ねてきた十二年間。


俺は、もう過去なんて必要ないと思っていた。


それなのに。


過去のほうから、俺のところへ戻ってきた。


しかも――


俺をストーカーという、最悪の形で。


スマートフォンが震えた。


知らない番号からの着信だった。


俺は画面を見る。


出るべきか迷った。


そして。


電話に出た。


「……もしもし?」


返事はなかった。


ただ、微かな呼吸音だけが聞こえた。


「誰や?」


沈黙。


その直後。


低い男の声がした。


『……みさきから離れろ』


「は?」


『お前が何を考えてるか知らない』


男は淡々と言った。


『でも、俺たちはずっとみさきを守ってきた』


「俺たち?」


『そうだ』


電話の向こうで、男が笑った。


『お前みたいな奴からな』


通話が切れた。


俺はスマートフォンを握りしめたまま、動けなかった。


――俺たち。


その言葉だけが、頭から離れない。


十二年前。


俺がみさきを好きだったことを知っている人間は、地元に何人もいる。


そして。


俺が佐渡を出ることになった、あの日のことを知っている人間もいる。


もし。


今のストーカー事件と、十二年前の出来事が繋がっているとしたら――


俺は、まだ何も知らない。


十二年前に俺を追い出した「あの日」の本当の意味を。


そして。


俺の人生を壊した誰かが、今もみさきのすぐ近くにいることを。

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