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『地元に戻ると、俺がストーカーになっていた』  作者: こうた


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第19話 俺たちは、戻れない



「……たかしだ」


電話の向こうから聞こえた名前。


俺は、しばらく何も言えなかった。


「本当に?」


『うん』


ゆたかの声は震えていた。


『十二年前も、今回も』


「……」


『全部、たかしがやった』


俺は目を閉じた。


十二年前。


俺がみさきを好きだった。


みさきも俺を好きだった。


それなのに。


たった一人の嫉妬から始まった嘘が。


俺たちの人生を変えた。


「今、たかしは?」


『警察に相談する』


「そうか」


『しげる』


「ん?」


『……ごめん』


「なんで、お前が謝るんや」


『俺も、信じなかったから』


俺は少し黙った。


「もうええよ」


電話を切った。


窓の外を見る。


佐渡の海が見える。


十二年前と同じ海。


でも。


俺の中では、何かが変わっていた。


---


午後。


実家の前に、みさきが来た。


一人だった。


いつもの親衛隊もいない。


「……入ってもいい?」


「うん」


俺たちは居間に座った。


しばらく、沈黙が続いた。


そして。


みさきが頭を下げた。


「ごめんなさい」


俺は何も言わなかった。


「本当に、ごめんなさい」


「……」


「私、しげるくんを信じなかった」


「うん」


「あなたが何度否定しても」


「……」


「私は、周りの人の言葉を信じた」


みさきの目から涙が落ちた。


「怖かったから」


「分かってる」


「でも……」


みさきは顔を上げた。


「それでも、あなたを傷つけたことは変わらない」


俺は黙っていた。


怒りはあった。


悔しさもあった。


でも。


十二年前の俺が、一番欲しかった言葉は。


今、目の前にあった。


「……もうええよ」


みさきが顔を上げる。


「許してくれるの?」


「許すっていうか」


俺は苦笑した。


「もう、怒るの疲れたわ」


みさきも泣きながら少し笑った。


「しげるくんらしいね」


「そうか?」


「うん」


また沈黙。


みさきが小さく聞いた。


「大阪に帰るの?」


「うん」


「エレーヌさんと?」


「そうや」


その名前を口にすると。


みさきの表情が少し変わった。


「……婚約してるんだよね」


「うん」


「綺麗な人だった」


「会ったん?」


「昨日、少しだけ」


俺は笑った。


「そうか」


みさきは俯いた。


「幸せ?」


「うん」


即答だった。


「めちゃくちゃ幸せや」


みさきは少しだけ笑った。


「そっか」


そして。


「よかった」


その言葉は、昔の彼女の笑顔に少し似ていた。


俺は思った。


ああ。


この人は。


俺が好きだったみさきだ。


でも。


もう、俺の人生に必要な人ではない。


それが悲しいのか。


寂しいのか。


自分でも分からなかった。


---


夕方。


親衛隊の八人が集まった。


ひろき。


たかし。


ゆたか。


けんじ。


まさる。


こうじ。


なおき。


たくや。


ただし。


そこに、たかしはいなかった。


警察への相談が進んでいるらしい。


ひろきは俯いていた。


「……俺も、謝る」


俺は顔を上げた。


「何を?」


「十二年前」


「……」


「俺は、お前が悪いと思ってた」


「うん」


「でも、ちゃんと調べようとしなかった」


ひろきは拳を握った。


「みさきを守るって言いながら」


「……」


「自分たちの思い込みを守ってただけだった」


誰も口を挟まなかった。


けんじも。


まさるも。


こうじも。


なおきも。


たくやも。


そして、ゆたかも。


みんな、それぞれ思うところがあるのだろう。


たくやが言った。


「しげる」


「ん?」


「悪かった」


俺は頷いた。


「もうええよ」


「本当に?」


「俺も、もう前向きたいから」


なおきが笑った。


「それがいい」


俺も笑った。


「お前らも、みさきのことばっかり考えるのやめたら?」


「……」


全員が黙る。


たくやが吹き出した。


「それは無理だろ」


「三十歳やぞ?」


「三十歳だからって、好きなもんは好きだ」


「……まあ、そうか」


久しぶりに。


みんなで笑った。


昔のように。


でも。


もう昔には戻れない。


---


その夜。


俺は海を見に行った。


一人で。


波の音を聞く。


十八歳の俺は。


この島から逃げた。


もう二度と戻らないと決めた。


そして十二年後。


戻ってきた。


でも。


何かを取り戻すためではなかった。


終わらせるためだった。


「……終わったな」


俺は呟いた。


スマートフォンを見る。


エレーヌからメッセージが届いていた。


『明日、大阪に帰ってくる?』


俺は笑った。


『帰るで』


すぐに返信が来た。


『待ってる』


その二文字だけで。


胸が温かくなった。


俺には、帰る場所がある。


もう。


この島じゃない。


---


翌朝。


港へ向かう前。


母親が俺を抱きしめた。


「また来てね」


「……分からん」


「ふふ」


母親が笑った。


「じゃあ、分からなくてもいい」


父親も玄関に立っていた。


「しげる」


「ん?」


「元気でな」


「父さんも」


俺は二人を見た。


「ありがとう」


それだけ言った。


フェリーに乗る。


港が少しずつ遠ざかる。


俺は海を見つめた。


昔なら。


寂しかったかもしれない。


でも。


今は違う。


大阪には。


俺の店がある。


俺の仕事がある。


そして。


エレーヌがいる。


---


同じ頃。


みさきも、自分の部屋で荷物をまとめていた。


佐渡を出る。


大阪へ行く。


病院を辞めるわけではない。


新しい職場を探すつもりだった。


「……私も、行こう」


誰かに言うのではなく。


自分自身に言った。


十二年間。


みさきもまた。


あの島に縛られていた。


しげるを傷つけた記憶。


親衛隊の存在。


昔の噂。


全部が、島に残っている。


だから。


自分も前に進む。


そのために。


故郷を離れる。


---


フェリーの中。


俺は窓の外を見ていた。


佐渡が遠くなる。


俺は小さく呟いた。


「さよなら」


それが。


故郷に向けた言葉なのか。


十八歳の自分に向けた言葉なのか。


分からなかった。


ただ。


一つだけ分かっていた。


俺とみさきは。


もう、戻れない。


でも。


それは悲しいことじゃない。


人生は。


戻るためにあるんじゃない。


前に進むためにある。


そして俺は。


大阪へ帰る。


俺の未来が待っている場所へ。

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