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『地元に戻ると、俺がストーカーになっていた』  作者: こうた


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12/20

第12話 俺は、この島が嫌いだ



朝、目を覚ますと、窓の外に海が見えた。


十二年前と、何も変わっていない。


青い海。


遠くに見える山。


潮の匂い。


そして、静かすぎる町。


「……帰ってきたんやな」


ベッドの上で呟いた。


昨日、港から実家へ向かう途中にも思った。


懐かしいとは、思わなかった。


ただ、胸の奥が重くなった。


昔の記憶が、勝手に蘇ってくる。


高校の廊下。


体育館。


みさきの笑顔。


そして――。


「気持ち悪い」


「みさきに近づくなよ」


「ストーカーなんやろ?」


あの頃の声。


俺は目を閉じた。


「……もうええやろ」


十二年も前の話だ。


そう思っても、忘れられるものではなかった。


一階へ降りると、母親が朝食を用意していた。


「しげる、食べる?」


「うん」


味噌汁を一口飲む。


懐かしい味だった。


それなのに、胸が苦しくなる。


「昨日……近所の人が来たんよ」


母親がぽつりと言った。


「俺のこと?」


「うん」


「何て?」


母親は少し黙った。


「……あの子、本当に何もしてないの?って」


箸が止まった。


「そうか」


「お母さんは信じてるから」


「……」


「でもね」


母親は苦しそうに笑った。


「十二年前も、同じことを言えなかった」


俺は顔を上げた。


母親の目には涙が浮かんでいた。


「しげるが『やってない』って言ったとき……お母さん、本当は信じたかった」


「……うん」


「でも、周りの人がみんな違うことを言うから」


そこで母親は言葉を止めた。


俺は何も言えなかった。


十二年前。


俺は一人だった。


みさきにも信じてもらえなかった。


友達もいなくなった。


先生にも疑われた。


そして――家族にさえ、完全には信じてもらえなかった。


「だから俺、この島を出たんや」


「……分かってる」


母親は小さく頷いた。


「でも、帰ってきてくれて嬉しい」


「まだ、帰ってきたって感じせえへんけどな」


「それでもいいよ」


母親は笑った。


「今日だけでも、ここにいてくれたら」


その言葉が、妙に胸に残った。


---


家を出ると、町を歩いた。


昔通った道。


昔遊んだ公園。


昔の駄菓子屋。


ほとんど変わっていない。


ただ――。


俺を見る人の目だけが違った。


すれ違った男が、一瞬こちらを見る。


そして、目を逸らした。


二人の女性が話をしていた。


俺が近づくと、声が小さくなった。


「……しげるくん?」


後ろから声をかけられた。


振り返る。


「久しぶりね」


田中和子だった。


昔、俺が小学生の頃によくお菓子を買っていた店の人だ。


「和子さん……」


「大きくなったねぇ」


「もう三十ですよ」


「そうだったね」


和子さんは笑った。


けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。


「大阪でお店やってるんだって?」


「はい」


「すごいね」


「ありがとうございます」


少し沈黙が流れる。


和子さんは周囲を気にするように辺りを見た。


そして、小さな声で言った。


「……しげるくん」


「はい?」


「私はね」


一度、言葉を飲み込んだ。


「あなたが、そんなことをする子じゃなかったって思ってるよ」


胸が詰まった。


「……ありがとうございます」


それしか言えなかった。


「でもね」


和子さんは悲しそうに笑った。


「昔は、みんな怖かったのよ」


「怖かった?」


「違うことを言ったら、自分まで変な目で見られるから」


その言葉に、俺は黙った。


誰か一人が言った。


誰かがそれを信じた。


そして、別の誰かが話を合わせた。


気がつけば、それが「事実」になっていた。


そんなことだったのかもしれない。


「じゃあ……あの頃、俺を信じてくれてた人もいたんですか?」


和子さんは答えなかった。


ただ、


「ごめんね」


と言った。


その一言だけだった。


俺は頭を下げた。


「……もう、いいですよ」


本当は、よくなかった。


ずっと、引っかかっていた。


でも、十二年も経っている。


今さら誰かを責めても、時間は戻らない。


---


さらに歩いていると、魚屋の前で足が止まった。


「おう」


低い声がした。


佐々木源一だった。


父親と昔から付き合いのある人だ。


「源一さん」


「久しぶりだな」


「はい」


「大阪でケーキ屋やってるんだって?」


「知ってるんですか?」


「島は狭いからな」


源一さんは笑った。


「人気店なんだって?」


「まあ……そこそこです」


「謙遜するな」


しばらく世間話をした。


そして源一さんが突然、真顔になった。


「しげる」


「はい」


「あの頃のことだがな」


心臓が跳ねた。


「……はい」


「俺は、お前が悪いとは思ってなかった」


「……」


「ただ」


源一さんは海の方を見た。


「何もできなかった」


その言葉に、俺は苦笑した。


「みんな、そう言うんですね」


「……そうだな」


「でも、俺からしたら同じですよ」


源一さんは何も言わなかった。


俺は続けた。


「信じてくれてたなら、なんで誰も言ってくれなかったんですか」


「……」


「俺、ずっと一人やったんですよ」


声が少し震えた。


「誰か一人でも『お前を信じる』って言ってくれたら……」


そこで言葉が止まった。


言っても仕方がない。


十二年前の自分が、もうここにはいない。


「……すまなかった」


源一さんが頭を下げた。


俺は慌てて止めた。


「やめてください」


「でもな」


源一さんは俺を見る。


「今回のことは、昔とは違う」


「え?」


「みさきの周りにいる連中だ」


胸の奥がざわついた。


「……親衛隊のことですか?」


「ああ」


源一さんは頷いた。


「昔から、あいつらはみさきのことを守るって言ってた」


「守る……」


「でもな」


源一さんは声を落とした。


「最近のあいつらは、少しおかしい」


「どういう意味です?」


源一さんは答えなかった。


ただ、


「気をつけろ」


そう言った。


「お前が悪いことをしていないなら、なおさらな」


---


家に戻ると、父親が玄関に座っていた。


「どこ行ってた?」


「ちょっと町を歩いてた」


「そうか」


父親は少し黙った。


「しげる」


「ん?」


「お前……本当に、みさきには何もしてないんだな?」


また、その質問だった。


胸が痛んだ。


「してへんよ」


「そうか」


父親は頷いた。


「なら、俺はお前を信じる」


俺は父親の顔を見た。


十二年前。


一番聞きたかった言葉だった。


「……今さらやな」


「そうだな」


父親は苦笑した。


「でも、今だから言える」


俺は何も言わなかった。


そして窓の外を見る。


海が見える。


綺麗だった。


昔と同じだった。


それなのに――。


俺は、この島が嫌いだった。


海が嫌いなわけじゃない。


町が嫌いなわけでもない。


この島に残っている、


「あの頃の俺」


が嫌いだった。


誰にも信じてもらえなかった俺。


みさきを好きだった俺。


そして、何もできずに島を出ていった俺。


「俺は……もう戻らへん」


小さく呟いた。


父親が振り返る。


「え?」


「いや……なんでもない」


その夜。


スマートフォンが鳴った。


知らない番号だった。


一瞬、迷った。


それでも電話に出る。


「もしもし?」


返事はない。


ただ、数秒後。


男の声がした。


「……明日、みさきに会うんだろ?」


「誰や?」


「気をつけろよ」


「何を?」


男は笑った。


「お前が思ってるほど、昔のことは終わってない」


そこで電話が切れた。


俺はスマートフォンを見つめた。


十二年前の出来事。


現在のストーカー事件。


みさきの周りにいる男たち。


全部が一本の線でつながっている。


そんな気がした。


そして俺は、まだ知らなかった。


明日、みさき本人から聞かされる話が――。


十二年前の「嘘」の核心に、俺を近づけることになるとは。

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