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『地元に戻ると、俺がストーカーになっていた』  作者: こうた


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15/20

第15話 母親の涙



「次は、あの頃の続きを始めよう」


スマートフォンに表示されたメッセージを、何度も見返した。


気持ちが悪かった。


写真も。


文章も。


そして何より――。


写真に写っていた自分の顔が、嫌だった。


十二年前。


まだ十八歳だった俺。


みさきと二人で笑っている。


あの頃の俺は、本当に幸せだった。


まさか、その数日後に。


全部が壊れるなんて、思ってもいなかった。


「……寝られへんな」


俺はスマートフォンを伏せた。


すると。


廊下から足音が聞こえた。


「しげる?」


母親だった。


「起きてる?」


「うん」


母親が部屋に入ってくる。


「どうしたん?」


「ちょっと……話してもいい?」


「ええよ」


母親は俺の向かいに座った。


しばらく黙っていた。


そして。


「昨日、源一さんに会った?」


「会った」


「何か言ってた?」


「昔のこと」


母親の表情が変わった。


「……そう」


「母さん」


「なに?」


「十二年前のこと、全部教えて」


母親は黙った。


「俺が島を出たとき」


「……」


「何があったん?」


母親は俯いた。


「お母さんも、全部は知らない」


「でも、何か知ってるやろ」


「……うん」


長い沈黙。


やがて母親が口を開いた。


「みさきちゃんのお母さんから、何度も電話があったの」


「俺のこと?」


「そう」


「何て?」


「みさきちゃんが怖がってるって」


俺は目を閉じた。


やっぱり。


十二年前と同じだ。


「それで?」


「学校からも電話があった」


「……」


「近所の人からも」


母親の声が震える。


「『しげるくんをどうにかしてくれ』って」


胸の奥が締めつけられた。


「俺、何もしてへんかったのに」


「分かってる」


「ほんまに?」


「……」


母親が顔を上げる。


目には涙が溜まっていた。


「お母さんは、信じたかった」


「……」


「でも、毎日いろんな人から電話が来るの」


母親は両手を握りしめた。


「学校では、しげるくんがみさきちゃんにつきまとってるって話になってる」


「……」


「みさきちゃんのお母さんもそう言う」


「……」


「だから、お母さん……」


母親の声が途切れた。


「一度だけ、あなたに聞いたの」


俺は覚えている。


あの夜。


母親が俺の部屋に来た。


そして。


『本当に、何もしてないの?』


そう聞いた。


俺は何度も否定した。


でも、母親の顔には不安が残っていた。


「……あのとき」


俺は呟いた。


「母さん、俺を疑ってたやろ」


「違う」


「じゃあ、なんであんな顔してたんや」


「怖かったの」


「何が?」


母親は涙を拭った。


「あなたを失うのが」


俺は黙った。


「みんながあなたを悪い人だと言う」


「……」


「でも、お母さんは知ってる」


母親が俺を見る。


「小さい頃から、あなたを見てきたから」


その言葉に、胸が痛くなった。


「あなたは、人を傷つけるような子じゃない」


「……」


「だから、本当は信じてた」


「本当は?」


母親は俯いた。


「でも、怖かった」


その一言だった。


「母さん……」


「ごめんね」


母親が泣き出した。


「ごめんね、しげる」


「もうええって」


「お母さん、あなたを守れなかった」


「……」


「もっとちゃんと話を聞けばよかった」


俺は何も言えなかった。


母親の涙を見ていると。


怒ることができなかった。


「俺も、ごめんな」


「どうして?」


「何も言わずに出ていったから」


母親は首を振った。


「それは仕方なかったよ」


「俺、この島が嫌いやった」


「うん」


「みさきも……嫌いになろうとした」


「……」


「でも、できへんかった」


母親は黙って俺を見た。


「好きやったから」


その言葉を口にした瞬間。


十二年前の記憶が、また蘇った。


体育館裏。


シュークリーム。


みさきの笑顔。


そして――。


突然変わった態度。


「俺は……何を間違えたんやろな」


母親は答えなかった。


ただ。


「まだ、何かあるの?」


と聞いた。


「何かって?」


「昨日から、ずっと怖い顔してる」


俺は迷った。


そしてスマートフォンを見せた。


「これ」


母親が写真を見る。


「……みさきちゃん?」


「うん」


「この写真……」


「高校のときのや」


母親の顔が青ざめた。


「これ、誰が撮ったの?」


「分からん」


「しげる」


母親が俺の腕を掴んだ。


「もう帰った方がいいんじゃない?」


「え?」


「大阪に帰りなさい」


「でも――」


「あなたがここにいると、また……」


母親は言葉を止めた。


「また何?」


「……何でもない」


「母さん」


「何でもないの」


母親は立ち上がった。


そして部屋を出ようとする。


「母さん」


振り返る。


「十二年前」


俺は言った。


「誰か、俺のことを陥れようとしてたんかな?」


母親の足が止まった。


「……」


「母さん?」


母親は振り返らなかった。


「お母さんには、分からない」


そう言って部屋を出ていった。


俺は一人になった。


だが。


母親の反応が、頭から離れなかった。


あの沈黙。


あの顔。


何か知っている。


そんな気がした。


---


翌朝。


俺は父親に聞いた。


「母さん、昨日何か言ってた?」


父親は新聞から顔を上げた。


「何のことだ?」


「十二年前のこと」


父親は黙った。


「……お前、何か聞いたのか?」


「母さんが何か隠してる気がする」


父親は新聞を畳んだ。


「しげる」


「ん?」


「昔のことを全部掘り返す必要はない」


「なんで?」


「もう終わったことだからだ」


「俺にとっては終わってへん」


父親は黙った。


「俺が島を出た理由やぞ」


「……」


「俺の人生が変わった理由や」


父親は長く息を吐いた。


「お前が知ったら、余計に苦しむ」


「それでも知りたい」


「……そうか」


父親は立ち上がった。


そして棚の奥から、一つの古い箱を取り出した。


「これ」


「何?」


「お前が高校を卒業した頃のものだ」


箱の中には。


古い手紙。


学校からの書類。


そして、何枚かの写真。


俺は一枚を手に取った。


高校時代の集合写真。


みさきもいる。


ひろきも。


たかしも。


ゆたかも。


そして――。


「……これ」


写真の端に、一人の男子生徒が写っていた。


俺は眉をひそめた。


「誰や?」


父親が答える。


「同じクラスの……」


その瞬間。


玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン。


父親が玄関へ向かう。


俺は写真を見つめた。


なぜか。


その男子生徒の顔だけが、妙に気になった。


そして玄関から。


聞き覚えのある声がした。


「しげる、いる?」


――みさきだった。

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