第13話 みさき親衛隊
翌日の午後。
俺は、みさきが勤める病院の近くにある喫茶店にいた。
約束の時間まで、あと二十分。
窓の外を眺めながら、コーヒーを飲む。
落ち着かなかった。
十二年ぶりに会った初恋の女。
しかも、その女から――。
「私を追いかけてるの?」
そう言われた。
俺は何もしていない。
なのに、周囲の人間は俺を疑っている。
そして昨日。
知らない男から電話があった。
『昔のことは終わっていない』
その言葉が頭から離れない。
「……なんやねん」
思わず呟いた。
そのときだった。
店の入口が開いた。
「おったぞ」
低い男の声。
顔を上げる。
見覚えのある顔だった。
高校時代、一緒にいた男。
――ひろき。
その後ろから、次々と男が入ってきた。
「久しぶりだな、しげる」
ひろきの隣にいたのは、たかし。
その後ろには、ゆたか。
さらに、
けんじ。
まさる。
こうじ。
なおき。
たくや。
八人。
全員、三十歳になっていた。
だが、顔を見た瞬間に分かった。
こいつらは――。
あの頃と同じだ。
みさきを中心に集まっていた男たち。
いわゆる「みさき親衛隊」。
俺は苦笑した。
「……まだやってんのか」
ひろきの眉が動いた。
「何がだ?」
「みさき親衛隊」
「ふざけんな」
ひろきが椅子を引いた。
「俺たちは、みさきを守ってるだけだ」
「守る?」
「お前みたいな奴からな」
空気が重くなった。
俺は八人を順番に見た。
昔と同じ。
みさきを好きだった男たち。
ただ、十二年経った今は、それぞれ違う人生を歩んでいるようだった。
ひろきは建設会社を辞め、今はアルバイト。
たかしはフリーター。
ゆたかも仕事を転々としているらしい。
けんじは工場を辞めたあと、今は日雇い。
まさるはコンビニ勤務。
こうじは飲食店。
なおきは配送。
たくやはパチンコ店。
全員、まだ独身だった。
そして。
全員、みさきのことを好きだった。
「……お前ら、みさきと付き合ってる奴はおらんのか?」
俺が聞くと、全員が黙った。
それが答えだった。
たくやが苦笑する。
「まあ……そういうことだ」
「どういうことやねん」
「俺たちは、みさきが幸せならそれでいいんだよ」
そう言ったのは、ゆたかだった。
真面目な顔。
昔から、こいつだけは頭が良かった。
「じゃあ、みさきが俺を嫌ってるから守ってるんか?」
ひろきが即答した。
「当然だろ」
「本人から聞いたんか?」
「聞いた」
「いつ?」
「……昔からだ」
その答えに違和感を覚えた。
昔。
十二年前のことだ。
俺がみさきから拒絶された理由。
それもこいつらが知っている。
「なあ、ひろき」
「なんだ」
「あの頃、みさきから俺のことで何か聞いたんか?」
「聞いた」
「何を?」
ひろきは答えなかった。
代わりに、けんじが口を挟んだ。
「もういいだろ」
「何が?」
「昔の話なんて」
「俺には重要なんや」
けんじが睨む。
「お前が島を出てから、みさきがどれだけ苦労したと思ってる?」
胸がざわついた。
「……俺が何をしたっていうんや?」
「それを自分で考えろ」
「だから俺は何も――」
「しげる」
ゆたかが俺を止めた。
「一つだけ聞きたい」
「なんや?」
「最近、みさきの近くにいたことは?」
「ない」
「本当に?」
「ない」
「佐渡にも?」
「昨日来たばっかりや」
ゆたかは黙って俺を見る。
その目は、ひろきとは違った。
怒っているわけではない。
何かを確認している。
まるで――。
俺の言葉に矛盾がないか探しているようだった。
「分かった」
ゆたかはそれだけ言った。
そのとき、スマートフォンが鳴った。
たくやだった。
「……もしもし?」
少し離れたところで電話をする。
戻ってくる。
「みさき、もうすぐ仕事終わるって」
ひろきが立ち上がった。
「行くぞ」
「俺も?」
「お前はここにいろ」
「なんでや」
「みさきに近づくな」
「本人と約束してる」
ひろきの顔が険しくなった。
「……それでもだ」
すると、なおきが初めて口を開いた。
「ひろき」
「なんだ」
「みさきが決めたことだろ」
全員がなおきを見る。
「本人が会うって言ってるなら、俺たちが止めることじゃない」
静かな声だった。
ひろきは黙った。
「なおき、お前……」
「何?」
「いや」
ひろきはそれ以上言わなかった。
俺はなおきを見た。
こいつだけは、俺を睨んでいなかった。
ただ、何かを観察している。
その視線が妙に気になった。
---
病院の前。
俺たちは二手に分かれた。
ひろき。
たかし。
ゆたか。
けんじ。
まさる。
こうじ。
なおき。
たくや。
八人が、みさきを待っている。
俺は少し離れた場所に立った。
「……異様やな」
八人の男が、一人の女を囲んで守っている。
しかも十二年間。
普通じゃない。
しばらくすると、病院からみさきが出てきた。
白衣ではなく、私服に着替えている。
俺を見つける。
一瞬、足を止めた。
その表情は――。
怖がっているようにも見えた。
でも。
その隣にいた小林美代が、みさきに何かを話した。
みさきは小さく頷いた。
そして、こちらへ歩いてくる。
ところが。
その前に、たかしが立った。
「みさき」
「たかし……?」
「今日はやめた方がいい」
「どうして?」
「危ないから」
「何が危ないの?」
たかしは俺を見る。
「こいつがいるからだ」
みさきの顔が曇った。
「……しげるくんは、何もしてないって言ってる」
その瞬間。
たかしの表情がほんの一瞬だけ変わった。
ほんの一瞬だった。
怒り。
焦り。
それとも――。
恐怖。
俺には判断できなかった。
「みさき」
たかしは静かに言った。
「信じちゃ駄目だ」
「……」
「昔と同じだよ」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の胸に、十二年前の記憶が蘇った。
――昔と同じ。
何が同じなんや。
俺は、あの頃も何もしていなかった。
なのに。
誰かが作った嘘を。
みんなが信じた。
そして俺は――。
「たかし」
みさきが言った。
「私、自分で確かめたい」
たかしが黙った。
みさきは俺を見る。
「しげるくん」
「……なんや」
「二人で話したい」
ひろきがすぐに反応した。
「駄目だ」
「ひろき」
「危険だ」
「でも――」
「俺たちは、お前を守るって決めた」
みさきは困ったように八人を見る。
そのとき。
たくやがぽつりと言った。
「……なあ」
全員がたくやを見る。
「本当に、しげるだけなのか?」
ひろきが睨んだ。
「どういう意味だ?」
「いや……」
たくやは頭を掻いた。
「最近の事件、ちょっと変じゃないか?」
誰も答えなかった。
たくやは続ける。
「手紙のこととか」
「たくや」
たかしが低い声で制した。
「余計なこと言うな」
たくやが口を閉じた。
俺は、その二人を見た。
何かを知っている。
そんな気がした。
しかし。
まだ何も分からない。
誰が嘘をついているのか。
誰が俺を陥れたのか。
そして――。
本当に、みさきを守っているのは誰なのか。
俺は、八人の男を見つめた。
その中に。
十二年前から続く「嘘」の答えを知っている人間がいる。
ただ、その時の俺はまだ――。
それが誰なのか、知らなかった。




